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パッチワークソウル 第一部  作者: 津蔵坂あけび
Chapter 4. そして俺は母を知る。
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毒と毒姫⑨

 まだ目が開く。また目が開く。

 それを不審に思いながらも美月は胸を撫で下ろす。そして、心臓がもとの位置に戻っていることに気づく。だが同時にあの光線の刃で開いた傷も、だらりと血を流し、じくじくと痛む。流血は致死量ではない。宿木の言うとおり焼灼止血にはなっているようだ。

 地下空間は、意識を失っている間に凄惨を極めていた。――いや美月にしてみれば、この場所が先ほどまでの“天井に偽物の夜空が描かれた地下空間”と同じと認識できていない。なぜならば美月が見渡す限り、すべて緑一色で覆われていたからだ。つるりとして光沢のあった若草色の細い蔓は臙脂色の太い幹となり、網籠のごとく美月の視界を包み込んでいた。


「……ここは」


 ひとまず自分の身体を絡めている植物を何とかしなければいけない。美月は懸命に身体を動かそうとしてみるが、抜け出せる気がしない。それは絡みついているというより、身体を取り込んで成長しているかのようだった。


「――無駄だよ」


 もがく美月に宿木は上方から声を降らせた。奥歯を噛みしめながら、美月は宿木を見上げる。彼の身を包む白衣には、締め付けられたような跡もない。彼はこの状況下において無傷であった。相も変わらずレンズの奥で、意図の読めない笑顔を浮かべている。


「このユグドラシルには食人花の遺伝子も入っている。捕らえた獲物は逃さない」


 それを聞いてもなお、美月は歯を食いしばる。


「――もっとも、君が生き永らえていること自体不思議でならないが」

「あたしもよく分からない。――八年前にこの身体は動かなくなっていたはず。だけど、いつからか目覚めて、あたしの中にもうひとりの女の人がいた」


 もうひとりの女の人。それは木枯鏡花のことを指している。

 美月の心臓に刻まれていた緑色に光る紋章は、鏡花が施した魔法によるもの。それは八年前に死んだはずの彼女の身体を今の今まで生かし続けてきたものだ。


「この命をつないでくれたのはあの人だけど。――あの人はあたしが自由に身体を動かすことを認めてくれなかった。でも、またいつからか分からないけれど時々、あたしでも身体を動かせるときがあったの」

「肉体を腐らせずに置いておいただけで、奇跡が起きてお前は自分の意思で生きれるようになったと……? ――ふざけるな」


 美月が見上げる視界の中、宿木は俯いて肩を震わせた。


「なぜお前だけにそんな都合のいい奇跡が起きるっ!? 私はそれを七百年もの間待ち続けてきたんだぞっ!」


 息遣いが荒い。目が血走っている。

 底のない嫉妬とそこから生まれた逆恨みの憎悪。


「同情はできるけど、あなたはそこから間違いをし続けているっ。自分に罰を与えてくれる? ――そんなことあなたの娘は望んでいるのっ?」

「望んでいるとも。この七百年間私は、娘に苦しみを与え続けた。――魔導石に閉じ込め、ユグドラシルを植え付け。処女の肉や精液に経血、そして生贄。ありとあらゆる魔力の素を供物として捧げてきた。それでも蘇らない娘に私は何度も苛立ちから罵詈雑言を浴びせたよ。――親娘ともども互いに拷問をし合っていたわけさ」


「……なんで、やめないの」

「なんのことだ?」


「スカーレットがそれを嫌がっているのに、どうしてやめないのかと聞いているのよっ! あなたはスカーレットの父親なんでしょ! どうして、あなたたちは自分が救われたいだけで、自分の求めるものを他人に押し付けるのよっ! ほんと七百年も生きて、それぐらいのことをなんで分からないのっ!」


 それを言い切るか言い切らないかのあたりで、宿木は美月の上半身を思い切り蹴たぐりつけた。下半身をユグドラシルによって固定されていた美月は、身体が真っ二つに分かれる痛みで、ごふっと血を吐いた。


「――私を諭すつもりか。敬語ぐらい使え」


 地を這うような声色は、どす黒い色が見えるようだった。


「いずれ屍になる身だっ! 放っておこうかと思っておいてやったのにっ! このっ――。このっ――」


 げしっ、げしっと鋭い革靴の先端を何度も美月の上半身に突き刺す。額からだらりと血が垂れ、口からは血に混じって黄色い酸っぱい匂いのする胃酸も流れ出る。 

 痛みと苦悶のあまり、息が続かない。意識が遠のいていく。

 それとともに身体を締め付けるユグドラシルの蔓も刻一刻と太さを増し、美月の身体をごりごりと締め付けながらいよいよ上半身へと侵食していく。意識そのものが食べられていくかのようだ。


