終わりは予想外の形でやってくる
その後も、露店を見て回ったり、アーカンドの色んなお店に連れて行ってもらったりして、私は久しぶりの休みらしい休みを満喫していた。
セイブスでもこんなにゆっくりと楽しむ時間はなかなかとれなかった。最近までずっと妃教育で忙しくしていて、やっと修了してこれからは少し余裕が出来るかと思ったらリリーが現れて、前世を思い出して。休みになれば屋敷を抜け出してディナとして薬師になるために勉強して……それは楽しくもあったけれど、やっぱり忙しかったし、心が休まるときはなかったように思う。
それなのに、憧れていたアーカンドでこんなにも穏やかな時間を過ごせる時が来るなんて想像もできなかった。
私のワンピースのポケットから、我慢できなくなったルーチェとロキが顔を出す。
「メル様、楽しいの~?魔力もうきうきしてる~!」
「ふん!楽しいなんて当たり前だろ?メルはこれまでずっと、ずーっと頑張ってきたんだ!休みもなくね。……こんなご褒美みたいな日、久しぶりだ……」
「ロキ……」
小さな私の親友は、まるで自分のことの様に言葉を詰まらせていた。ううん、きっとロキも一緒なんだよね。私がいつもピリピリして怯えていたから、ロキもきっといつだって緊張状態だったんだ。
隣に歩くリアム殿下を見上げる。私とロキに、安心を与えてくれた人。
「どうかしましたか?」
見慣れた金の瞳が細められて、優しく私を見つめる。
いつの間にか人通りの多い場所から離れ、静かな花畑が広がる場所まで歩いて来ていた。ベンチがあり、そこにエスコートされて2人で並んで座る。
「いいえ、なんだかすごく楽しいなって。今日は誘ってくださって本当にありがとうございます」
私の言葉ににこりと笑みを深めたリアム殿下は、私の耳元に手を伸ばし、そっと指先で包むように触れた。
「!リアム殿下……?」
「このイヤリング。あなたの髪の色より少し濃い色で、すごく映えますね。よく似合ってます。……僕の瞳の色と同じ色だ」
「!!」
ぜ、全然意識していなかった……!ただ、すごく綺麗な色で……この色好きだなって、そう感じて……!
まさかあの店主さん、そのつもりでこの宝石をすすめてくれたの……!?
私の動揺をよそに、秘めた情熱ですか、と殿下が呟く。なぜかその口元の動きから目が離せない。
「この色の宝石に、本当にぴったりの宝石言葉です」
意味深に囁かれた言葉に、思わず言葉を失ってしまった。
「すみませーん!誰かいませんかー!少しだけ手を貸してはいただけませんか!」
姿も見えない遠くから叫ぶように掛けられた声に、私に触れていた手が離れていく。
リアム殿下曰く、この辺の道は舗装されておらずぬかるんでいるため、側溝に馬車の車輪が落ちてしまうことがときどきあるのだとか。この声もそのために手を必要としているのではないかということだった。
「この辺は人通りが少ないですからね。メルディーナ、少しだけ1人にしても大丈夫ですか?久しぶりにたくさん歩いてお疲れでしょう。ここで休んでいてください」
「は、はい。何かあれば自分の身は守れますから、気にしないでください」
私もついて行ってお手伝いしようかとも思ったけれど、なんだか胸がどきどきして力が入らないのでお言葉に甘えることにして頷く。
「熱い……」
リアム殿下の後ろ姿を見送りながら、そっと耳元に手を添えた。まるで、そこだけが熱を持ったようで。
ぼーっと眺めていたからか、人が近づいてきていることに全く気付かなかった。
「――愛し子様であらせられますか?」
とてつもなく丁寧にかけられた言葉に、驚いて声の方に振り向く。
そこには、獣人の貴族令嬢らしき女性が立っていた。どこか思いつめたような顔で、見える範囲には供もいない。1人で……?どこかに護衛はいるかもしれないけれど、少なくとも私と2人だけで話したいということなのかもしれない。
「突然お声がけをするご無礼をお許しください。あの、どうしても、愛し子様にお願いしたいことがございまして……」
女性はそういうと、一瞬ちらりとリアム殿下が姿を消した方を見て、また私に視線を戻した。泣きそうな顔をしている。
私にお願いしたいこと、というと、瘴気の浄化や誰かに治癒の力が必要だとかかもしれない。最近は私が各地で浄化をしてまわったり、そのついでではあるけれど、軽い病や怪我に悩む人を癒している話が広まってきている。彼女もそういう噂を耳にしたのかもしれない。
そう思い、ベンチから立ち上がり女性に向き直る。
「はい、お願いとは何でしょう。私に出来ることならば――」
言いかけて、言葉が止まった。女性が飛びつくように近づき、私の手を握ったのだ。
「お願いです、愛し子様!わたくしの、わたくしのリアム様を奪わないでください!」
「――え?」
女性に握られているのに、一瞬で指先から体温が奪われていく。
リアム殿下の手が触れた耳元だけが、言葉の意味を受け入れることを拒絶する様に、それでも残った熱を主張していた。




