全部自分の選択
「人間は誤解している。聖女は嘘をつけないのではない。絶対に嘘をついてはいけないんだよ」
嘘をついては、いけない……?
どういうことだろう。聖女は嘘をつけないというのはセイブス王国では誰もが知る事実だった。
リリーの言葉を、誰もが「聖女の言葉だから」「聖女は嘘をつけないから」と受け入れ、信じてきたのだ。
その事実が今、崩れようとしている。
「は?嘘をついてはいけないってなによ……」
リリーの声も震えている。
「バカな……伝承でも、王国にいくつか残る文献でも『聖女は嘘をつけない』とされている。それが誤りだというのか……」
リオ様の言葉、リリーの様子を見て、クラウス殿下も困惑気味だ。
「人の国で事実がどのように伝わってきたのかは私には分からない。その表現も間違っているわけではない。ただ『嘘をつくことが不可能』なのではなく、正しく言うならば『嘘は最も能力が失われる行為であるから、ついてはいけない』だろうな。年月が経つうちに本来の意味が曖昧になったというところか。しかしこれまではその表現でも問題はなかったのだろう。聖女が誠実であることは当たり前のことで、本来は誠実な魂こそが聖女に選ばれるはずなのだから」
……リオ様の言葉を聞いてすんなりと理解できた。リリーも転生者であり、彼女こそがイレギュラーなのだから。イレギュラーな彼女がゲームの通りに聖女だったのは、ゲーム補正ということなのだろうか。
聖女は誠実であり、嘘などつかない。その前提が違っていたうえで、言い伝えについて間違った解釈がされて、リリーがどれほど疑わしいことを言っていようが、聖女が言っているのだからと真実だと思いこんでしまった。
そして、とくに王族として、王太子として誰よりも聖女について教育を受けたクラウス殿下が一番その傾向が強かったということかもしれない……。
そんなクラウス殿下は顔を真っ青にして呆然としている。
「う、うそよ……うそようそよ!だって、私は聖女で、ヒロインで……そんな……」
うわ言のように繰り返すリリーを、ロキが忌々しげに睨みつける。
「嘘がどうして聖女の力を奪うかわかるか?」
「え……」
「嘘は瘴気をうむんだ。この世界に生きる生き物の中で、人は最も瘴気をうむ。はっきりと悪意を持っているからな。もちろん、お前がなけなしの力を悪用して動物たちをさらって操ったのなんか最悪だ。……お前がそうなったのは、全部お前自身の選択によるものなんだよ」
呆然としていたリリーの顔が、ぐしゃりと歪んだ。
「う、うわああああ!!!嘘よ嘘よ、嘘よ!!私は聖女でヒロインなの!!!ヒロインなのにっっ!!!そうよっ、元はと言えば最初からおかしかった!攻略対象との思い出イベントが起こらなかった!!あれが最初だわ!!!!どうせメルディーナ、あんたが何かしたんでしょっ!?!?」
リリーの金切り声を聞きながら、私に寄り添ってくれているリアム殿下が息をのんだ。
「この、声……覚えがある……」
「リアム殿下?」
リアム殿下はゆっくりと私を見る。
「ここにきて、あの女を見てからずっとどこか見覚えがあるような気がして考えていたんだ。今分かった」
リアム殿下の声が耳に入ったのか、喚いていたリリーがピタリと暴れるのをやめ、こちらをじっと見つめる。「りあむ……」とぽつりと呟いた。
リリーが名前を知っているということは、やっぱり……リアム殿下が、攻略対象の「隣国の獣人」だったんだわ。
だけどもう怖くない。
リアム殿下はスッキリしたような顔で言葉を続けた。
「メルディーナと初めて会ったあの日、このセイブス王国で、狼姿から戻れなくなっていた僕を助けてくれただろう?あの直前に、混乱してパニックのままに近くにいた女の子に近づいてしまって、蹴られてしまったんだ。やっと思い出した。あの聖女を名乗る彼女は、あの時の女の子だ」
驚きすぎて、一瞬なんの反応も出来なかった。
あの時、ボロボロになった狼さんが助けを求めた少女に蹴り飛ばされるのを私も見ていた。あれが、リリーだった……?
