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パッチワークソウル 第一部  作者: 津蔵坂あけび
Chapter 4. そして俺は母を知る。
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毒と毒姫⑫

 突き飛ばされた俺。

 スカーレットと明日華は、鏡に合わせたように瓜二つだ。だが、顔を歪めて嫉妬を露にするスカーレットの形相は、少女の面影を全くと言っていいほど感じさせない。


「おとなしくしていようが刃向かおうが、ここにいる限りはあたしの餌だ。お前の兄も守ることなどできない。

 なぜなら、ここから出ることはできないからだ」


 ゆらゆらと笑うスカーレット。その吊り上がった口角を風香は睨みつけた。しかし、すぐに膝の力が抜けて崩れ落ちてしまう。風香の四肢は痩せ細り、とても自重を支えられたものではなかった。


「風香っ!」


 慌てて俺は風香の上体を抱きかかえる。

 ここに来てから、身体の感覚が薄いが、風香の身体の重みはしっかりと感じられた。やけに軽い。


「――――ごめん、格好つかないや。勝手にこんなことになってるのに助けに来てくれて、ありがとうっ。あたしね、お兄ちゃんを守りたかったの。

 それは、お兄ちゃんが背負って生きていくには辛すぎる記憶だから」


 声も弱弱しい。

 俺が不甲斐ないばかりに、美月だけでなく風香にまで。 


「ありがとう。でも、もういいよ。俺も背負う覚悟ができた」


 精一杯の強がりを投げかけると、風香はそれを噛みしめてがくがくと震える折れそうな脚で立ち上がった。


「おい、無理をするな――――」

「無理なんてしてない。あたしは、無敵なんだもん」


 よろめく肩を支える。ふと風香は目を見開いた。瞳が遠のいて、口がぽかんと開いてしまっている。俺は視線の先を追った。間もなく俺も驚愕した。

 いない。明日華が姿を消していたのだ。

 スカーレットだけが真っ白なもやに包まれた世界の中に、不気味な笑みを浮かべて佇んでいる。


「おまえ、明日華をどこへやった!?」


 雷雷が怒りを込めてスカーレットを問い詰める。


「言ったはずだ。明日華はあたしの一部。それが、あたしとひとつになっただけだ。人格が統合されたにすぎない。そう思えば、むしろ喜ばしいだろう」

「――――じゃあ、今のお前の中に明日華はいるんだな」


 雷雷の問いかけに、ああとスカーレットは頷く。


「じゃあ、お前ん中の明日華に、言いたいことがある」


 だんっと地面を踏み鳴らす雷雷。肩に力を入れてすうと息を吸いこんで胸を膨らませる。その気迫が俺のところまで伝わってくるようだった。


「今お前は、自分の生きたいように生きているのかっ!

 お前は言った! 好きな人のために生きたいと、お前はあたし達を仲間と思っていたんじゃないのか! あたし達のために生きるって、生きてくれるって! そう言ったんじゃないのかよ!

 あたし達は、お前に言った! お前の運命をどうにかしていいような神なんて絶対にいないと、お前は、生きたいように生きていいんだと!

 お前は、そんな生き方がしたいのか!

 七百年前だか何だか知らないが、そんな過去に振り回されているのが、お前のしたかった生き方なのかよっ!」


 唾を吐き散らし、声圧で以ってスカーレットを圧倒しそうな勢いだ。

 だが、相手は聞く耳など持つわけがない。――――そう思って、スカーレットを見やる。


 苦しんでいた。

 血走る眼。荒い息に上下する肩。耳を押さえて、身体を頻りに曲げながら悶えていた。雷雷の言葉のひとつひとつが、鋭い矢となってスカーレットの身体を貫いているかのようだった。

 尚も雷雷は矢を射る手を止めようとはしない。 


「あたしは認めないっ! 誰かのために生きたいと言ったお前が、あたし達のために生きたいと言ったお前が、そんな過去に縛られているだけのちんけな野郎に負けるんじゃねぇええええええっ!」


