砂の中の記憶③
<another side>
ドアの向こうに黒い渦。おそらくは、空間操作系の魔法によって作られたゲートだろう。
そこから湿った足音とともに、少年は現れた。
雷雷と三井名は驚いた。少年の容姿はあまりにも、木枯唯とそっくりであったのだ。だが、彼がこの場所にいることはあり得ない。なぜなら、ここは明日華が暴発させた転送魔法によって飛ばされた鳥取砂丘。それも人目を忍ぶように、砂の底に埋まっていた魔女の工房の中だ。
それに、少年の姿は、木枯唯と瓜二つでありながら、明らかに似て非なる存在だと訴えかけてくる。輪郭が不安定で、ノイズの走ったホログラムのよう。あるいは、今にも崩れ落ちそうな粘土細工のよう。湿った足音は、肉が液状化するほどに腐乱した死肉の身体を持つゾンビのよう。――おそらく、少年は真っ当な生ではない存在。
同じく真っ当な生ではない、レプリカ。三井名と雷雷は、同族の匂いを少年から感じ取っていた。――だが、こいつだけは、少年に対する反応が違っていた。
「木枯唯っ! ここで会ったが百年目っ!」
安奈は自身の魔具であるトライデントを構え、戦闘態勢に入っていたのだ。
「あ、あの……、安奈ちゃん。あいつは木枯唯じゃないよ」
「何言ってるのよ。どこからどう見ても、あたしたちの標的じゃない! ほら、あの主人公に似つかわしくない冴えない容姿っ! いかにも女心に疎そうで、純朴を装ったむっつりスケベそうで――」
「……おいっ」
「だいたい、主人公なのに、華がなさすぎない? こっちとら、赤髪ツインテールに金髪碧眼チャイナ娘に、緑髪のボブヘアー腐女子よ。どう考えてもこっちの方がキャラ立ってるメンツばっかりじゃないっ!」
「まあまあ安奈ちゃん、そういう華のない主人公の方が最近では受けが良かったりするからさあー。実際ハーレムものでは、そういう主人公が多いわけだし」
「ああ、そういうハーレムものって多いけど、軟弱な男がモテるなんて現実あり得ないわよね。正直あたしは、あんまりそういう作品は、好みじゃないわあ」
「いや、お前らは何の話をしてるんだよっ! というか、遠回しに僕たちのことディスってるよねっ!?」
ここで、三井名が少年の言葉遣いにある、違和感に気づく。
「あいつ、なんで、一人称が僕たちなの?」
もちろんのことだが、少年はひとりだ。だが、あたかも自分が複数の代表者であるかのように、「僕たち」と複数形の一人称を使っている。
純粋に疑問を持った安奈だったが、雷雷がすかさず耳打ちをする。
「ちょっと気を使ってやれよ。あれが精一杯のキャラ付けなんだよ。ほら、ドッペルゲンガーで、しかも華のない主人公のコピーなんだから、少しでも尖った部分がないとやっていけないだろ。痛々しいとか思っても、そこは触れてやるなっ」
「あ~、なるほど。この小説のキャラ大体どぎついから、悪目立ちするぐらいじゃないと、埋もれちゃうものねー」
「いや、ばっちり聞こえてんだけどっ!」
「あ、あたし、閃いちゃったんだけど……」
安奈が雷雷と三井名の間に割って入る。少年の正体について、思いついたことがあると言うが――
「あいつ、もしかして宇宙人なんじゃないの?」
「……、安奈ちゃん。大丈夫? 疲れてない?」
「無理して、お馬鹿キャラやらなくてもいいんだぞ」
「いや、結構真面目に言ってるんだけどっ! ほらっ、宇宙人って我々は~って自分のこと、我々って言ったりするじゃん! そんな感じで」
「ごめんよー。こいつ、アホの子の子だから。気にしないでー」
「アホの子の子ってなにっ!?」
「こいつには、今すぐ、ただの痛いキャラ設定だって訂正入れておくからー」
「誰が痛いキャラ設定だっ! お前の方が、失礼だっての!」
三人の失礼な物言いに、少年は声を荒げる。
彼が地団駄を踏んだり、肩を上下させたりすると、それに合わせて湿った足音が工房の中に反響する。べちゃり。ねちゃりべちゃり。その音を、その声を聞きたくないとばかりに、明日華を耳を押さえてうずくまる。目をつむって肩を震わせる。
「あ、明日華ちゃん……?」
「こ、こわいの……。すごく嫌な感じが……」
怯える明日華に少年は、にたりと嫌味たらしい笑みを浮かべる。その瞬間に、三人は理解した。こいつは、姿こそ木枯唯に似ているが、明らかに違う存在だと。
「あれれ、どうしたんだい? 随分と怯えているじゃないか。その子は……、そうか。君は――」
