聖女と愛し子
「平和を保てなくなる……?どういうことでしょうか?」
反応したのはリアム殿下だった。
「さっきお前たちも実感しただろう。この守りの森に通るはずのない魔法が通ってしまったこと」
リリーの魔法。そういえば、リリーは聖女なのに彼女の魔法の残滓は随分と禍々しく澱んでいた気がする。
「精霊王は代替わりを目前に力を弱め、世界中の瘴気は少しずつ濃くなっている。私の子供が生まれ、その成長のために私の力も少し弱まってしまっている。……あの『聖女』とやらがこの辺り一帯に瘴気が生まれる要素を植え付けていったようなものだよ。これからどんどん瘴気が増え、澱みが生まれる場所が見つかっていくだろう」
そんな……。
この守りの森はアーカンドでも特に聖なる力が強い場所で、多くの妖精たちが住む場所。ここが瘴気に冒されれば国全体に広がるのはあっという間なのだとリオ様は言った。
「でも、どうして……?聖女は瘴気を払う存在なのではないのですか?」
「メル、俺でも分かるよ。少なくとも今の時点であの聖女に聖なる力はほとんどないと思う。じゃなきゃあんな魔力の質にはならない」
リオ様は大きく息をつく。
「そもそも、聖女とはなんだか知っているかい?」
「それは……」
聖女とは何か。具体的に答えようとすると的確な言葉が見つからない。聖女は聖女でしょう?
「聖女は……精霊王の代替わりに合わせて現れることの多い、魔王を……討伐する力を持つ者だと」
私のすぐそばにいるロキの体が一瞬ぶるりと震えた。
なぜかリアム殿下は目を丸くして驚いている。
「人間たちは、そう思っているのですか?」
まるでそんなわけがないとでも言わんばかりだ。
違うの?
「そもそも魔王が生まれるのは精霊王の代替わりが上手くいかなかった場合だよ、メルディーナ。詳しい話はしてはいけない決まりだから言えないけれど、精霊王の代替わりには愛し子の存在がとても大事なんだ」
「愛し子って……まさか」
リオ様は深く頷く。
――私の存在が、精霊王の代替わりに関係している?
「愛し子が深く傷つけられ魔落ちしてしまうようなことがあったり、ましてや命を落とすようなことがあれば……その時点で精霊王の代替わりは上手くいかないことが決まってしまう」
そして魔王が生まれるのだよ、リオ様はそう言って目を伏せた。
私の存在が、魔王を生む……。
それはゲームの世界でもそうだった。
『私が死ぬと、愛されず蔑ろにされ続けた私がこの身の内にためにためた絶望と憎悪が命の終わりとともに吹き出し、代替わりを控え力の弱まっていた精霊王が私の生んだ瘴気にのまれて死に、その影響で魔王が復活する』
それが乙女ゲームの大事なイベントの舞台装置としての私を説明するすべてだった。
認識がほんの少し違っていたんだ。私が死んだ影響で精霊王が死に魔王が復活するというのも間違いではない。だけど、もっと正解に近い言葉で言うならば。私の存在がなければ精霊王の代替わりが上手くいかない……?
「聖女は瘴気を払ったり魔王を討伐するための存在ではない。その力は役目を果たすために与えられたものに過ぎない。精霊王の代替わりが無事に終わるように、そのために愛し子が瘴気を受けすぎず、そのままで生きていられるようにサポートするのが本来の役割だ。いわば聖女は愛し子を守るためにつかわされる存在なんだよ」
「……聖女自身はそのことを知っているのですか?」
「はっきりと誰かに教えられることはないだろうが、本来本能的にそうなるはずだ。聖なる力は愛し子に引き付けられるもの。それが聖女が聖女たるゆえんでもあるのだから」
だけどリリーは……私の命を狙ったのではないの?
「ちょっと待ってください。私がこの身に受けたあの禍々しい魔法が聖女の放ったものだと言うならば――」
リアム殿下が何かに気付いたように息を呑む。
「……メルは俺が守るよ」
ロキがぎゅっと小さな体で私に抱き着いた。
「あれが本当に『聖女』であり、本当にメルディーナを狙うのならば、瘴気を払う存在が瘴気を生むことになるだろうね。……恐らくここも含めて、瘴気の脅威にさらされる危険性が高まっていくだろう」
私はリリーや自分の運命に立ち向かう決意をした。だけど、そうでなくても立ち向かうしかなかったようだ。
腕の中のリオ様の赤ちゃんが、眠ったままむずがゆそうに身を捩った。
「……リオ様。私は大丈夫です。守られずとも、きっと負けません。……私が瘴気を払います」
そのためにも、まずはアーカンドの獣人たちに私のことを認めてもらわなければならないだろうな、と漠然と思う。まず守りの森の周辺は決して瘴気に呑まれないように守らなければ。これからどこにどんな風に瘴気が濃い場所が生まれるか分からない。瘴気を払うためには自由に動けた方がいい。
聖なる力は自然の中にこそ多く、そしてそういう場所には妖精たちが多くいるとこの守りの森で知った。ここがやられれば、アーカンドの聖なる力を生んでいる妖精たちが一気に弱ってしまうはず。
幸い、きっとリアム殿下は味方をしてくれる。
「苦労を掛けるね、私たちの大事な愛し子。本来ならば守られ、慈しまれ、その身に愛を受けるだけでよかったはずなのに――あなたに我が大きな愛を」
リオ様は、まるで忠誠を誓う騎士の様に、その大きな体で私に向けて深く深く頭を下げた。




