リアム殿下の気持ち
王宮に戻り、お兄様と共にハディス王太子殿下に浄化の報告をした。
「そうか、今回もご苦労だったね、ありがとう」
「いえ……あの、リアム殿下は……?」
「すまない、しばらく見ていないな」
少し探してみたけれど、リアム殿下はどこにもいなかった。それどころかいつも私がいる場所にキャアキャアとはしゃいでやってくるルーチェの姿も見えない。おまけにロキもどこかへ行ってしまった。
同行を拒否して、遠ざけたのは私なのに。なんだか見捨てられたような心細い気持ちになってしまう。
ミシャとオルガに1人にしてほしいと頼んで、王宮の中庭にある大きな木の根元に座り込んだ。
アーカンドの王宮や王都には、こうしてあちこちに大木がそびえている。どんなに栄えた場所であっても、自然を必ず感じられるようになっているのだ。
ぼうっと1人で何も考えずに目を瞑った。眠いわけではない。ただ、なんだか無になりたかった。
ふ、と意識が浮上する。眠いわけではないつもりだったけれど、静かで癒される環境で目を瞑り、いつの間にか意識が飛んでいた。
さわさわと、右半身に何かが触れている。
目をやって、びっくりした。ピタリと、私に寄り添うようにして大きな黒い狼さんが丸くなっている。
「リアム殿下……」
思わず呟くと耳がぴくっと反応して、ゆっくりと金の瞳が私を見た。
……狼姿のリアム殿下、なんだかとっても久しぶりだわ……。
「くうん……」
狼姿でも言葉を話せるはずなのに、まるでただの狼みたいに切ない声を出す。顔を伏せ気味に、私の様子を窺うような上目遣いでこっちをじっと見つめる。
なんだかその様子が懐かしくて可愛くて。思わず笑ってしまった。
「……私がまだリアム殿下のことを本物の狼さんだと思っていた頃。私が泣いているとそうしてじっと私の様子を窺っていましたね」
話しかけても何も言わない。これはきっと気づかいだ。リアム殿下を拒絶した私への配慮だと思う。今は狼でいてくれるらしい。
「私にとって、あの頃からずっとあなたの存在は特別なんです。ずっとあなたに支えられてきた。リアム殿下が本当は狼ではないのだと知ってからも、ずっとあなたが助けてくれて、私はいつの間にかますます1人では立っていられなくなった」
狼さんの背中をそっと撫でる。相変わらず毛並みがとってもつやつやしていて気持ちがいい。
「だから、怖いんです。優しいあなたは私を見捨てられないだけじゃないかって。私の存在があなたを不幸にするんじゃないかって。……今の私には兄もいます。1人じゃないと分かっている。だから、教えてください。私は、あなたの重荷になってはいませんか……?」
この国の人は、「精霊の愛し子」を無下には出来ない。王族であり、精霊のロキやルーチェが見えるリアム殿下はなおさらその思いが強いだろう。
だけど、そんな義務感から側にいてくれるのなら。もう自由になってほしい。
「……オリビア嬢と話をしたと、ルーチェやロキに聞きました」
その名をその口から聞くだけで、胸が少し苦しくなる。
お兄様が背中を押してくれなければ、今この瞬間にでも私は逃げ出したかもしれない。
「確かに彼女はかつて、僕の婚約者候補でした。だけどそれはほんの子供の頃の話です」
「え……?」
「子供の頃、あなたに出会ったあの日の少し後、僕は陛下に婚約者を作らないでほしいとお願いしたんです。今思えば王族の義務を拒否するようなとんでもない願いですね。でも、陛下は聞いてくれた。本人が嫌がるなら、もう少し成長した後でもいいだろうと」
そんな願いが聞き入れられたのは、僕が第二王子だったこともあったのかもしれませんね。リアム殿下はそう言って少し笑った。
「その後、あししげく人間の国の方へ通う僕を見て何か感付いたようでした。元々僕に残っていたメルディーナの魔力に陛下は何かを感じていた。だから僕の気持ちは、成長した後もはっきり許可の言葉はなくとも許されていたんです」
いつの間にか、撫でていたモフモフの毛がなくなっていく。リアム殿下がゆるやかに獣化を解いている。
あっというまに獣人の姿に戻った殿下は、私の手をそっと握った。
「メルディーナ。特別すぎて、言葉にしてこなかった。それは拒絶されれば側にいられなくなると怖かったからです。でも、こんな風にあなたを傷つけるなら黙っているべきではありませんでした」
「……」
その顔が、なんだか泣きそうに見えて。何も言えずに見入ってしまう。
ひょっとして、リアム殿下は私の側にいることを負担には思っていないかもしれない。婚約者を作らないでと言ったという殿下の話の通りで、オリビア様に聞いた話は何か間違っているのかもしれない。
トニーくんとカンナちゃんのことを思い出す。私は最善の選択をしたつもりだったけれど、それは決してリアム殿下が望むものではなかった?
話を聞きながら、確かにそんな風に期待してしまったけれど。
「重荷などではないと言っても、信じられないかもしれません。だけど信じてほしい。メルディーナ、僕はあなただけをずっと大事に思っています。ずっと特別に思っていたあなたを、いつの間にか愛するようになっていたんです。……どうか、僕をあなたの側に」
予想以上の言葉に、あまりにストレートなその内容に、頭がフリーズしてしまった。




