6話
薄暗い廊下。
どこまでも、延々と、ずっと、ずっと、薄暗い。
あの日から私の世界は灰色へと変わった。
「私が謝ったのに……どうして許してくれなかったの……お姉様……」
長い廊下の先には、神に祈るための広い空間があるけれど、天井に取り付けられたステンドグラスから、日の光が差し込む。
それに向かって、私は神殿の中の掃除が終わってから祈りを捧げ続ける。
ここには私一人きりである。
ここは神殿の地下であり、天井の位置は丁度地上へと出ている天窓であった。つまり私が見上げているのは地上。
そして私が唯一話が出来る相手は、朝昼晩と、私の様子を監視し、食事を与えに来る神官だけであった。
しっかりと日課は済ませているか、チェックは入るけれど、それは私が神殿に祈りを捧げている間にやってくる。
誰とも顔を合わせることのない生活は、気が狂いそうになるほど長い。
なんで、私がこんなに苦しい目に合わなければならないのだろうか。
神官は私に罪と向かい合うようにと言ってくる。
私の罪って何?
ヨーゼフ様とお姉様が仲良くするのが嫌で、お姉様を追い出したこと?
お姉様の採取した物を、ヨーゼフ様と一緒に売り払ったこと?
ヨーゼフ様の言うとおりに、堕落した聖女の力を使ったこと?
でも……謝ったじゃない。
私は拳をぐっと握ると、地面をドンっと勢いよく叩きつけた。
どうして許してくれないのだろうか。
私は聖女で、ちゃんとここで毎日大人しく生活しているのに、一体いつになったら許してくれるのだろうか。
豪華な料理も食べられなくなって、素敵なアクセサリーだって手に入らなくなった。
毎日毎日祈りを捧げて……。
まぁそのおかげで、体は太っていた時よりも痩せて軽くなったし、体の中に聖力も戻って来た。
ただし、私は自分の胸の中にある小さな黒い、堕落した聖女の力のかけらが残っているのには気づいていた。
早くこれを消し去りたい。
そう思うけれど、それは胸のあたりを行ったり来たりしては、私をあざ笑うように蠢いているのだ。
「一体……いつになったら許してくれるの?」
私は苛立ち、床を何度も何度も手で叩きつける。
「謝ったのに、謝ったのに! 謝ったのに! ……どうして、どうしてよ」
「本当に、なんと酷い人達なのでしょうか。聖女様をこのように暗い場所に閉じ込めて」
「え?」
音もなく、その男はそこにいた。
「某の名前は、ゼクシオ。貴方様の忠実な僕でございます」
恭しく頭を下げたその男は、にやりとした笑みと糸目が胡散臭い雰囲気を醸し出していた。
「なんでここにいるの?」
「貴方様のお迎えに参りました」
「は? ……お姉様が、私を許してくれたの?」
その言葉に、ゼクシオは笑みを消すと首を横に振った。
「アイリーン様。貴方様も話は聞いていると思いますが、貴方様はここに生涯幽閉でございます。姉君様が許したとしても、出られることはありません」
ひゅっと、息を呑む。
そうだ。
何回も聞いた。
けれど現実が呑み込めなくて忘れていた。
「じゃあ……なんで貴方は迎えに来たの?」
ゼクシオは私の手を取ると、静かに言った。
「アイリーン様、アイリーン様こそが真の聖女様でございます。堕落した聖女から回帰された貴方様こそが、この世界の神でございます。我々はだからこそ、貴方様を迎えに来たのです」
「我々?」
「はい」
そう言うと、いつの間にか私を取り囲むようにして真っ白な装の者達が現れ、膝をつき、私を崇める。
「我々は聖女教の教徒であり貴方様の使徒。貴方様の為に命を投げ、貴方様の為ならば何でも致します」
その言葉に、私の心臓がどくりとなる。
「私の為なら?」
「もちろんでございます。貴方様の幸せが我らの幸せでございます」
私は、口角がすっと上がっていく。
私を大切に思い、私の為に働いてくれる人間がいる。
そう思えば思うほどに、心臓がどくどくと脈打ち、笑みが深まっていく。
「あらぁ。ふふふふ。いいわ。いいわよ。貴方様の神様になってあげる」
気持ちがいい。
私は久しぶりの高揚感を味わいながら、両手を広げた。
すると、皆が拍手を送ってくる。
あぁそうよ。
私はこうやって人々に愛される存在なの。
お姉様とは違う。
許してくれないような、心の狭いお姉様とは、私は、違うのよ。
感情の高揚。
だけれど、ふと冷静になれば……ただ、この人達もまた、私ではなく聖女としての私しか見ていない。
そのことに気付き、高揚した感情が次第に冷静に凪いでいった。
どこまで行ってもアイリーンはアイリーン(/ω\)