 ――やがて、視界はゆっくりと外側からすぼまるように狭くなっていく。間もなく真っ黒に閉じられて生ぬるいまどろみの中へと。

 美月は堕ちて行った。


<main side>


 まさか瞼が開くとは思わなかった。最後にこの目に入ったのは、俺の影が刃で以って、俺の腹部を貫いた光景だからだ。辺りを見回すとなにやら洋館の中のような光景だ。自分の家も親父の書斎のあたりはこんな内装だが、なんというか匂いが違う。

 何より、どこか身体の感覚が奇妙だ。あの影は俺を串刺しにしたはずだ。なのに俺の身体には傷がない。着慣れた制服も、刃に貫かれて大穴が空いたはずだ。真っ赤な血染めになったはずだ。なのにそれがない。不自然なほど綺麗だ。


 足を一歩踏み出してみる。重力がおぼつかない。月に行ったらこんな感覚なのか。自分と外界の間に透明ななにかが挟まったようなこの感覚は、何度も経験がある。

 「唯じゃない」という言葉とともにナイフを抉りこませられるクマのぬいぐるみたち。「お父さん、ごめんなさい」とすすり泣きながら、父の屍を食べる少女。これは自分が誰かの意識の中に潜っていった先で感じることが多い。――そして、いつも俺に胸糞悪い光景を見せる。


 生唾をごくりと飲み込み、俺は丁寧にゆっくりと足を踏み出す。一歩、二歩。洋館の廊下を踏みしめる。廊下は薄暗く、数歩先は闇に溶けている。天井には電灯というのは見当たらず、蝋燭のか細い灯が天井の近くを照らしている。が、その光は足元までは届いていない。なんとも心もとない視界だ。否が応にでも、慎重な足取りにならざるを得ない。

 だが、ぼんやりとした灯りが前方からこちらへとやってくる。それは線香花火のように火花を散らしている。見た目は、それが飛び火しないかとひやひやさせられるものだ。


「随分と暗い洋館ねー。安奈ーちゃんとついて来てる?」

「なんで雷雷と三井名ちゃんは、そんなすたすた行けるのよっ!」

「だって、この洋館絶対地下に研究施設とかあるって! 人よりも大きいクモとかゾンビとかいるって!」

「なんで三井名ちゃんは、そんなものに興奮できるのよ……」


 聞き覚えのある声だなと思ううちに、俺はその三人組と鉢合わせた。


「あー、お前はっ!」


 赤毛のツインテールの少女が俺を指さした。こいつのことは鮮明に覚えている。なにせこの俺をいきなり襲撃してきたのだから。他の火花の散る高圧電線を灯りにしている、金髪碧眼にチャイナ服を着た少女も。ベレー帽をかぶった鼻息の荒い少女も。俺に襲撃を仕掛けた面々だ。


「ここで会ったが百年目っ! ――どうやら今回は、あの仏頂面の女もいないようだしね!」


 あの好戦的な笑みだ。

 赤毛の少女――渦中安奈――は、両の掌に魔力を込める。安奈の能力のイメージは海だ。俺を包む大気が徐々に屈折を強めて揺蕩う水のようになっていく。彼女の結界魔法だ。――だが、それは半ばで消し飛び、安奈が扱う魔具であるトライデントも形を成すことが叶わなかった。


