毒と毒姫①
<another side>
真っ黒なとんがり帽子から垂れ下がる、黒いベール。色の濃いぽってりとした唇が、闇夜のベールの奥底から浮かんでいる。紅が映える艶やかな白い肌は、彼女が妙齢の女性であることを思わせるが、その声は低く、年寄りめいている。すらりとしていて、女性としては背丈が高い。
「珍しいな。あやつから面会を持ちかけてくるとは」
「なんでも、例のモノが見つかったとかで」
側近には、真っ黒な人の形をした煙に、顔の部分に目玉がぎょろりとあるような異形が。その異様な風体とは裏腹に、声は落ち着き払った男性のそれだ。
例のモノ。その言葉を聞いて女は口角を上げ、ふっと声を漏らす。
「そうか、それは面白くなりそうだな。竜頭も喜ぶだろう。あいつは、戦争を起こすことしか考えていないからな。レプリカの技術にも心底惚れていた。それが核爆弾がいくつあっても足りないようなエネルギーの塊に惚れこまないわけがない」
「才能のない馬鹿が力だけ求めても破滅するだけだというのに」
影の男は、単眼でぎょろりと俯き、対照的に女は肩を揺らして笑う。
「破滅? それがそんなに悲しいことかえ? 才能がある魔導士は、地球が滅びようが、太陽が爆発しようが生きのさばることができる。だが、目的を失い、死の恐怖から魔法にすがりつく魔導士こそ、哀れとは思わんか? あやつはまさにその好例だろ? 永遠に長い命で、退屈を持て余している」
「永遠に続く退屈は、死よりも辛いと言うからな」
「まあ、死んだことのない奴が言うことなど信用できんがな。死ぬのが怖くなかったら、三百年も生きていないわ」
赤い絨毯の敷かれた長い廊下の先に、重々しい木製の扉がある。
それはこちらを誘い入れるかのように、内側に開く。もちろんセンサーなどの機械仕掛けがあるわけではない。女は一瞬怪訝な顔をしてから、口角を釣り上げた。扉の向こう側では、ソファーに木製の人形が腰かけている。木偶は、まるで誰かが釣り糸で操っているかのように、女を指さして、その人差し指を曲げて「こっちに来い」と合図をした。
「はあ。人様の家での面会というのに、家主気分だな。無断で扉に魔法をかけおって……」
木偶の向かい側に女は腰かけ、細くしなやかな指をパチリと鳴らす。
すると、影の男が真っ黒な懐の中から、縁に青龍が描かれた茶器を取り出した。そしてさらにラジカセと、やけに注ぎ口の長い金属製の急須も、影の男の懐から出てくる。まるで四次元ポケットだ。
カチャ。
影の男は、ラジカセの再生ボタンを押す。
イーチャ、オイシイ、メチャオイシイ、カーオリターカーク、イケテルジャン♪
イーチャ、オイシイ、メチャオイシイ、カーオリターカーク、イケテルジャン♪
奇妙な音楽に合わせ、影の男は湯気の立つ金属製の急須を、その長い注ぎ口を棒術のように操る。注ぎ口からほとばしる琥珀色の茶の滴。湯気とともに空気にまみれて、香りは影の男の体術とともに華麗に舞う。そして、茶器に注がれる。
イーチャ、オイシイ、メチャオイシイ、カーオリターカーク、イケテルジャン♪
イーチャ、オイシイ、メチャオイシイ、カーオリターカーク、イケテルジャン♪
ひとつ。またひとつ。
ゆっくりと時間をかけて。注いでいる時間よりも、奇妙な音楽に合わせた体術の方が長い。これは、体術に合わせてお茶を美しく注ぐ。一種の舞踏。
イーチャ、オイシイ、メチャオイシイ、カーオリターカーク、イケテルジャン♪
イーチャ、オイシイ、メチャオイシイ、カーオリターカーク、イケテルジャン♪
「相変わらず、お前の趣味はよく分からんのう。迦楼羅」
「これは中国四千年の歴史の誇る、太極茶道だ。私の傀儡の娃娃は、その名手でね。美しい舞だろう?」
「普通に注げば、一瞬じゃろうが」
自慢の舞を木偶に一蹴され、娃娃は一つ目をしょんぼりと俯かせる。
「新キャラ登場だ。演出には華があるに限るだろ? おまけに会話の相手が木偶というのは、絵面が悪い」