あの瞬間はもしや、リリーの言う『思い出イベント』だったの?
私はメインルートであるクラウス殿下のルートしかプレイしていない。だからこそ攻略対象の獣人がリアム殿下だということも知らなかった。
でも私に「あなたに捧げる永遠の愛」をプレイするように勧めてくれた友達が言っていたかもしれない。思い出イベントはゲーム開始の後、攻略対象とある程度仲良くなった時に『実は昔こんなことがあって……』と、その相手がヒロインのリリー本人であると知らないままに話してくれるのだと。
リリーは今度こそ、発狂したような悲鳴を上げた。
「嘘でしょ!嘘!あれがリアム!?獣人の攻略対象との出会いの思い出イベントが獣化姿だなんて誰が思うのよ!!!じゃあ何?あの時にあの汚い獣を抱きしめてやればよかったってこと!?私が失敗したの!?信じられない……信じ……いや…………いやあああ!!!」
リリーが髪を振り乱し、叫ぶのと同時に、その体から真っ黒なモヤのような物がぶわりと噴出した!
これは……瘴気!なんて量、なんて濃さなの……!
リリーから溢れる瘴気があっという間に澱みに変わる。
リアム殿下が周囲の人たちを慌てて誘導して下がらせ、お兄様が私の側に来て守りの魔法を展開する。
クラウス殿下が必死に指示を出し、セイブスの騎士がなんとかリリーを取り押さえる。彼らも濃い瘴気に直に触れてしまい苦しそうだ。エリックがぶるぶる震えながら呪文を唱え、リリーを気絶させた。
ルーチェは怖がり、ロキは表情を失くしている。
このままでは……!!!
私は全力で浄化の魔法を展開する!
「きゃー!」
「う、うわああ!!」
人々の悲鳴が飛び交う中で、リリーの上に集まり渦を描くようにしている澱みに、浄化の魔法をぶつけ続ける。
「うっ……!」
だけど、さっき動物たちを浄化してクラウス殿下達を治癒したばかりで、この量の澱みを浄化しきるには魔力が足りない……!
負けてしまわないように、必死で魔法を展開し続けている私の肩に、震える手が触れた。
振り向いて、驚いてしまった。
私に寄り添うようにして触れているのは……エリックだった。
「姉上……僕の魔力も使って」
泣きそうな表情で、触れている手も、声も震えている。
エリックの魔力が流れ込んでくる。すごく温かくて強い魔力。
そんな場合じゃないのに、なんだか泣きそうだった。
お兄様が守りの魔法を解除して、その手をエリックの手に重ねた。
エリックのものとは違う、清涼で澄んだ魔力が流れ込み、エリックのものと絡まり合うように私の体の中をめぐっていく。
「メルディーナ、私の魔力も!」
血の繋がった、たった3人の兄弟だからだろうか。なんの違和感もなく魔力が体に馴染んでいく。
今なら、何でもできそうな気分だ。
「ありがとう、エリック、お兄様」
私は溢れんばかりの魔力を一気に放出し、全力で澱みにぶつけた!
パッと弾けるような音がして、澱みだった黒いモヤが霧散し、代わりにキラキラと光の粒のようなものが辺りに降り注ぐ。
よかった……これでもう、大丈夫……。
「メルディーナ!」
「姉上!」
力の抜けた体を、お兄様とエリックに支えられる。
──だけど、一瞬とはいえあれだけ巨大な澱みがうまれて、何も影響がないわけがないのだ。
ゴゴゴ…と地鳴りのような音が響きはじめる。
全ては遅かったのだと、嫌でも気付かされることになる。




