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ハタチのアオシくん

 レストランを後にした私と青司くんは、その近くの横浜ベイクォーターに行くことにした。横浜駅から川を挟んで建つこのショッピングビルは、オシャレな店舗が並び、海が近いこともあって開放感がある。


 紅茶専門店や輸入食品店、アパレルショップなどを巡り、思いの外話が弾んだ。青司くんは話し上手で聞き上手だし、アプリのアオシくんに似た容姿に胸は高鳴るものの、段々と自然に振る舞えてきた。アラサーがいつまでも年下イケメンに心を乱している場合じゃない。目の保養と割り切ろう。うん。


 雑貨屋で二人して食器などを見ていたとき、私のスマホが震えた。桃歌ちゃんからの着信だった。


「桃歌ちゃんから電話がきたわ。ちょっとお店を出るね」

「じゃあ僕は買うものがあるから、レジに行ってくるよ」


 青司くんと別れ、店の外の人通りが少ない場所に移動して、スマホを耳に当てる。


「もしもし、桃歌ちゃん? お友達は大丈夫?」

「うん、合流してダイヤモンド地下街のカフェに入ったら落ち着いたみたい。ミーナ、あ、友達のあだ名ね、ご両親が車で迎えに来てくれることになったから、もう少し一緒にいようと思って」

「それなら良かったわ」


 ご両親が来てくれるなら一安心だ。桃歌ちゃんが明るい声で続ける。


「それでね、前からミーナに貸してたものがあって、ついでにそれを返してもらうことになったから、私も一緒にミーナの実家に行くね。お兄ちゃんに帰り遅くなるって伝えて」

「じゃあ私と青司くんもそろそろ帰ろう……」

「桃、僕と紫乃さんはこのままデートしてるね。そうだ、後で僕がミーナちゃんの家まで車で迎えに行ってあげるよ。湘南台の方だよね? ……うん、わかった。うん、ありがとう、頑張る」


 突然後ろから青司くんが現れ、桃歌ちゃんと話していたスマホを私の右手ごと掴み、自分の耳に当てた。背中に青司くんの存在を感じる。距離が近過ぎない?! それに、手を握られてる?!

 あわあわ動揺する私をよそに、青司くんは通話を切った。


「ちょ、ちょっと、青司くん?!」

「強引にごめんね、紫乃さん。だってもう帰るとか、悲しいこと言うから。僕はもっと紫乃さんと話したいのに」

「わ、わかったから! そうよね、アプリのアオシくんの話も聞いてないしね!」

「じゃあ、ベイクォーターのシーバス乗り場から赤レンガ倉庫まで行ってみない?」

「う、うん」

「そういえば昔、紫乃さんが引っ越してきたばかりのとき、うちの家族と一緒にシーバス乗ったよね。懐かしいなぁ」


 憂いを含んだ色気溢れる表情から一転、青司くんが明るく提案してきた。ようやく彼から手も離され、慌ててスマホをしまう。何なのこの余裕、どっちが年上かわからないじゃない!


 何だかどっと疲れてしまい、シーバス乗り場に向かう青司くんの後をノロノロ付いていく。アラサーは若者のパワーに付いていけないよ……。


「うん……もちろん覚えてるわ。私、海がない県の出身だから、船の中で大興奮してたよね。今思うと恥ずかしすぎるけど」

「そう? 逆に僕は紫乃さんの反応が新鮮で楽しかったし、かわいいなって思ってたよ」

「うう、当時小学生の青司くんにそう思われていたのか……」


 シーバスとはその名の通り水上バスで、横浜港を横断して、赤レンガやみなとみらいや山下公園と横浜の名所へ連れていってくれる。海側からコスモワールドの観覧車やランドマークタワーなどを眺めることができるので、観光客に人気だ。


 乗り場で出港時間を確認すると、13時35分発に乗れそうだった。窓口で600円のチケットを購入し、同じく乗船する人の列に並ぶ。


「青司くんは桃歌ちゃんの友達のミーナちゃんに会ったことあるの?」

「うん、本名は柳田未菜やなぎだみなちゃんって言って、何度かうちにも来たことがあるよ。入学早々同じクラスで仲良くなって、お互いさっぱりした性格だから気が合うみたい」