「あ、あれっ……? 魔法が……」


 もう一度掌にぐっと力を込めるも、今度はついに何も起こらなくなった。


「――何者かによって魔法を制限されているみたい。安奈ちゃんの結界魔法は、魔力をすごく――じゃなくて、バカみたいに使うから消耗が速いのね」

「なんで今言いなおした!? なんでバカという言葉をわざと使ったっ!?」


「じゃあ今回は休戦だな。別の目的もあることだし」


 ぽんぽんと安奈の肩を叩いてなだめながら、その少女は俺の前に躍り出た。身長は高く美月と同じくらい。だが、目を見張るのは大きく突き出た胸の膨らみ――

 無意識に唾をごくりと飲み込むと、棒付きキャンディの柄を上下させながら、睨んできた。目つきが鋭く、思わずぎょっとする。


「おい、むっつり。お前、明日華を見なかったか」


 ついさっきに聞いた名前だ。そう、あの洋人形のような少女の名だ。ここに飛ばされてからはその姿を見ていない。俺は首を横に振った。


「――そうか」


 僅かに顔を俯けて瞳が濁ったのが目に入った。


「おい。ほかんとこ探すぞっ」

「待って!」


 どうしてか俺は、その少女の背中に声をかけてしまった。


「なんだよ、むっつり」

「――いや、その呼び方やめてもらえるかな……」

「むっつりじゃないとしたらなんだ? ドスケベか? それともホモか?」

「なんだよ、その究極の三択はっ!?」

「ちなみにBLリアルCPは、うちの三井名が大好物だ。ちょっと話してみるかー?」

「そんな趣味はねえよ!」


 もちろん“むっつり”という呼び名を訂正したくて声をかけたわけではない。


「その――、なんで明日華を探しているの」

「……なんでだろうな」


 しばらく間をおいてから、ほの暗い天井を見上げてそう言った。


「弱いくせに勝手について来て、勝手にこっちのこと守ったり。最後にはいなくなって、――いつだって心をズタズタにして去っていく。子供となんて関わらないって決めたのに。なんでだろうな」


「雷雷、明日華ちゃんは仲間だよ。――あたしは、明日華に助けられたんだものっ!」


 煮え切らないような言葉を漏らすその少女に、安奈は食ってかかった。明日華は仲間だと。その主張にベレー帽の少女――三井名という名らしい――も賛同する。


「そうよ。安奈ちゃんの言う通りよ! あたしだって、明日華を見ていると目の保養になるもんっ!」

「お前は本当に下らない理由だなっ!」


 声を荒げてつっこむ。――が、すぐにその少女はふっ切れたかのような穏やかな笑みを漏らした。


「仲間……か……」


「……俺にも手伝わせてください」

「なっ! なにを世迷言をっ」

「俺も助けてもらった! ――いや、そういう気がする」


 あそこで意識が途切れて、何の因果かここに飛ばされている俺には奇妙な感覚が残っていた。明日華が、俺の身を案じて叫んでいた声が微かに耳に残っている。そして、それから明日華は温かい光を俺の胸に当てた。その心地よい温度も、微かに胸に残っている。俺は結局そこで目を覚ますことはなかったが、明日華は俺の身を案じて助けようとしてくれた。


「ちぃっ、誰にでも優しくしやがって」


 棒付きキャンディ―をがりっと噛み潰して舌打ちをする。


「分かった。どうせ休戦だっ。むっつりも探してくれるんならそれで助かる」

「いや、あの木枯唯です。あ、あの――」

「雷雷だ。李雷雷、雷雷と呼んでくれ」


 雷雷は俺に向けていくばくかは柔らかい目つきを向けるようになった。安奈はというと、目が合おうかというところでぷいと視線をそらされる。そして、三井名はなぜかじとーっとした目つきを俺に向けている。


「BLリアルCPかと思ったのに」

「まだそのネタ引きずってたのかよ!」


「なあにぼさっとしてんの。むっつり、先に行くよー」


 勝手にすたすたと前を歩いていく雷雷。俺は走った、叫んだ。


「いや、だからその呼び方やめろぉおおおっ!」


<おまけSSその95>

唯「ところで、雷雷さん?」

雷雷「雷雷でいい」


唯「その棒付きキャンディっていつもなめてるけど、美味しいの?」

雷雷「ああ、これか。なめてみるか?」


 そう言って雷雷は、舐めていた棒付きキャンディ―を口から出した。え? と、というか、新しいのじゃなくて、そのなめてたやつくれるの? え? え?


雷雷「なんだむっつり、変な汗かいているぞ」

唯「え……い、いや……」

雷雷「ちなみに常人がなめると口に大やけどを負ったようになった挙句、三日は血便が出るぞ。さあ、GカップのJKがレロレロした後のキャンディーをなめれるこのチャンスを、むっつりはどうするのかなー?」

唯「いや、代償大きすぎるわっ! け、けど……ちょっ――」

三井名「いや、やめろっ! 気持ち悪いわっ!」


<おまけSSその96>

雷雷「なんだよー、三井名は相変わらず潔癖だなー」

三井名「腐女子=下ネタ大丈夫とかじゃないからっ!」

雷雷「つってもBLとかCPとか言っている奴が言っても何の説得力もないんだよなー」

三井名「まったく、ほんと汚らわしいんだから。明日華が見つかったあとは、あたしが明日華を守るから。――そして、あたしの腐った英才教育が始まるのよ!」


安奈「お前も明日華を汚す気満々じゃねえかっ!」


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