22-1-2 伝説の偽聖女様 タイあら感想
皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申すものでございます! 聖女というモチーフ自体にロマンがありますが、だんだんとアンチテーゼが主流になりつつありますよね。
一般的(?)に「栄誉」とされる地位を欲しておらず迷惑に感じてしまうヒロインって、もうジャンルとして確立されてきている感じがありますよね。まぁ、やはりやりたいことがあるときに別の重責を負わされるとちょっとどころではなく迷惑ですものね。
さて、ナターシャの目的である『姉さんのような優しい人たちが命を落とすことのない世界』ですが、つまりナターシャの姉さんは命を落としてしまったんですね。どういう経緯だったのでしょうね……そして魔法薬の研究をしたり聖女云々のいざこざに巻き込まれたりしているうちに『姉さん』の真実を知ってしまったりするのかも知れませんね……!!
前書きに引き続き、遊月です。聖女といえば『憂悶聖女』という童話(?)を思い出しますよね。それをモチーフにした(と思われる)楽曲があったりして、なんだか懐かしい心地になりました。
ちなみに聖女というのは、あくまでその国や信仰において重要視されるだけのものであり、見方を変えたら魔女になったりただの女になってしまったりするのだろうなというところにも味わい深さがあるように思います。たとえば国家の都合のいいように改造して機動兵器の炉心として稼働させられる機構にされたとしても、その唯一の適合者ということで「聖女」と呼ばれていたっていいわけじゃないですか。いいですよ、そういうのね。
聖女というと筆者が真っ先に思い付くのは井戸に墜ちて死んだ、月のような少年への想いを生涯貫き通した末に磔になって死んだ「聖女」の歌でしょうかね……。
彼女の生涯を聴き遂げた屍揮者の、
「果たして彼は、君の死と引き換えてまで、本当にそれを望むのかな?」
という台詞を聴いたとき、きっとそれまでの楽曲(その曲自体はグリム童話と七つの大罪をモチーフにしたアルバムCDに収録されていますが、ストーリーはその前に出たシングルCDから続いています)を聴いていた人々は総ツッコミしたのではないでしょうかね、「お前だお前!」と?(その屍揮者は諸事情によって死語に記憶を失っています)
そこからの展開は、まぁついつい涙腺が決壊して、冬の子らを覆い尽くす根雪を溶かして海に変えてしまうくらいの有り様になってしまったことはいうまでもないのですが、いやぁ……すんごい御方ですよ……。ストーリー楽曲の世界観を作り、作詞作曲編曲全てを手掛けられているあの王様ね。いや、本当に……特に作風にまで影響を受けていた大学時代などは本当に、目指そうだなんて畏れ多いことを考えていたものでした。
ということで、きっと後世で伝説として語り継がれるであろうサウンドクリエイターさんのお話を添えて、『伝説の偽聖女様』のタイあら感想とさせていただきます。




