胎動①
<another side>
異形は、自らの境遇を嘲笑した。
木枯唯として生まれながら、木枯唯になれなかった存在。
木枯唯の出来損ない。
「――あなたが存在しているということは……」
大きく開いた傷を抑えながら、三井名は鋭い勘を働かせる。
なぜ、この工房で蘇生魔法の研究がされていたか。なぜ、蘇生魔法の実験体である、異形が木枯唯と同じ姿をしていたのか。そして、なぜ自分たちは――
『その唯っていう奴を生け捕りにすれば、太陽の光に当たれる身体になれる』
木枯唯のことを、求めているのか。
「勘の鋭い奴は嫌いだよ」
邪推はよせ。異形は、自分の身の上を知られることに、異常なまでの拒絶反応を示すようだ。三井名の勘の鋭さは、彼女自身の精神感応系の能力によるもの。表情や目の色から、思っていることは手に取るようにわかる。特に、彼のように嫉妬や憎悪をむき出しにしてくる人間は、なおさらだ。
その嫉妬は、不特定多数に無差別に差し向けられている。
ナイトウォーカーも、彼と同じく真っ当な生ではないけれど、彼の劣等感には底というものが感じられない。
「三井名に手を出すなっ!」
振りかぶった一撃を、雷雷が高圧電線の鞭で受け止める。
肉が雷撃を受けてじりじりと焼け焦げる。異形は、タンパク質が焦げた臭いが鼻を刺すのを、ふて腐れた笑みで嚙み潰した。こんな出来損ないの身体でも、人間と同じ臭いがする。それがたまらなく、悔しくて憎らしい。
「いいね。羨ましいよ。日が浴びれないとはいえ、君たちの身体は綺麗だ。見た目で言えば、人間と変わらないじゃないか。僕たちは、出来損ないだから、……こんな醜い身体しか持つことを許されない」
べちゃりべちゃりと音を立てては崩れ落ちる、タールのようにどす黒い肉。崩れ落ちながらも、軟体動物の脚のようににゅるりにゅるりと伸びて、雷雷の肢体に絡みつく。
「ええいっ! 離れろぉおおっ!」
雷雷の魔力が雷撃となり、異形の身体を焦がす。めらめらと炎は揺らめいて、肉を焼き切る。だけど、すぐに何事もなかったかのようにつながる。
いくら、鞭をふるい、肉を引き裂いても。まるで煙のように、感触がない。
「雷雷、あいつは思念体よっ!」
三井名が叫んだ。
思念体。実体はないけれど、非常に強い感情が霊体となって具現化したもの。そう、彼は生きることを許されていない。肉体を持つことも。彼は所詮は、蘇生魔法の失敗が産んだ産物であり、言ってしまえばただのゴミ。
三井名も雷雷も悟った。自分たちが感じている疎外感、劣等感。それらは、彼の感じているものとは、比べ物にならないということを。
異形は、目をひん剥いて、奥歯をがりごりとこすり合わせる。眉間にしわを寄せ、肩を揺らす。震えた唇は、言葉をつぶやこうとするかと思えば、喉から大筒が鳴るような怒号を放った。
「その眼はなんだぁあああああああああっ!」
浅ましい叫び声に、雷雷も三井名も、安奈も硬直した。
恵まれていないと自分たちを呪ってきたけれど、彼の境遇には言葉も出ない。
隙を見せたその瞬間、彼は襲い掛かってきた。床を蹴り、宙を舞うまでは人の子の姿。そこから、血走った眼をひん剥いて、般若の形相で睨みつける。右手を鋭い漆黒の槍に変えて、ぎらりと黒く光る刃を突き出してきた。
間に合わない。目を瞑ることしかできない雷雷。
――だが、刃は届かなかった。
まぶたを突き抜けて、瞳を刺してくる眩い光。雷雷はゆっくりと目を開ける。視界に映ったのは、金色のたおやかな髪をなびかせる幼い少女の姿。
「あ、明日華っ。お、おまえっ!」
「お姉ちゃんたちを、お姉ちゃんたちをいじめるなぁあああっ!」
小さな拳を握りしめる。明日華を取り巻くオーロラのような光の壁は、いっそう輝きを増し、工房の中には嵐が吹きすさぶ。棚に並べてあった魔導書は、ばさりばさりと宙を舞う。
「明日華ちゃんっ、落ち着いてっ!」
安奈が呼びかけるも、明日華は我を忘れてしまっているようで、まるで耳に届いていない。嵐の中、立つこともままならず、姿勢を低くして蹲ることしかできない三人。可憐な姿からは想像もつかない、圧倒的な魔力。
「――君はなぜ、こいつらに身を預ける? こいつらを守ろうとする? 君も、僕たちと同じ身の上だろう? だったら、己の呪われた運命に従い、周りを憎め。羨め。それが君の成すべきことじゃないのか?」
明日華は、異形の問いかけに、首をぶんぶんと横に振る。そんなことは、まったくの間違いだと、異形の言葉を否定する。
「違う。あたしは、あたしの好きな人のために生きたいのっ!」
確かな意思を持った力強い叫び。
三人と出会った瞬間に産声を上げた、明日華の中の「生きたい」という意思。それは、巨大な心音となって轟いた。
どくん。