「すまんのう。こっちも早々に正体がバレては面白くないじゃろう。悪役同士の悪だくみの会話というのは、ミステリアスであるに限るからのう。――さて、夕飯時じゃ腹が減った。テオドール、アレを持てっ」
ぱんぱんと手をたたく音が木偶の口元から聞こえる。どうやらこの木偶は、遠隔魔法で手ぶりを操るとともに通信機能を果たしているようだ。
「はい、お持ちしました」
「うーん、やっぱり魚沼産コシヒカリは照りが違うのう。納豆は、おかめ納豆じゃろうな?」
「い、いえ……金のつぶです」
「金のつぶは、前の分身の好みじゃろうがっ! この前はなっとういちなど買ってきおって!」
「全部一緒でしょうがっ。ただの臭い珍味でしょうがっ」
「一緒じゃないっ! まったく、妾の傀儡なんじゃから納豆の違いくらい分かるようになっておけっ。あ、またマジックカット失敗したわい」
「お前ら、正体隠す気あんのかぁああああっ!!」
思わずソファーから立ち上がってしまった迦楼羅。
木偶は俯けていた首を上げ、表情のない木目で女を見つめる。木偶を媒介とした通信に過ぎないというのに、そこはかとない威圧を感じる。おそらく、向こう側でほくそ笑んでいるのだろう。
「迦楼羅よ。話したいことは分かるな」
「ええ。毒の件だろ」
「そうじゃ。加賀美の差し金と思われる三人の魔女が、明日華という幼い少女を匿っている。赤毛のツインテールのアホ、激辛マニアの金髪碧眼ドスケベチャイナ娘、緑髪の幼児体型腐女子の三人じゃ」
「――ず、随分とキャラが濃いのだな」
「じゃろ? 少々欲張りすぎとは思わんかえ?」
「あんたも充分濃いわっ!」
こいつと話をしていると疲れる。それを口には出さないが、湯気の立つ中国茶をすすることで表す迦楼羅。
「では、毒というのは、その明日華とかいう少女だと?」
「あくまで憶測じゃがな。じゃが、見かけは齢十にも満たない幼女が、長距離の転送魔法を、それもビル丸ごと一軒やってのけるのは、そうとでも考えなければあり得ん」
「あんたも、同じような見た目だがな」
「失敬な。妾の方が幼いながらもそこはかとない色気を漂わせておるわ。あのような、あどけないだけのちんちくりんと」
「心底どうでもいいわっ! 早く話を進めろいっ!」
ばんっとテーブルをたたき、茶器に注がれた琥珀色の中国茶が跳ねる。
完全に木偶の向こう側の女の調子に乗せられている。それを察して、娃娃も単眼の瞼を半分だけ開いて、流し目で迦楼羅を見やる。
迦楼羅は咳ばらいをし、落ち着き払った様子で木偶に問い詰める。
「それで、その毒の存在をどうして私に話す気になったのだ?」
「お前があの戦争馬鹿と手を組んでいることは知っておる」
「私が毒を手に入れれば、兵器として使われることになるぞ」
「構わん。大いなる力は兵器として使われるべきじゃ。しみったれた魔法など、妾はいらぬ」
木偶はカタカタと音を立てて全身を揺すった。
<おまけSSその79>
~新企画:登場人物のプロフィールその1~
木枯唯
年齢:16歳
誕生日:8月6日(しし座)
身長:168cm
血液型:A型
好きな食べ物:から揚げ
好きなお菓子:スナック菓子
好きな飲み物:カフェオレ(砂糖なし)
好きな色:青
趣味:読書(漫画)、小説はたまに読む程度、特筆すべきものはない。
特技:これと言ったものはない。
運動神経:平均以下。とくに取り柄はない。
性格などの詳細:良くも悪くも普通。少し自分に自信がなく、ヘタレ。美月に向けられた行為に対して戸惑うばかり。ちなみに美月自体のことはがっつりストライクゾーンで内心は「可愛い」と思っているが、彼女の表向きの性格の感情の乏しさから、意識的に遠ざけている。その裏返しとして、ストレートに感情をぶつけてくる裏の性格に徐々に惹かれていく。あと、人並みにスケベ。エロ本の隠し場所はベッドの下や本棚の奥など。しかし、ストーカーばりのブラコンである妹の風香によって、在庫から内容の隅々まで把握されている。
