聖獣の誕生と狼さんの正体
「メル、こいつには俺がついてるから、メルはリオ様のところに行って」
「分かった」
狼さん……もとい、この獣人さんの傷はもう大丈夫。今はきっと体力がなくなって眠っているだけ……ロキに頷き、急いで泉のほとりをまわりリオ様のところへ戻る。
体を少しだけ起こして見守るリオ様の視線の先では、ずっと淡い光を放っていたタマゴがころころと揺れていた。
「もう、生まれるんだ……」
思わず呟くと、リオ様がにこりと笑った。
側に跪くような体勢のままじっと見つめていると、突然タマゴがぐにゃぐにゃと形を変え、次の瞬間パッとシャボン玉が割れるように弾けた。
そして中から目をぱちくりとさせながら、小さいリオ様のような赤ちゃんが――。
って、タマゴって普通に割れるんじゃないの!?
「みー、みー」
赤ちゃん聖獣は鳴き声を上げながらリオ様と私を何度か交互に見つめた後、とことこと私に近づいてきて私の膝の上によじ登ってきた。そして、ついさっきまでべそべそ泣いて涙で濡れたままの私の顔をぺろぺろと舐める。
か、かわいい……!!
「ありがとう、慰めてくれているの?」
「みー!」
リオ様そっくりの真っ白い体に赤い瞳の可愛い赤ちゃん。大きなタマゴ?から生まれただけあって、生まれたてでも体は大きめだ。ひとしきり私の顔を舐めると、まるで抱き着くように首元に手をまわしてぴたっとくっついた。そしてそのまま……小さく寝息を立て始める。
か、かわいい…………!!!
「母である私よりもメルディーナの側が落ち着くようだ」
リオ様がそう言って豪快に笑った。
「さて、我が子が休んだところで大事な話をしよう」
いつの間にか、ぐったりとしたままの獣人さんがクマの背に抱えられて側まで連れて来られていた。
隠れていた子達の緊張もすっかり取れたようで、妖精たちも含め皆が私たちの周りに集まっている。
「メルディーナ、本来この森は外からは見えず、魔法も通さない」
『――もう!どうして守りの森がないのよ!この辺にあるはずなのにー!』
リリーはそう叫んでいた。
だけど、私はこうしてこの森に辿り着くことが出来たし、リリーの魔法は間違いなく森の向こうから私へ向かい、獣人さんを傷つけた。
「森が見えないのは私がこうしてここに存在することで、私の魔力が聖なる霧の様にこの森全てを覆い隠しているからだ。この子を誕生させるために随分魔力を使った。見えはせずとも、ほころびができ、その隙間を本来弾かれるはずの魔法が通ったんだろう。……随分と強い力だった」
「魔法を放ったのは……恐らくセイブス王国の聖女様です」
私の言葉に目を見開くリオ様。
「あの魔力が聖女のもの?ありえない……だが聖女でありながらこの森を見つけられないのならば、そういうこともあるのか……」
「……?」
リオ様は、何かに気付いたように息を呑んだ。
「どうりで……瘴気の生まれが早いはずだ」
「何か、良くないことが起こっているのですか?」
「そうだな……とにかく、話はそちらの問題を片付けてからにしよう」
そちらの問題?
リオ様の視線の方に振り向くと、意識を失っていた獣人さんが目を開け、体を起こしていた。その金色の瞳と目が合う。
こうしてじっと見つめてみると分かる。この瞳は確かによく知っている。
本当に……この人があの黒い狼さんなんだ……。
その人は起きたてでぼんやりしているのかしばらくじっと見つめ合うような形で止まっていたが、不意に素早い動きで距離を詰めてきた。
「メルディーナ!大丈夫ですか!?」
「わっ!」
あまりの勢いに思わず仰け反る。
「リアム、メルディーナが戸惑っているだろう。それに死にかけたのはお前の方だよ」
「メルディーナは……無事?」
「ああ、彼女は無傷だ。お前が守った」
確かめるようにまじまじと私の頭からつま先までを視線で何往復かした後、そっと私から一歩離れた。
「良かった……」
強い圧から解放されて、私も我に返る。
「あの、ありがとうございました!私のせいで……申し訳ありません」
「とんでもない!あなたのせいなどと!……それにしても、この体……確か強い魔力を受けたはずなのに。まさか、メルディーナが……?」
傷ひとつない自分の体をくまなく確かめ、もう1度私を見つめる。
私が答える前に、不貞腐れたようにロキが口を挟んだ。
「そうだよ!メルが治癒を使った」
「!!良かった!治癒を取り戻したんですね!」
喜ぶように声をあげた獣人さんの目の前にロキが詰め寄る。
「そうだ!メルは治癒を取り戻した。ずっと仲良くしていた黒い狼の命を助けるために。そしたら狼は消えてお前になった」
「あ……!」
獣人さんはそこで初めて事態に気付いたようだった。
「説明してくれる?リオ様は何もかも分かっているみたいだけど、俺もメルも何も知らない」
ロキの強い口調に妖精たちが私の陰にさっと隠れる。
獣人さんは目を泳がせ、耳をぺたりと垂らした。
責めたいわけではない。私はこの人に助けられたのだもの。
それでもやっぱり、何がどうなっているのかは聞かせてほしい。
この人が黒い狼さんだったなら。この人は……私をとらえて処刑しようとしていたわけじゃなかったの?
「決して騙すつもりでは……ありませんでした」
やがて、ぽつりとつぶやいた。




