何が幸せなのかは本人にしか分からない
――自分は邪魔者だから。
彼女の零した言葉に胸が痛くなる。
自分はいない方がいい人間。自分は役立たず。自分はいるだけで邪魔なんだ――。
そういう気持ちには私にも覚えがあったから。
セイブス王国での辛かった時間を思い出して、ほんの少し息が苦しくなる。だめよ、落ち着いて!そう自分に言い聞かせて浅く呼吸を繰り返す。それに、自分が邪魔者なんかじゃないと私はもう知っている。
カンナちゃんはそんな私の様子を揺れる瞳で見つめていた。いけない、私がこの子を不安にさせてどうするの?
気持ちを切り替えてカンナちゃんに向き直る。
「どうしてそう思うのか聞いてもいい?」
この家の外には彼女を心配する人たちが集まっていた。とても邪魔者だと思われている様子ではない。
……まさか、今は離れ離れになっている両親が彼女にそんな風に思わせるような何かをしているの……?
迷うそぶりを見せるカンナちゃんは、瞳いっぱいに涙をためている。
「……外に、男の子がいたでしょう?」
目を真っ赤にして呼びかけていたあの子のことだろうか。
「トニーっていうんだけど、私ね、トニーのことが好きなんだ」
「うん……」
誰よりも心配して必死になっていた男の子を思い出す。きっとトニーもカンナちゃんが好きなんだろうと思う。
それなのに、なぜ自分を邪魔者だなんて思うの?
「あのね、トニーはいつか私をお嫁さんにしてくれるって言ったの」
言いながら、嗚咽を堪えるように目をぎゅっと瞑る。やつれてしまった頬にぽろりと涙が零れ落ちた。
「……隣町の領主様の娘が、トニーを自分の側に欲しいって、言ってるんだって」
はっと息を呑む。側に欲しいというのは、侍従にしたいということだろうか。それとも……。
トニーは赤髪にオレンジ色の瞳の、整った顔立ちの子だった。
「その子が、言ったの。私が邪魔なんだって。私が居なければトニーはその子のお婿さんになって、いい暮らしができるんだって。幸せになれるんだって……私が、トニーを不幸にするんだって」
「なんてこと……」
つまり貴族のお嬢様があの子を気に入り、手元に置きたいがためにカンナちゃんを脅したのだ。
「トニーは……ひっく、優しいから、うっ……私をお嫁さんにするからって、自分は行く気はないって……」
カンナちゃんは泣きながら、自分からそんな約束はもういいのだとは言えなかったこと、トニーがその子のところへ行かないと言ってくれたことが嬉しくて、だけど彼が不幸になると分かっていてそんな風に思ってしまう自分が酷く醜く感じて嫌なのだということ、自分がそんな人間だから、神様の罰で瘴気に冒されたんだと思っていることを聞かせてくれた。
そんなこと、絶対にあるわけがないのに。
私が知らないだけで、きっとこういうことはたくさんあるんだろうと思う。
権力を持った貴族が自分勝手に望んだことで、こうしてなんの罪もない、力を持たない人が涙を流すようなことが。
私は侯爵家の娘で、どちらかと言うと望んだものが手に入る立場だったと思う。それでもセイブスで誰よりも尊ばれる聖女様に陥れられた。
こんなの、抗えない災害みたいだ。
「……カンナちゃん、辛かったね。だけど、カンナちゃんが邪魔者だから瘴気に冒されたなんてことは絶対にないの」
「でも……」
「私が言うこと、信じられない?」
カンナちゃんはぐ、と言葉を詰まらせて、ゆっくりと首を横に振った。
「トニーくんは行かないって言ってるのよね?『行けない』じゃなくて、行かないって」
「それは、優しいから」
「分かった、じゃあ私が聞いてみる。絶対に嘘はダメよって言って聞くわ。それで彼がもしも『行きたくない』って言ったら、カンナちゃんにはトニーくんともう1度きちんと話をしてみてほしいの。どうかな?」
カンナちゃんは返事をしなかった。潤んだ瞳を泳がせて、迷っているみたいだ。
ダメ押しに、にっこり笑って手を握る。
「大丈夫よ、なんたって私は愛し子様だもん!トニーくんがいくら優しくても私には嘘をつけない。そう思わない?」
自分で『愛し子様』なのだと言うのは少し微妙な気持ちになったけれど、カンナちゃんは戸惑いながらも頷いてくれた。
◆◇◆◇
「愛し子様!カンナを助けてくれてありがとうございます……!」
トニーくんは涙を拭うことも忘れて、顔をぐしゃぐしゃにしながら何度も頭を下げた。その横でカンナちゃんも同じように泣いていたけど、2人の手はしっかりと繋がれていた。
「カンナちゃんを助けたのはあなたよ、トニーくん」
「愛し子様……」
結局、トニーくんは私に「隣町には絶対に行きたくない、カンナの側にずっといたい」と答え、カンナちゃんの休む家の中に入っていった。泣きながらカンナちゃんが治療を受け入れる気になったのはそれから少し後。
まだ子供の2人。これからその気持ちが続くのか、変わるのかは分からないけれど、その未来が幸せに溢れたものであればいいと思う。
トニーくんには、もしも件の領主の家から何か言われるようなことがあれば必ず私に手紙を送ってほしいと言い残して、私達は村を後にした。
◆◇◆◇
「2人がきちんと想いを伝えあえて良かったね」
「そうですね、お兄様」
帰りの馬車に揺られながら、ほうっと息をつく。あの2人がすれ違ったまま悲しい結末を辿らなくて本当によかった。
「どちらかが幸せを願って悲しい決断をしても、それが本当に相手の幸せかどうかは分からない。負い目を感じる選択こそが相手が最も幸せだと思えることも、きっとたくさんあるだろうね」
「……」
向かいに座るお兄様が手を伸ばし、ぎゅっと私の手を握った。
「メルディーナ、心に少しでもわだかまりがあるならちゃんとリアム殿下と話しなさい」
「でも……」
「あの子たちに出来て、お前が出来ないなんてことはないだろう?もしも結果が変わらないのだとしても、きちんとリアム殿下本人の口から話を聞くことに意味があると、私はそう思うよ」
「……そうね」
結局、私は逃げているだけなのかもしれない。
「帰ったら、リアム殿下に少し時間を貰えないか聞いてみるわ。……そのあと私が泣きたくなったら、お兄様がきっと付き合ってね」
「もちろん。その時はメルの気が済むまで話を聞いて思い切り泣かせてあげるよ」
「ふふっ」
帰りもロキは行きの馬車と同じように、ずっと黙って窓の外を眺めていた。