「――――や、めろ……。うるさい、うっさい!」


 手を振り回し、纏わりついた何かを引きはがすような仕草をする。だがその短い腕は雷雷には届いていない。長い髪は振り乱れて顔にかかる。その姿はまさしく、過去に囚われた亡霊というに相応しいものになっていた。

 俺を魔法の圧で吹き飛ばした、絶大な力を持つスカーレットが、雷雷の言葉を前に身悶えするだけの不甲斐ない存在になっている。

 風香の肩を支えながら、ふたりして目の前の状況に圧倒されていると、背中をつんつんと小突くものが。

 振り返るや否や、三井名が耳打ちを仕掛けてきた。


「――――ちょっと、お兄ちゃんに何する気よっ」

「しっ、気づかれるとまずいの」


 三井名の隣には安奈もいる。

 ふたりして、俺たちにひそひそ話を始めた。――――なんと、この世界から出る秘策があるのだと。


「それ、本当なの? ここから出られるの?」

「あ、あたしの憶測が正しければ――――」


 その秘策が本当に効果を発揮するものなのかどうかは、当の本人の三井名でさえ断言できないのだという。


「え、えっと説明すると。スカーレットはおそらく、あたしと違って普通の女の子の趣向を持っていると思うの。その、だから、おそらくBLには免疫がないわ」

「――――」


 えっと、何の話をしてたんだっけ。

 たしか、今はユグドラシルとかいう植物によってつくられた結界の中に俺たちはいて。そこにずっといると生命の危機になると。風香は立ってはいるが、そのせいでほぼ瀕死まで追い込まれているわけで。で、そこから助かる方法を今、話しているんだよな。そうだよな。


「それを利用させてもらうの。スカーレットの前でBLシーンを実演すれば、きっと――――」


 いや、おかしい。

 話の流れがおかしい。次元が飛びすぎている。


「というわけで、木枯くんには、男同士のキスシーンをやってもらおうと思うの」

「いや、なんでそうなんのぉおおおっ!?」


「ちょっと、キスって何よ! お兄ちゃんの唇は、妹の所有物よ!」

「いや、所有された覚えないんですけどっ!」


 とにかくロジックが飛びすぎている。

 段階を踏んで説明してくれと頼んだ。


「えっと、まず、ここは魔導植物ユグドラシルの作り出した結界の中で、それはスカーレットとリンクしているの。だから、スカーレット自身に大きな精神的ショックを与えれば、一時的にあたしたちは解放されるわ。その一瞬、現実世界に引き戻されるからその隙に抜け出すの。

 ――――そして、その精神的ショックを与える方法が、目の前でBLシーンを見せることよ」

「いや、最後っ! その最後が分からん!」

「だって、相手は猫が目の前で八つ裂きにされたとか、そんな光景を見てきたのよ! それを超える精神的ショックなんて、あたしの知る限り、あたしの大好きなBL以外ないわっ!」

「あんた、それ自分で言ってて悲しくなんないのかっ」

「あたしは自分の趣向が異常なのを開き直ってるからいいのよっ」

「堂々と言う言葉かぁあああっ! だいたい、男同士って、男、俺しかいないし!」

「そこは、あたしが安奈に変身魔法をかけるから大丈夫よ」


 なぜだか顔を赤らめ、もじもじとしている安奈。


「そ、その……。勘違いしないでね。別に、あんたのことが好きなわけじゃないし! 第一、あんたはあたし達が呪縛から解放されるために必要な存在なだけで、それ以上の感情なんて持ってないんだからっ」

「なんでツンデレみたいになってんだよ!」


「お兄ちゃん! こんな頭の悪そうな女のどこがいいのよ! ――――いい? 赤毛のお馬鹿さん、お兄ちゃんのファーストキスは、もうとっくに5年前、お兄ちゃんが寝ているすきに、あたしがいただいているのよっ! 残念だったわねっ」