「そう。桃歌ちゃんに仲の良い友達ができて、高校生活を楽しんでるみたいで安心した」


 桃歌ちゃんは昔から喜怒哀楽がはっきりしていて、自分の意見をしっかり持っているので、中学生の頃は同調したがる他の女の子たちから浮いてしまったことがあったらしい。当時彼女が不登校気味になったときに、ぽつりぽつりと話してくれた。


 私は高校生のときだったが、ある出来事が原因で同じような立場になったことがあり、気持ちが痛いほどよくわかった。私の昔の話を聞いた桃歌ちゃんは何か思うところがあったようで、その後毎日中学校へ行くようになり、少しずつ周りとも理解し合い、最終的には生徒会長まで務めあげた。今は第一希望だった、青司くんの母校でもある進学校で、充実したスクールライフを送っている。


「あのさ、桃のことを心配してくれるのは、兄としてとても嬉しいんだけど」

「うん?」

「紫乃さん、僕ね、今日が誕生日で、20歳になったんだ」


 そうだった。再会してから何時間も経つのに、勝手に一人で動揺して、お祝いの言葉も伝えていないなんて。青司くんの折角の20歳の誕生日に、こんな悲しそうな顔をさせてしまうなんて。

 私は心底申し訳ない気持ちになった。


「お誕生日おめでとう、青司くん。ごめんなさい、忘れていたわけじゃないのよ。今日桃歌ちゃんと青司くんの誕生日プレゼントを選んで、桃歌ちゃんに預けるつもりだったの。でも、久しぶりに会って、色々バタバタしてしまって……」

「そっか、覚えていてくれたなら良かった」

「だから、まだプレゼント用意していないの。青司くん、何か欲しいものとか行きたいところとかある?」

「……うん、欲しいもの、あるよ」


 青司くんは私の顔をじっと見つめた。

 何だろう、察してってことかな? うーん、今時の大学生の欲しいものかぁ、全然わからない。私が20歳の頃、何が欲しかったかなぁ。でも男女で違うか……というか、20歳ってもう8年前なのか……。

 内心気落ちしながらもやっぱりわからなくて、私は素直に聞いた。


「なあに? せっかくの成人のお祝いだから、何でも言ってね」

「ありがとう。あ、でも行きたいところもある。コスモワールドの観覧車、紫乃さんと乗りたいな」

「いいわよ。青司くんは観覧車好きなの? 私は数年前に職場の人と乗った以来だなぁ」

「……それって男の人?」

「ううん、同期の女の子よ。仕事の後、飲み会した勢いで乗ったの。夜景を見ながら、仕事場があるクイーンズスクエアとか見つけて、きゃあきゃあ騒いじゃったっけ」


 コスモワールドは都市型遊園地として、ジェットコースターやお化け屋敷などアトラクションが楽しめる。中でも、大観覧車「コスモクロック21」は横浜のシンボルとして有名だし、夜はイルミネーションに彩られとてもきれいだ。半円の形が特徴的なインターコンチネンタルホテルや横浜マリンタワーを一望でき、約15分の空中散歩を満喫できる。


 何だかんだ話していると、シーバスが到着した。水面すれすれの視界を思い切り楽しんだ船旅は、約20分間に及ぶ。その間やはり興奮してしまった私を青司くんは生暖かい目で見守ってくれた。ごめんね、これは海なし県人の性なのよ……!


