20話
今回の出発地点は王城の特別訓練施設である会場に、特設のポータルが用意され、応援席にはたくさんの貴族の面々の姿がある。
魔術塔の三人の目の下には隈があり、その隈の原因である魔術具によって、街の人々にも採取する姿が映し出される予定となっている。
ちなみに、各採取者には一人一台ずつ、小さな小型の魔術具が空中に引っ付いてくるシステムになっておりそれらが各採取者の状況を伝える役割を担っている。
私はすごいなと思うけれど、三人はもうこれは二度と作りたくないと言っていた。
ベスさん、ミゲルさん、フェンさんは天才的な魔術師だけれども、飽きやすく作り方は分かっていても二度と作りたくないと言ったものに関しては本当に作らない。
そして一度できたとしても、他の普通の魔術師ではそれを再現できるほどの実力がないことから、一点ものの魔術具も珍しくないのだ。
私は最初それを知った時、三人は本当にすごい魔術師なのだなぁと驚いたものだ。
街でもお祭り騒ぎで盛り上がっており、にぎやかな音楽や人々の声が聞こえてくる。
ただし、採取者達だけはお祭り騒ぎとは違い、それぞれが気合を入れている。
私も気合を入れ、準備運動をしていると、国王陛下の横に立つアスラン様の方へと視線を向けた。
アスラン様はこちらに向かってうなずき、私もそれにうなずき返す。
大丈夫だ。
私がやることは、いつもと変わらない。
「っは。良く逃げなかったな」
「絶対に負けないからな」
「正々堂々勝負だ!」
先日私のことをポータル前で待ち構えていた男性達も、気合を入れており、私に向かってそう言う。
リーダー格であろう男も同様に準備運動をしながら、私を一瞥した。
「俺達の力を見せつけてやる」
恐らく彼らは数人一組で行動する採取者なのだろう。
今回は別に単独戦ではない。いつものように、採取者は採取すればいいのだ。
一人であろうと複数人であろうと、協力しようと協力しまいと関係ない。
目的の採取物をしっかりと採取すること。
それだけだ。
国王陛下が立ち、私達はその場で跪きその言葉をまつ。
「我がローグ王国は魔術によって発展を遂げておる。その為には優秀な採取者が必要だ。今回はその採取者達がいかに過酷な道を歩み特殊魔石や特殊薬草を採取しているのか、皆が分かる場となるだろう。それと同時に優秀な採取者のその力を皆が知る良い機会だ。誉れ高き採取者達よ。その力を示して見せよ」
「「「「「はっ!」」」」」
街からの歓声が聞こえてくる。
今回採取者同士で邪魔する行為などは禁止されており、簡単なルール説明もあるが、やることは変わらない。
常日頃から使ってきた道具と体で、目的の物を採取するだけである。
今回の採取物は、蛋白石特殊魔石。
奇跡の石と呼ばれる特殊魔石であり、虹色に輝くそれを手にした者には幸福が訪れると言われている。
一流の採取者でなければ取れないものと言われている。
私も一度師匠と一緒に採取をしたことがあるが、かなり大変なものであったことが記憶に残っている。
とはいっても今よりも体も小さく体力もない時である。
今ならば自分一人でもいけるという、確かな確信が私にはあった。
「よし。頑張るぞ」
気合を入れる。
私達採取者は皆がポータルに乗り、そして次の瞬間、蛋白石特殊魔石採取場所である山脈の下にて移動する。
今回特別にこの場所と直接ポータルは繋げられており、山脈側にもポータルが設置されている。
至れり尽くせりである。
私達は山脈を見上げ、そしてスタートの合図を待つのであった。
◇◇◇
シェリーが山脈を見上げるころ、アスランとジャンは国王陛下の傍に控えていた。
魔術塔の三人もシェリーの応援に来てはいるものの、その表情は硬い。
