それはお別れじゃない
ロキがいなくなり、光が消えた世界で、ルーチェだけがまだ光を放っている。
「今度は僕の番だね」
ルーチェは誰に向けるでもなく、納得したようにそう呟いた。
精霊王様が眠っていた泉の上まで進んでいくうちに、だんだんとその体が大きくなっていく。
「ルーチェは知っていたの?自分が次の精霊王になるってこと……」
なんて声をかけていいか分からなくて、つい口をついて出たのがそんな質問だった。
「ううん、知らなかったよ。だけどロキくんのことは初めて見た時から大好きだったし、メル様の側にもずっといたいなって思ってた。ロキくんが精霊王で、メル様がロキくんの愛し子だったから、きっと僕も強く惹かれたんだね。……もちろん、それだけじゃなくて、メル様自体が大好きだけど」
今思えば、ロキよりルーチェの方が子供みたいだと思ったことも何度かあった。
年齢って言う概念があるのか分からなくて、それぞれの個性や性格なのかなと思っていたけれど、本当にルーチェの方がずっと生まれたてだったから、なんて影響もあるのかもしれない。
「僕、リアムの側にいるの、ずっと楽しくて仕方なかった。……ロキくんが言ってたのを聞いて納得したんだ。生まれてから精霊王になるまでと、死ぬまでの最後の時間が自分という存在としてだけいられる時間だって。リアム、メル様、僕に大事な思い出をありがとう」
ルーチェが振り返って満面の笑みを浮かべる。
その瞬間、枯れていた草花が一気に生気を取り戻し咲き誇った。
泉の水もどんどん澄んでいくのが分かる。
そっか、ルーチェとも、これでお別れ……。
「ああ!大事な大事な僕の精霊王としての初仕事、今でもいいよね?」
大きな体になっても、ルーチェはなんだか変わらない。
慌てたように身を翻すと、彼はリオ様の元へぱあっと向かって行った。
そしてその側にいる、リオ様の赤ちゃんの額に優しく口づけを落とす。
そのまま小さな声で何かを話しかけているようだった。
「……いい?それが君の名前だよ?いつか君も立派な聖獣の主になれますように」
聖獣の名前は、精霊王様に授けていただく――。
今、あの子には初めてのプレゼントが贈られたんだわ。
「さて!それじゃあせっかく溢れに溢れた瘴気をロキくんがぜーんぶ消していってくれたんだから、もう増えてしまわないように今度は僕が頑張らなくちゃね!」
うーん、といつものように伸びをして。
あっけないほどあっさりと、こちらを振り向きもせずに、ルーチェはその姿を消した。
一瞬その事実が理解できなくて、ぽかんと呆けてしまう。
きっとそれは私以外の人達も同じで、辺りが不自然なほど静まり返った。
だけど、もうルーチェがあらわれることも、その声が聞こえる気配もない。
「――え!?こ、これで終わり?これで最後なのに、お別れもまだ言えてないのに……?」
やっと我に返って驚く私の隣で、リアム殿下が思わずと言った風に吹き出した。
「ぷっ、あはは!ルーチェらしいね。きっと、これでお別れだなんて微塵も思っていないから、さよならを言って行くなんて考えつきもしなかったんだ」
「お別れだなんて、思っていない……?」
「そう。……だって、精霊王様は姿が見えないだけで、ずっと僕たちの側にいてくださるのだから」
◆
ロキやルーチェが姿を消して、花や泉が元に戻り、やっとその場が落ち着いた頃。
あれだけ憎しみや怒りをぶつけあっていたセイブスの民も、アーカンドの民も、憑き物が落ちたように穏やかさを取り戻していた。
もちろん、今日まで年月をかけて根付いてきた価値観がそう簡単に変わるわけもなく、セイブスの人たちは相変わらず獣人や動物たちに恐怖や少しの嫌悪を抱いてはいるようだったけれど。
それでも攻撃しようと思う人はいないようだし、距離を取り、胸に抱く悪感情を見せないようにしている姿は、お互いを傷つけないようにしているようにも見える。
……きっと、今はこれで十分。
セイブスの騎士だったニールは、倒れたまま起き上がれずにいたアーカンドの獣人を助け起こしてあげている。怪我をしているのかと思ったけれど、見ている限り平気そうだ。
どうやらルーチェの光は自然のものだけじゃなく、ここにいる人たちの傷も癒してくれたらしい。
クラウス殿下も立ち上がり、いつの間にかハディス殿下と言葉を交わしているようだった。
二人の間にも不穏な空気は見当たらない。
ゲームの中で、ヒロインが攻略対象の獣人と結ばれて、二つの種族の架け橋になるんだと思っていた。
だけど、きっとヒロインの力なんてなくとも、その気になればいつだって手と手を取り合うことはできる。
精霊王様は人も獣人ももちろん動物も、等しく見守ってくださるのだから。
あとは、私たち自身の気持ちだけ。