「あはは、やっばり紫乃さんはかわいいなぁ。何度でもシーバスに乗りたくなっちゃうよ」

「……馬鹿にしてるでしょう」

「違う違う、本心だって。紫乃さんは、優しくて、きれいで、かわいくて、僕は本当に……」

「あーあー! 聞こえませーん!」


 赤レンガ倉庫の降り場で、青司くんがクスクス笑った。私は半目で睨むも、懲りる様子がない彼の言葉を耳に手で蓋をして無理やり遮った。さすがに子供っぽかったかしら。


「もう、紫乃さんってば……まあいいや、じゃあコスモワールドの方へ向かおう。あ、途中のワールドポーターズでお茶しない? 歩き続けてるし、疲れたでしょ?」

「そうね。あっ、ワールドポーターズなら、私食べたいのがあるの! テレビのニュースで見た、たい焼きパフェ!」

「たい焼きパフェ?」

「そう、見ればわかるよ! 早く行こう!」


 浮き足立つ私は、不思議そうな顔を浮かべる青司くんを急かした。色気より食い気のアラサーは強し、である。

 その後ショッピングセンターのワールドポーターズの一階で、温かいたい焼きの口に冷たいソフトクリームが盛り付けられた、世にも珍しいたい焼きパフェを無事に食べることができた。


 大満足のまま、すぐ近くのコスモワールドへ移動して、早速観覧車に乗り込む。係員の笑顔に見送られながら、ゴンドラのドアを閉められた。時間はまだ15時半で明るいし、今日はいい天気だから遠くの景色まで見れそう。


「何だかわくわくするね」

「本当ね。ねえ、そういえば青司くんって車持っているって言ってたわよね。どこの車種?」


 ふと、桃歌ちゃんをミーナちゃんの実家に迎えに行く話を思い出した。青司くんは外の景色を見ていたが、私に向き直ってくれる。


「ミニクーパーだよ。アルバイト代を貯めて、先月納車だったんだ。車体のカラーは白と濃い青。右ハンドルだけど、ウインカーとワイパーの位置が逆でさ、慣れるのに大変だったよ。今度ドライブ行こうね」

「う、うん……」


 私の憧れのイギリスの名門ブランドの車が買えるって、どんなアルバイトでどれだけ稼いでいるの?!

 驚きすぎて言葉を失う私に、青司くんが蕩けるような甘い笑顔を浮かべた。どうして、そんな顔をするの……?


「そうそう、アプリのことなんだけどね。僕は中学生の頃からプログラミングの勉強をしてて、今までにも有名なアプリの開発会社と共同で何本もアプリを作ってるんだよ。今回のスケジュール管理アプリは、実際に汎用で使うときには年代や性別も選べるようになって、僕は開発以外でも20代男性のモデルになったから、今回はモデル料も支給されてるんだ」

「それってアルバイトの域を越えてるんじゃ……」


 青司くんが中学高校と忙しくしていたわけが、ようやくわかった。しかし、こんな多忙で遊んだり恋したり青春したり、できているかな。私の心配をよそに、青司くんの話は続く。


「年間の所得も非課税の枠を越えてるから、ちゃんと税金も払っているよ。安心してね。車も学費も生活費も、全部自分で稼いだお金から出しているし、おばあちゃんからアパートやマンション管理もこれから引き継ぐから、収入はもっと増える予定」

「本当に偉いわ。青司くんは親孝行ね」

「紫乃さん、僕はまだ大学生だけど、20歳になって成人したし、自活してるんだよ」

「うん、すごいよね……?」


 話がどこに行こうとしているのか、全然わからない。ただ、青司くんが懸命に何かを訴えているのはわかる。真剣な彼から目が離せない私は、観覧車から臨む景色を全く見ることができなかった。でもきっと、あと少しで。


「さっき、紫乃さんが20歳の誕生日プレゼントに何が欲しいかって、聞いたよね」


 青司くんが、私の右手を自分の両手でそっと包んだ。微かに震えている。


「紫乃さんと出会った頃から、ずっと決めてたんだ。20歳になった時点で、自分の力で稼いで大人になっていたら、僕は、紫乃さんに、プロポーズするって」


 言葉が出ない。息が詰まりそう。そんな前から、私のことを?


 視界が開けた。薄い青一面の空。他のゴンドラは見えない。頂上に辿り着いたんだ。

 しかし私は一番眺めの良い景色を見ることはなかった。何故なら、ゴンドラの中で、膝まずいて私を見上げる青司くんに、目が奪われていたから。


「片山紫乃さん。僕と、結婚してください。僕の欲しいものは、紫乃さんの全てなんだ」

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