幼いころに母親を亡くしているが、母親の記憶どころか自分の幼少期の記憶がほとんどなく、かつ、それを不思議に思っていない節があった。これは催眠魔法のせいで、自宅の地下室を見つけてからは、その一部が解けており、自身の記憶の空白の存在を不審がっている。
地下室に眠っていた記憶、自分のコピーの存在、街田の精神攻撃、簀巻の言葉攻め、など数々の要因から、自分の生を歪なものと感じ始めるが、美月の裏の性格から激励を受け、今は前向きな気持ちを取り戻しつつある。同時にこれがきっかけで、容姿から惹かれた彼女への好意が形を帯びることになった。しかし、それはあくまでも美月の裏の性格に対してのものである。
本作品の主人公であり、巻き込まれ型として行動していたが、美月への好意を自覚するとともに、彼の中に少しずつ意思が芽生え始める。
<おまけSSその79>
~新企画:登場人物のプロフィールその2~
桂木美月
年齢:16歳
誕生日:6月10日(ふたご座)
身長:167cm
血液型:AB型
スリーサイズ:88(E)、59、84
好きな食べ物:特にない(表)、クリームシチュー(裏)
好きなお菓子:和菓子(表)、プリン(裏)
好きな飲み物:緑茶(表)、フルーツフレーバーティー(裏)
好きな色:黒(表)、白(裏)
趣味:裁縫(表)、カラオケ(裏)
特技:料理(表)、絶対音感(裏)
運動神経:抜群。長い手足を活かした身軽で俊敏な動きが特異。
性格などの詳細:裏と表とある通り、二重人格でそれぞれの好みや得意不得意がはっきりと分かれる。表向きは感情に乏しく、唯に対して好意を差し向けるも仏頂面である。対して裏は、非常に表情豊かで天真爛漫、子供のように忙しく変わる表情で感情表現もストレート。こちらの性格でも唯に対して、好意を抱いている。表では、唯を守る保護者のような接し方、裏では、守りたいという感情と甘えたいという感情が同居する、より恋情に近いものとなっている。
表の性格は表情に乏しいと思わせて、恐れや嫉妬などの負の感情だけ、やけにわかりやすく、また精神がもろく、折れやすい。裏の性格は、感情変化が激しいものの、どうなっても生き抜く、唯を守り抜くという信念の強さは決してぶれない。しかし、表と裏では魔法の能力差があり、簀巻には「表は精神面を除けば最強、裏は精神こそ図太いがただの雑魚」と看破されてしまう。
表の性格は、何の理由もなしに唯に対して好意を向けているが、裏の性格ではかなりちゃんとした理由がある。幼い頃は病弱で心臓に爆弾があると医者に言われていた。事実病院にこもりきりで外出許可が下りないと外に出られない状態だった。そこに同じ病院に唯が、おもちゃの誤飲で検査入院させられる。なんとも平和な理由で入院してきた唯に対して、素っ気ない態度をとっていたが、唯がデリカシーなく話しかけてきたため、しぶしぶ付き合っていた。そのうちに唯と話すようになり、笑顔で退院する唯を見送った後、訳もわからず泣き崩れてしまった。このことがきっかけで唯に対する好意を自覚するようになるが、前述のような経緯のため自分のことを「押しに弱い馬鹿な女」と自嘲している。同時に、そうなることを狙って唯が行動したわけではないことから、「好きにさせた責任をとって」と押しつけがましい言い回しをすることがあるが、美月の好意自身は本物である。
戦闘能力は肉体的にも魔力的にもずば抜けて高い。が、裏の場合は表よりわずかに劣る。裏と表の性格のずれ、能力差、唯に対する好意の違いは全て、彼女に隠されたある秘密が関係している。それを簀巻は看破しており、その秘密のために使った魔法を「パッチワークソウル:魂を分ける魔法」と呼んでいた。
本作品のヒロインであり、最も重要なキャラのひとり。