「お前は何の張り合いをしているんだぁあああっ!」


「とにかくっ! そんな言い争いをしている時間はないわ! あたしは植物を媒介とした魔法使いだから、ユグドラシルに魔力を吸われていても、それを一時的に取り返すことができる。でも、それはたった一瞬よ。

 安奈、そして、木枯君っ! 今すぐ臨戦態勢に入って、ふたりで向き合って口づけるのよ!」

「えっ! ちょ! ほ、本気でやるのかよ!」

「木枯君っ、ここが男の見せ所よ!」

「違うっ、絶対違うっ!」


 必死の抗議も空しく、俺は安奈と向かい合わせにされた。

 風香はその状況を前に今にも飛び掛かってきそうだが、三井名が何とか押さえている。それでもやはり風香は暴れ牛のような鼻息を立ててふがふがと唸っている。


「いい。口づける瞬間に、あたしが魔法をかけて安奈ちゃんをガチムチの男にするから。木枯君は目をつぶっていて! 大丈夫、安奈ちゃん、結構可愛い方だから。ちょっとバカだけど」

「いや、最後の一言いう必要があった?!」


 三井名に反論した後、安奈はこちらを上目遣いでちらり。そして手を後ろで組んで、ちらちらとしかこちらを見ず、一切目線を合わせてくれない。


「安奈ちゃんっ! 早くキス! キス! そんなところで、乙女発揮しなくていいから!」


 両の手でメガホンを作って囃し立てる三井名。

 もはや自分がキス――――ただし、男同士の――――を見たいだけではないのかと思ってしまう。


「うっさいわね! 女の子にとってのファーストキスをなんだと思ってるのよ!」

「いいから早くするのよ! そうしないと、ここから出ることも、あたしの目の保養にもならないっ!」


 やっぱり、自分が見たいだけじゃあねえかっ!


「わ、分かったわよ」


 安奈はため息をひとつ。


「いい? 女の子にとってのファーストキスはとっても大切なものなの。こんな状況じゃなきゃ、絶対にあんたになんかくれてやらないんだからっ!

 か、感謝しなさいっ!」


 安奈は踵を浮かせて、爪先で立ち、唇を尖らせて近づけてきた。

 改めて、その唇は艶やかで。見ると自然に喉仏が上下する。俺は、この初対面は自分の命を狙ってきた少女と、初めての――――、美月ではなく――――

 そんな思考が揺らぐ中、俺は目をつぶることを忘れてしまっていた。


 そう、俺の目に飛び込んできたのは、日に焼けた筋骨隆々とした身体お持つ、むさ苦しい中年が、堀の深い顔を俺の顔面に重ね合わせている図だった。おまけに俺とその中年の男の唇が触れあっているのだ……。


 俺を、得体の知れない嫌悪感が襲った。

 それは吐き気へと姿を変えて胃の底から食道へと湧き上がってきた。


 お、おぇうぇええええっ!


 そして嘔吐いた瞬間、俺の意識は彼方へと吹き飛ばされたのだった。

<おまけSS その101>

唯「あの……、そのいろいろと聞きたいことがあるんだけど」

風香「なあに、お兄ちゃん?」

唯「寝込みに俺の唇奪ったのは本当の話か?」

風香「うんっ! 舌も入れたよ!」

唯「んなの堂々と答えなくていいっ!」


<おまけSS その102>

唯「というか、いつの間にそんなことを――――」

風香「あたし、お兄ちゃんが寝るタイミングを把握していて、お兄ちゃんが寝ている間に一緒の布団に入って、お兄ちゃんが起きるまでに、起きて自室に戻るの」

唯「いや、俺、自室に行ってもすぐには寝ないし」

風香「大丈夫、盗聴器つけてるから!」

唯「犯罪だろうが! それっ!」

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