フラグ
守りの森は平和で、時間がゆっくり流れているようで……もういっそ、このままゲームの時間軸が終わるまで。ううん、終わった後もここで静かに暮らしていけたら……。
ここでリオ様や、これから生まれるリオ様の赤ちゃん、森にすむ動物たちと毎日のんびり楽しく暮らして、黒い狼さんとくつろいで、時々薬を作って森の外に売りに行く。時間が経つのを待てばそのうち私という人間が村にきたっていう事実も、ルコロや隣村の人達の記憶の中からはきっと薄れるでしょう?
今更、こんなに居心地のいい場所を離れるなんて考え難いしね。
いつの間にか、本気で想像するようになっていた。
そして私は学ぶことになる。そういうことを考えちゃうからフラグが立っちゃうんだってこと。
**********
「メル!聖獣様の様子がおかしい!」
ロキの慌てた声にすぐにリオ様の元へ飛んでいった。
「リオ様!?」
そこには目を瞑り、じっと何かに耐えるように身を固めたリオ様の姿。
それでも、私の声に反応して言葉を返してくれる。
「大丈夫だ……メルディーナ、もうすぐ我が子が生まれるよ。見届けてくれるかい?」
急いで側によりそい、リオ様の大きな手元に跪く。
「誕生のために、いつもの何倍もの魔力を注いでいるのですね?」
リオ様は頷く代わりに瞼を閉じた。
タマゴだろうが関係ない。この世に生まれるってことはものすごくエネルギーを使うのだ。
新たな聖獣様の、愛する我が子の誕生のために、聖なる魔力の塊のような存在のリオ様が、命を削る勢いで魔力を注いでいる。
「メルがいてよかった。メルの側は本当に空気が違うんだ。きっとリオ様もずっとラクだと思うよ」
黙り込んだリオ様を心配そうに見つめながら、ロキが静かに言った。
そうだといいと思う。私に出来ることは何もないから。
しばらくすると、段々とリオ様の体の下、タマゴが包み込まれているあたりから隙間を縫う様に淡い光が外へ向けて筋を作り出した。
私のようにすぐ近くに侍ることはないけれど、森に暮らす動物たちも、少し離れてじっと見守っている。妖精たちは時間が経つほどに心配な気持ちを誤魔化すかのようにぽつりぽつりと花を咲かせた。もはやこの辺りはお花畑状態だ。
そうしているうちに、リオ様のお辛そうな様子が少しだけ和らいだ。
もうすぐ、新しい聖獣様が誕生する――。
その時だった。
突然、何かがはじけるような音が響いた!
異変に、動物たちは硬直し、妖精は一斉にリオ様を守る様にその傍らに集まった。
「ロキ!何なの?」
「分からない!」
嫌な予感にリオ様の側を離れ、泉の向こう側へまわる。
バチン!!!
「えっ?」
瞬きした次の瞬間には、もう魔力の塊が私に向かって真っすぐ伸びていた。
「メル!!!メルディーナ!!!!」
ロキの叫び声を聞きながら、体が竦み、ぎゅっと目を閉じる。
嘘でしょう?ここにきて私は状況も何も分からない攻撃を受けて死ぬの?私がここで死んだらロキは……ロキだけは、リオ様に助けてもらえないだろうか?
……いや、リオ様も今ほとんどの力をタマゴを孵すために使っている。妖精たちは?妖精の力で、上位の存在である精霊を助けることはできる?
まるで走馬灯を見る代わりのように、一瞬でロキが助かる道を探していた。
だけど、咄嗟に想像した強い衝撃は、いつまでたっても感じなかった。
全身が緊張しきったまま恐る恐る目を開ける。
「!!そんな……っ!」
私の前には、私の代わりにその身に魔法を受けたのか、全身傷つき息をするのもやっとという状態の狼さんがぐったりと横たわっていた。
慌てて側に駆け寄り、手を伸ばそうとする。禍々しい魔力がその体に纏わりついている。
ヒューヒューと掠れる息をしながら、狼さんがうっすらと目を開ける。
力を感じない瞳と目が合った。
なんで……どうしてこんなことに……。
今日、朝から狼さんの姿は1度も見えなかった。いつの間にここに?私の代わりにあなたがこんなにも傷つくなんて!
混乱しきって、どんどん音が聞こえなくなる。そばでロキが何かを言っているようで、焦ったように口を動かしているのは分かる。
まるで世界から音がなくなってしまったかのように、頭の奥がしびれて他には何も聞こえないのに。
どこからか、遠くで話しているような声がうっすらと耳に届いた。
「――もう!どうして守りの森がないのよ!この辺にあるはずなのにー!」
「しかし、何も見えませんが――」
「だからそれがおかしいのよ!守りの森に来れば――がいるはずなのに――」
「――おやめください!先ほどのように闇雲に魔法を放っては御身も危険にさらされる可能性があります!――リリー様!」
全身の血が、煮えたぎるような思いだった。




