運命に立ち向かう決意
私は黒い狼さん、もとい獣人国アーカンドの第二王子殿下の話を静かに聞いていた。
牢から逃げ出した私を助けてくれたのも、さっきリリーの魔法から守ってくれたのも、全て偶然などではなかった。いつだってこの方は私の身を案じ、守ろうとしてくれていた。
「第二王子殿下……」
思わず呼びかけると、彼は少し悲しそうに眉尻を下げた。
「どうか、リアムと呼んでください」
――リアム殿下。
すぐに呼ぶには勇気がいって、心の中で呟く。
私を裏切らないでいてくれた大事な黒い狼さん、リアム殿下は、私が思っているよりずっと、私のことを心配してくれていたのだ。
最初は、助けた動物に懐かれたと少しくすぐったく思うだけだった。すぐに彼が心の支えになった。確かに狼さんの前でだけは涙を見せることが出来た。それは動物だと思っていたからだということもあるけれど……。
「あなたのことを騙していたと、私を軽蔑しますか?」
私を見つめる金色の瞳が不安そうに揺れる。
この方は私を孤独と絶望から救い、さっきまた、今度はリリーの脅威の前に身を挺して私を助けてくださった。軽蔑だなんて……するわけがない。
正直あんなことやこんなことも私の気持ちはいつも包み隠さず話してしまった、と気恥ずかしさはあるけれど。
「あなたに感謝こそすれ、軽蔑するなんてありえません。今まで……ずっと私の側にいてくださってありがとうございます、リアム殿下」
リアム殿下はほっとしたように微笑んだ。
「メルディーナ、イーデンのことも気になっていたことでしょう。もちろん彼も何かの罪に問われるなんてことはありませんからね。安心してください」
お兄様のことを考えると、胸がぎゅっと締め付けられる。
もしかして私のために酷い言葉を使い、私を逃がしてくれたのではないかと思う様にはなっていた。まさか、私のために首を捧げるとまで言ったなんて……。
リアム殿下の言った通りだ。私は、愛されない人間などではなかった。その事実がストンと胸に落ちてきて、なんだか泣きたくなる。
「あなたはこれからどうしたいですか?私としては恩人であるあなたをもう1度城に迎えたいという思いはありますが……あなたが望むならばここでこうして穏やかに暮らしていくこともできます」
「恩人だなんて……」
リアム殿下は出会った時のことや、さっきの私の治癒魔法のことを言っているのだろうけれど、恩人だと言うならば私の方がよっぽど助けられている。
それでも、私は決めていた。
「だけど、もしも選ばせていただけるなら。ここを出て、城へ向かわせてもらってもいいですか?」
「……本当にいいのですか?ここにいる方が平和で居られるかもしれない。もちろん、あなたがゆっくりと何の憂いもなく過ごせるよう、全力を尽くすつもりではあります」
ここでなら、平和に穏やかに過ごせる。私もそれを望んでいた。ここでなら、ずっとそうして平穏な毎日を過ごせると。
それは違うと気付いたのだ。
「お気遣いありがとうございます。私はゆっくりと過ごすために城へ迎えてもらおうと考えているわけではないのです。私は……もう逃げたくない」
セイブスから、リリーから逃げて、アーカンドの城からも逃げてこの守りの森に辿り着いた。
ゲームの私に与えられた、舞台装置として死ぬ運命。死にたくなくて、私が悪役にさえならなければいいと思った。それでもダメで、リリーに陥れられた。それならばゲームの終わる時間まで逃げ延びることが出来ればと逃げ出した。
だけどリリーや、彼女や私を取り巻く運命は、どうやら私を放っておいてはくれないらしい。
私を守るために、お兄様に命を捨てさせる覚悟をさせてしまい、リアム殿下を命を脅かすほど傷つけた。
――もう逃げてばかりでは、いられない。
「今までは大きな幸せを望まずに我慢して、逃げ続けていればどうにかなると思っていたんです。それでも私だけじゃなく、私の大切な人達が傷つくなら……私は、私の意志で、立ち向かいたい」
リアム殿下ははっと息を呑んだ。
治癒だってそうだった。ロキの言った通りだった。私が自分に向けられる『無能』の言葉を受け入れて、自分を洗脳するかのように出来ないと決めていたから、ここで魔力を回復した後もずっと使えないままだったのだ。
運命だってそう。ゲームではそうだったからと、自分で自分の未来を切り開くなんて考えもしてなかった。死にたくはないと抗っているつもりで、結局いつも逃げてばかりで、そして悪意に捕まった。
本当は私はもう、運命を変えられることを知っている。
ゲームの私はセイブス王国から出ることなく小さな世界で死んでいった。私が今ここにいることこそが運命がすでに変わっているということ。
私の腕の中ですやすやと眠るリオ様の赤ちゃんを、ぎゅっと抱きしめる。
「メルディーナ、お前の決断を嬉しく思うよ」
ずっと静かに聞いてくれていたリオ様が優しく微笑んだ。
……そして、
「それに、ここもこのままでは平和を保てなくなるかもしれない」
苦し気に、そう言ったのだった。




