23-1-3 さよなら、北極星の花唄(うた) 本文感想
皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申す者でございます! こんなゆー!
このお話は……! ちょっと「Symbol Ⅰ:△」辺りをBGMに、張り切って拝読いたしますね!
まず、まずですね。
なぜ筆者はガールズバンドだと思っていたんだ……!?(厚司くんの存在を見て確認したらどこにも書いてなかったですね、怖い怖い、自分の思い込みが怖い!!)
これ、怖いなぁ……! エミちゃんはなんで死んだか覚えてないっていうけど、未練が相当残っているっていう話じゃないですか。歌声を披露する場面があるので『アタシはね、双子の妹のサキだよ!』みたいな展開ではなく本当にエミちゃんが甦ったのではないかと思うのですが(歌声に対する信用が強すぎる読者)、いやぁ……これ、本当に自殺だったんですかね? よしんば自殺だったとして、本当に覚えてないんですかね?
周りも心当たりがなくて(涼風ちゃんの質問曰く)、エミちゃん本人にも生きるモチベーションになりうる強い憧れがあって……。
タイあら感想の方で、「ポラリスのメンバーはエミちゃんという北極星がいないと一歩も踏み出せないような闇に囚われて生きてきた人間たちなのではないか」みたいなことを書かせていただいたのですが、ひょっとしたらみんなを……あぁ。そういうことか。夜空を燃やして迷える人間たちの道標となる北極星は、しかし何にも照らされることなく人間たちとは違う時間のなかで孤独に輝いていて、その手は(互いの想いはあれど、あまりに遠い距離のために)真に触れ合うことはない……本当に暗闇のなかにいたのはエミちゃんだったのかも知れませんね。
星と人間が本当の意味で触れ合うために、この束の間の再生という奇跡が必要だったということなのでしょうか……?
エミちゃんの心の闇、そしてメンバーたちの抱える激情(ヤヨイちゃんとかは本当にエミちゃんを星として見ていますものね)、それらが徐々に紐解かれていくのか……。もしかしたら、サスペンスを見るような気持ちで拝読した方がいいお話しなのかも知れませんね。
前書きに引き続き、遊月です。バンドアニメ、最近増えましたよね。筆者、一応『アルゴナビズ』とかも観てましたよ、アニメ版ね。
ということで早速本題なのですが、エミちゃんが自殺したっていうのは、本当なんでしょうかね……。ヤヨイちゃんがあまりにもエミちゃんを「星」と見なしすぎていて、そこも怖くなってくるんですよね。たとえば筆者なんかも今月は年甲斐もなくSNS上でさんざん弱音を吐いたりしたものでしたが、人ってやはり弱いところや足りないところ、不完全なところがあるものなんですよね。そうですね、『サモトラケのニケ』や、『憎しみや嫉妬をお互い向けあっているもののその手を離すことまではできない、中途半端な感情のなかでウロウロしている百合カップル』のような、そういう不完全さへの思慕は我々人間に許された愛の形だと思います。
少し話が逸れましたが、はたしてヤヨイちゃんをはじめとするバンドメンバーたちは、そんな生前のエミちゃんも恐らく抱えていたであろう『弱さ』を受容できたかというのが凄く気になるんですよね、特にヤヨイちゃんね。ヤヨイちゃんのエミちゃんに対する感情の向け方、恐らく人間が人間と向き合うそれではなくて人間が星を仰ぐそれなので、何かの事情で弱さを吐露したエミちゃんのことを拒絶している可能性ないですかね。拒絶だけならまだしも…………ね。
エミちゃんが最初にヤヨイちゃんのところに現れた理由とかも気になってくるし、ひょっとしたらエミちゃんの死にはヤヨイちゃんが少なからず関わっているのではないかとも読み取れてしまうんですよね。いや、もちろん他のメンバーの可能性もありますけどね。それか、全員からどこか遠いように感じてしまって光を見失ってしまったとか、……うーん。
もちろんライブを成功させて、期限が切れたエミちゃんが完全に消えるところが山場になるとは思うのですが、そこからこのお話……このお話の作者様が隠していた牙で我々読者の心を噛み千切りにかかってくると思うんですよね。
エミちゃんの語る真実、気になってしまいますよねというコメントを添えて、『さよなら、北極星の花唄』の本文感想とさせていただきます。




