イーデンはそれでも妹を守りたい
春の温かい昼下がりのことだった。後で聞いた。不思議なほどに美しくたくさんの花が咲き、国の記録に残る程、実りの多い年だったらしい。
「イーデン、あなたの妹のメルディーナよ」
「メルディーナ?」
覗き込んだ母の腕の中の小さな赤ん坊。
「たくさん愛してあげてね、お兄ちゃん」
母の言葉に、4歳だった素直な自分は「この子を一生守ってあげよう」と、騎士気取りで誇らしく思ったことを覚えている。
メルディーナは本当に可愛い妹だった。
母にそっくりなハニーブロンドの髪に、紫色の瞳。存在自体が愛らしいのに、見た目も天使のようだった。
(メルディーナは、僕のお姫様!)
彼女が生まれてくる前は母がとられてしまうのではないかと心がささくれ立ったこともあった。けれど、出会った後にこの妹を疎ましく思うことは1度としてなかった。
色んな事が変わってしまったけれど、それだけは今に至るまで変わらない。
「にいに!メウ、にいにとあしょぶー!」
「いいよ!メル!にいにと遊ぼう!何しよっか?」
小さくて自分のことを「メル」ともちゃんと言えない可愛くて愛しい妹。メルディーナはいつも兄である私の後をついて回り。何をするにも一緒にやりたがった。
「イーデン、あなたはいいお兄ちゃんね。妹を大事にしてくれてありがとう」
「母上!僕こそ、可愛い妹を産んでくれてありがとう!」
「まあ」
いつも優しく微笑み、自分と妹を見つめる母。
「おいで、イーデン」
「父上?」
「いいかい、兄はいつでも妹を助けるものだ。何かあれば、お前がメルディーナを守るんだよ」
「はい!もちろんです!」
父が私にそんな風に言ったのはいつだっただろうか。母との思い出は暖かく鮮明なのに、優しかった頃の父との時間はまるで自分が作り出した夢の話のように霞がかかっている。
そんな幸せな毎日の中。1番最初に変わってしまったのは、エリックが産まれて守るべき存在が増えたことでも、母が亡くなり、いなくなってしまったことでも、父が悲しみに溺れ変わってしまったことでもない。
最初に変わったのは、私の心だった。
メルディーナが初めて治癒能力を使ったのは、エリックが産まれて少し経った頃。
小さなメルディーナよりもっと小さなエリックがやっと歩けるようになった頃、転び、膝を擦りむいた時だった。あれはメルディーナが2歳の頃だったろうか。
「わあ、エリック。痛いねえ。ねえねが治してあげる!」
小さな手をかざしながら、怪我に驚き泣きじゃくるエリックに、にこにこと覚えたばかりの歌を歌ってあげながら。
優しく温かい光がエリックの膝を包み込んだと思ったら、もうケガなど跡形もなく綺麗に消え去っていた。
母は驚き戸惑い、父は喜びメルディーナに期待した。
何も分からないエリックは、それでも自分の痛みを消し去った姉により一層懐き、いつでも後をついて回るようになった。
私は――。
「イーデン、焦らなくていいのよ。あなたはまだ6歳。10歳になるまで魔法に目覚めない子供もたくさんいる。それに、もしも魔法が使えなかったとしてもあなたが優しくて愛情深い私たちの大事なイーデンであることは変わらないわ」
私は魔法の使えない子供だった。母は慰めてくれたが、内心の焦りを隠すことはできなかった。やがてメルディーナは、私達の幼馴染の1人でもあったクラウス殿下と婚約し、輝かしい道が約束された少女になった。
エリックも4歳でなんと4属性の魔法に覚醒し、我が家に天才がもう1人いたと一層父は喜んだ。きっと、当時の父に他意はなかったと思う。
魔法が使えない私の心は、徐々にささくれ立っていく。
(メルディーナは治癒能力を使える。エリックは4属性。僕だけが、無能)
あんなに愛おしく、いつだって一緒にいたメルディーナの前で、上手く笑えなくなった。
『お前の治癒が今使えれば……肝心な時に役立たずめ……!』
誰もが悲しみに暮れる中、父がメルディーナに言い放った呪いの言葉。
信じられるか?あれほど愛しいと、自分が守るのだと心に決めた大事な妹。
あの瞬間、私の心には、ほんの少し喜びが灯ったのだ。父の言葉で、彼女が無能の烙印を押された瞬間、「これで無能は私だけじゃない」と。そして同時に絶望した。
愛する妹。こんなにいにでごめん。
より一層、メルディーナの前でどうすればいいか分からなくなり、私は彼女から逃げたのだ。
それは、あの子が父や婚約者に蔑ろにされようと、弟や心ない周りの人間に馬鹿にされようと、変わらなかった。
ただ、心の中で謝り、無関心を装い距離を置く日々。
(どうせ、無能な私にはメルディーナを救い上げる力などない。それなら……私など側にいない方がマシだろう)
ただのいいわけだと分かっていた。けれど、一度違えた道を正しい道に戻すのは難しかった。
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(メルディーナの治癒の光、私は今でも覚えている。泣きたくなるほど、温かい光だった)
治癒能力がなくなっても、誰に馬鹿にされ、蔑ろにされようと、メルディーナはあの時のようにいつでも温かく光る、太陽のような女の子だった。
愛する私の妹。
頭を垂れたまま、過去に思いを馳せる。どうか彼女が生き延びられるように。どうか私の首で許してもらえるように。
しかし、頭上からかけられた言葉は予想外の物だった。
「……何か誤解があるようですね。しかし、やはり優しい彼女の兄は優しく温かい人物でした。私の目は正しかった。――顔を上げてください。あなたのことも、もちろん妹君のことも、害する気持ちなど全くありません」
「……え?」
思わず顔を上げた私に向かって、リアム殿下は優しく微笑み、頷いた。
「自分の首をためらいもなく差し出そうとするなんて。さすが、傍から見ても分かる程、強い守りの魔法を持つ者ですね。あなたの魔力には愛が溢れている」
「…………?」
守りの、魔法?
「……まさか、ご自分で気づいていないのですか?あなたは眩しいほど温かい、稀有な防御魔法を持っている。それほど守りの力が強ければ、恐らく属性魔法や攻撃魔法などは一切使えないのではないですか?」
防御魔法など聞いたこともない。我が国で魔法と言えば4大属性を代表とした攻撃魔法だ。メルディーナの治癒の力は特別だった。
――私も、魔法を持っている?
呆然とした私に我に返るより早く、打って変わって焦ったような声をあげるリアム殿下。
「それで、誤解は解けたでしょうか?今、メルディーナ嬢はどこに?まだ体も万全ではないでしょう。すぐに戻られますか?」
リアム殿下がメルディーナを心配しているその向こうで、扉の陰に隠れるようにして、血の気の引いた顔のジェシカ王女殿下が立ちすくんでいた。