砂の底にある魔女の工房から、大地を揺るがす鼓動。
<another side>
夕暮れ時、街中の大通りに面した一軒の交番を、荒は訪ねていた。目的はこの近辺で起きた事故記録を調べてもらうため。
‘あなたの息子、唯は、幼いころに事故に遭ったことがあります’
記憶魔法が導き出した荒の中の記憶の矛盾。
荒の中では、交通事故に遭い、この世を去ったのは自分の妻である木枯鏡花。何よりも、息子の唯は生まれてから大きな事故に遭わず、健康に育ってきたと記憶している。だが、引っかかるのは地下室で見たあの記憶――
「……、唯。すまない。お前は、生まれてはいけない存在だった。だからせめて、痛みを感じることなくここで死んでくれ。世界のために」
幼い実の息子に刃を向けて心無い言葉を言い放つ自分の姿。どうして、あんな記憶が地下室に封印されていたのだ。しかも、自分の娘である風香の手によって。それに、昼飯の納豆を勝手に食べていたあの魔女も言っていた。
「彼女が犯した過ちこそ、禁制魔法じゃ。この世に毒を生み出す禁制魔法。妾の読みは当たったのじゃ! この指輪の解析で全て判明した! 荒、お前の妻は毒姫じゃ! 今に神の裁きが来るじゃろうて!」
妻が、鏡花が、禁制魔法を犯した。
全てがつながってしまいそうで怖い。そう思いながらも真実を確かめずにはいられなかった。
「間違いありませんね。七年前の交通事故で亡くなっています」
交番に勤める羽曳野巡査は、肩を落としたような口調で優しく話しかけてくれた。だがその方の向こうで新人の白木は、呆れかえっているようだ。
「……お気持ちは痛み入りますけれど、七年前の事故ですよ。それも自分の実の息子のことですよ。自覚がないなんてことはないでしょう」
「白木っ、言葉を慎め」
「そんなこと言ったって、こっちは管轄内の雑居ビルが丸ごと消失するなんていう怪事件中の怪事件の捜査中なんですよ。そんなときに実の息子が死んだ七年前の事故を今更掘り返されてもねえ」
「白木っ、いい加減にしろっ」
羽曳野巡査は声を荒げるが、常識を考えれば白木の対応の方が正しいだろう。七年も前の、それも自分の息子が巻き込まれていた事故だ。それを父親が覚えていないなんてこと、あるはずがないのだ。
「いいえ、いいのです。そう思われても当然のことです」
荒は深くため息をつくとともに、すべての事態を把握した。
自分の妻が犯した禁制魔法。それは――
「……七年前の事故で、死んだのですね。私の息子、木枯唯は」
「ええ。ひとりの少女をかばって、車に轢かれ、確かに亡くなられました。あなたの妻である木枯鏡花の目の前で」
自分の息子の死を受け入れられないあまりに手を出した、蘇生魔法。
木枯唯は一度死んでいる。そして、蘇生魔法により、もう一度この世に生き返った。否定しようとしてきたことだったが、もう認めざるを得ない。自分の妻は、魔導を志す者が最も犯してはならない、禁制魔法を犯してしまったのだ。
どくん。
そのとき、巨大な心音が轟き、大地を揺らした。
どくん。
世界を揺さぶる鼓動。何かが生まれる、目覚めることを知らせる胎動。
どくん。どくん。
それは、交番から程近くにある、唯の通う私立柊木高校にも響いていた。唯の妹である風香も、この高校の中等部に通っている。
校舎の中の一室、理科の実験道具が置いてある実験室に佇むひとりの男。白衣を着たうさん臭い眼鏡の男は、心音に陶酔するかのように目を瞑り、喉を唸らせてほくそ笑む。
「――おかえり。スカーレット」
<おまけSSその73>
白木「巡査。私たちの丸々一年越しの再登場なんて需要あるんですかね?」
羽曳野「お前は何を言ってるんだ。私たちの出番なら二日前のシーンであっただろ?」
白木「――。あと、おまけSSのコーナーって毎回この類のメタなネタをやるんですか?」
羽曳野「お前は本当に何を言ってるんだ?」
<おまけSSその74>
白木「あと、なんですか。このうちの管轄内の雑居ビルが忽然と姿を消すという怪事件は? それに全然遠く離れた鳥取砂丘で、まったく同じビルが突如として現れただなんて」
羽曳野「白木、目撃者の証言にはある共通点がある。それは、鳥取砂丘にビルが現れたというニュースを見るまでは、雑居ビルの存在を認知できていたということだ。ところが、鳥取砂丘に現れたビルという事象を認知した瞬間に、雑居ビルが忽然と姿を消していることに気づいている。これは矛盾を認知したことによって、目撃者が催眠から解き放たれ、あるがままの現実を見ることができるようになったということを意味する」
白木「――巡査、何を言ってるんですか?」
羽曳野「白木、世の中には魔法も事件もあるんだよ」
白木「いや、だからほんと何言ってるんですか?」