貴族に囲まれているという環境が、三人にとってはかなりの苦痛なのだろう。アスランはその様子をちらりと見つつ、もう少し社交性があればなとも思う。
今回は他の魔術師達も着ており、自分達が作った魔術具が発動していることに喜ぶ姿が見られる。ただ、魔術師達はこそこそとはしゃいでいるので、他の者達からしてみれば、はしゃいでいるとは気づかれないだろう。
ちなみに、聖なる鳥は現在国アスランの席の横に設置されている台の上に鳥籠が置かれ、そこでシェリーの様子を見守っている。
先日からシェリーがお菓子で鳥を待たせるという技を身に着けてから格段に世話が楽になった。
鳥籠の中でぴょんぴょんと飛び跳ねながら心配そうなものの、植物を枯らしたりすることはなくなり、アスランも魔術塔の三人もほっとしている。
そんな中、少し国王の周りが騒がしくなったかと思うと、なんとシェリーの師匠であるロジェルダが国王の横に来て座った。
「ロジェルダ。久しいな」
「あぁ。お前も年を取ったな」
そんな会話が聞こえてきて、アスランはその様子見守る。
すると横にいるジャンがアスランに小声で言った。
「あれはエルフのロジェルダ・アッカーマンか。ははは。生きているうちに伝説の採取者に会えるとは思わなかったな」
「シェリーの師匠だ」
そう言えば言っていなかったなと思いそう口にすると、ジャンは驚いた表情でアスランのことを見て、それから、無言でうなずいた。
「……なるほどなぁ」
そしてそう感慨深そうに呟いた後に言った。
「天才採取者のシェリー。リーベ王国の採取者としてこちらにも噂が轟いていた頃、突然出てきた彼女に驚いたものだが、そういうことか。アスラン、我が国に連れてきてくれてありあとう」
「いや。本当にタイミングが良かったのだ。まさか引き抜きに向かう途中で彼女に会えるとは思ってもみなかった。彼女程の採取者は百年に一人……いや、それ以上だろうからな」
シェリーのことを思い出しアスランはそう呟く。
彼女自身は自分の実力をまだ分かっていないのだろう。
これまで他の採取者との交流もほとんどなかったようだ。
ローグ王国に来てアスランの採取者となった後も、アスランは他の採取者とシェリーがあまり接触しないようにしてきた。
他の採取者は彼女の実力を分かっておらず、傲慢な所があるからこそシェリーが嫌な思いをするかもしれないと思った。
だからこそ、彼女の実力を知らしめてからと思っていたのだが、何故か、彼女のすごさが中々に伝わらない。
素晴らしい物を採取してきているのを伝えているのに、それならば自分達だって採取出来ると張り合う事ばかりになってしまったのだ。
だからこそ、今回の機会は良い場だとアスランは思った。
シェリーの力をもっと皆に知ってほしい。
そしてシェリーにも、自分はどれほどすごい採取者なのかを実感してほしいと思った。
彼女は自分を過小評価している。そうアスランはずっと感じていた。
「それにしても、シェリー嬢は小さいな。大丈夫か?」
「彼女は誰よりも優秀な採取者だ。それに間違いはない」
アスランはそう言い、シェリーへと視線を送ると、一瞬、視線が交わる。
こちらにシェリーが笑みを向けてくる。
それにアスランもうなずき返した。
「ひゅー。仲がいいな」
「信頼し合ているのだ」
シェリーならば大丈夫。
アスランはそうは思っているのだけれど、一つ懸念事項があり、ちらりと鳥を見る。
あの一件以来、シェリーの妹であるアイリーンの行方は結局分からずじまいである。
何事もなければいいがと思いながらも、今が嵐の前の静けさのような雰囲気に思えた。
「無事に終わるといいが」
そんなアスランに、ジャンは笑って言った。
「無事に終わるさ」
採取を心配しているのではないがと、アスランは思いながらも今は見守るしかないのだと、小さく息をついたのであった。








