聖女の目的
「何を……言っているのですか……?」
「何を、と言うのかい?お前の方がよく分かっているのではないか?」
「そんな、まさか……メルディーナは貴族牢に入り、万全の体勢で治療を受けていると……殿下が」
何度もそんな、と呆然と呟くニールが嘘をついているようには見えない。ニールは知らなかった?私があの日……どんな目にあっていたか。どんな思いで逃げ出したか。
「言っておくが、命からがら彼女を助けこのアーカンドまで連れ帰ったのはそこにいる第二王子のリアムだ。この王城に着いたときに死にかけていたメルディーナをイーデンも見ているよ」
ニールがお兄様を見る。その表情でハディス殿下の言葉が嘘じゃないと分かったのだろう。
「では、やはり……聖女が嘘をついた……?」
どう頑張っても私では証明できなかった事実に、ついにニールが辿り着いた。
◆◇◆◇
顔を真っ青にしたまま、それでも少し落ち着きを取り戻したニールはぽつりぽつりと彼の知る事実を話してくれた。
クラウス殿下は私を貴族牢へ入れ治療を受けさせていると言ったこと。話を聞くつもりは確かにあったということ。
だけどリリーが、私が貴族牢から逃げ出す姿を見たと証言したこと。
それにより、クラウス殿下は完全に私を罪人と認定し、必要以上の調査は打ち切られたこと――。
調査とは名ばかりで、ほとんどがリリーの証言を聞き取ることで終わったらしい。これについては予想通りと言う他なかったけれど。
クラウス殿下が本当はどこまで私の置かれていた状況を知っていたかは分からない。ニールが知る内容にも事実とは違うことがあるかもしれない。表向きは貴族牢に入れたと言っただけで、実際に私を地下牢へと指示したのが殿下ではない証拠もない。
そう思ってしまう程、もはやクラウス殿下は私の中で信用できない相手になっていた。元々長い婚約期間の中で築いたと言えるほどの信頼関係もなかった。
改めて思う。なんて虚しい初恋だったのかと。
「セイブス王国の聖女は……リリー・コレイア男爵令嬢は異常です」
正直、ニールが色々と聞かせてくれた話を全部ひっくるめても1番驚いたのがこの言葉だった。
「ニール……あなた、リリーを慕っていたのではなかったの?」
「俺が、あの聖女を……?まさか……!」
信じられない。また間違えていた。攻略対象であり、彼女を気にかけいつも側に寄り添っていたニール。てっきり彼もヒロイン・リリーに陥落しているのだとばかり……。
ニールは言葉を続けられない私ではなく、ハディス殿下に向かって言った。
「リリー・コレイア男爵令嬢はメルディーナ嬢が生きていると確信していました。それがなぜなのかは分かりません。ただ、彼女のメルディーナへの執着は普通ではありませんでした。いつか……またメルディーナを探し、殺そうとする可能性が高いと思われます」
「なぜその女はメルディーナの命を狙う?」
「詳しくは分かりません。ただ、彼女はずっと繰り返していました。メルディーナ嬢を殺さなければ、魔王を倒すことが出来ない、と」
まさか、リリー。本来ならば愛し子を守ると言われる聖女様。
どうなるか分かっていて、私を殺そうとしているんだ……。
彼女の狙いは、私を殺し、魔王討伐という栄誉を手に入れること。
◆◇◆◇
ニールはアーカンド騎士団の監視下に置かれることになった。
敵対しているセイブス王国の情報を事細かにアーカンドへ流したことで、敵意を持っての行動ではないと一先ず処罰はされないことに決まったのだった。ただし、もしもアーカンドに対して少しでも不利益な行動をとることがあれば即刻処刑もありえる不安定な立場になる。そして今後、状況が変わらない限り彼がセイブス王国に帰ることは許されない。
これは別に温情というわけではない。現状聖女リリーの思惑を一番把握し、命を懸けて私の身を案じたことから利用価値があると判断されたわけだ。
ニールには私が愛し子であること、アーカンドの国中をまわって浄化を行っていることも伝えられた。
「メルディーナが……精霊の愛し子……」
案の定というか、言葉を失い呆然としていた。信じられないよね?無理もない。愛されず蔑ろにされていた私がここでは誰よりも尊重される存在。皮肉なことだと自分でも思う。
それに……尊重は、尊重でしかない。本当に欲しい愛情が手に入るかどうかは別の話なのだから。
◆◇◆◇
「え……?メルディーナ、なぜですか……?」
「いえ、そもそも第二王子殿下にいつも同行していただいていたのがおかしいことだったのです。殿下のおかげでアーカンドで私を無条件に憎む獣人はいなくなりつつあります。――ここからは、殿下の助けがなくとも大丈夫です」
にっこり笑う私に、リアム殿下は何も言えない様子だった。
近くでその様子をみていたハディス殿下も、お兄様まで微妙な顔をしている気がする。
だけどいつまでも甘えているわけにはいかない。リアム殿下はあるべき場所に戻らなければならない。私がこうして、縛りつけるなど私自身が許せない。
その日、私は初めてリアム殿下が浄化に同行することを拒んだ。