どぷん。そんな音がして、少年は足元にできた底のない水たまりの中に潜った。真っ黒な水たまりは、明日華に向かって近づいていく。明日華は座ったままで後ずさり。だが、狭い工房の中では、あっという間に明日華は壁に追い詰められてしまう。どん詰まりになったところで、真っ黒な水たまりから、にゅるりと腕が伸びてきた。
「そう怖がらないでくれよ。君も僕たちと同じ身の上じゃないか」
上半身が這いずり出てきて、蹲る明日華の顔面をのぞき込む。その姿は、少年が異形であることをまざまざと見せつけた。ろくろ首のごとく、首を伸ばして逆さ向きに明日華の顔面を、下方から仰ぎ見ようとしている。
「お、おいっ!」
もはや少年とは呼べなくなった異形の背中に向かい、安奈は呼びかける。
嫌悪感と恐怖に、身の毛がよだつのをこらえながら、トライデントを構える安奈。そして、臨戦態勢に入っていたのは安奈だけではない。雷雷も高圧電線の鞭を手に取っている。そして、三井名は――
「……三井名っ、あんたも武器か何か持ちなさいよっ」
「えっ、だってあたし、攻撃系の魔法使いじゃないじゃん」
「なんでもいいから用意するのよっ! 戦闘要員じゃないのが一人でもいたら、そこが弱みになるでしょっ!」
「そんなこと言ったって――」
「せっかくマジモンジャーのコスプレしてるんだから、マジモンジャーっぽい感じで戦闘態勢に入りなさいよ」
「あたしは、特撮は守備範囲外だって言ってんでしょ!」
ぎろりと異形は、三人の方を振り返り、睨みつけた。
「あ、明日華から離れなさいよっ」
震える声で、威嚇する安奈。異形はけたけたと笑いながら、こちらに向き直った。笑い声は、複数の声が重なり合っているかのような響きで、視覚だけではなく聴覚からも嫌悪感を感じさせる。
「そうか、君はこの人たちに面倒を見てもらっているんだ。ひとりぼっちの僕たちとは大違いだね。僕たちは、焦がれた母親という存在にさえ、憎悪の感情しか抱けないでいるのに。君は、血のつながりも何にもない赤の他人に守られている」
「違う……。他人じゃないもん。お姉ちゃんたちは、あた……、あたしの大切な友達だもん」
友達。その言葉を異形は笑った。
友達という言葉自体に差し向けられた嘲笑でありながら、自嘲のようにも感じ取れる。複雑で歪んだ笑い声。
「友達か。君には、そう呼べる存在がいるんだね。――なんて、羨ましいんだろう。全部奪ってやりたくなるじゃないかっ」
ついに、異形は牙をむいて襲い掛かってきた。
床を蹴って飛び上がり、大きく振りかぶった右腕を鋼鉄の刃に変形させて、振り下ろす先は戦闘能力の乏しい三井名。
「危ないっ!」
安奈が叫ぶも、間に合わず。
鋭い刃は、三井名の身体を切り裂いた。腹部に大きく傷が開き、ぼたりぼたりと鮮血が床に滴り落ちる。
「三井名っ!」
同時に異形の刃から、どす黒い何かが三井名の中に流れ込んできた。彼女自身の精神感応系の魔力が、彼の心に秘めた想いと共鳴したのだ。
『憎い。僕たちを捨てた。僕たちを、出来損ないと罵り、生きることを許さなかった。唯じゃない? ふざけるな。お前が僕たちを生み出したんだろ? なのに、僕たちは、木枯唯の成り損ね? なんだよ、それ? 憎い。憎い。僕たちは、お前が憎い。木枯鏡花――』
大穴の空いた腹部を押さえて、床に崩れ落ちる三井名のもとに安奈が駆け寄る。
「三井名、三井名っ! しっかり!」
肩に安奈の体温を感じながら、三井名はゆっくりと少年の、異形の正体を確信した。
「あなたが、この工房での蘇生魔法の実験体――」
ご名答だ。異形は静かに笑った。自らの境遇を呪いながら。
<おまけSSその71>
安奈「ねえねえ、今日ってバレンタインデーじゃん! 誰にチョコレート渡す?」
雷雷「あたしは特に相手とかいないけど……。というか、安奈も彼氏いないじゃん」
安奈「うっさいわねっ。こういうのは考えるだけで楽しいのよっ! 三井名ー、あんたは今年は誰にあげるのー?」
三井名「先輩……。あ、あの……私の気持ち受け取ってくださいっ! って感じで渡すのがいいかなー? 場所は、体育館裏か、いや、やっぱり屋上かなー?」
安奈「って、えぇえええええっ! 三井名、あんた、いつの間に好きな人できたのよ! 抜け駆けよ! 抜け駆け!」
三井名「いや、バレンタインデーのネタを考えて、シミュレーションしてただけ」
安奈「え、あ。そう。今その手に持ってるチョコレートは、誰かに渡したりしないの?」
三井名「ああ。これ? これは、自分の妄想が納得いったときに、妄想の中のその役どころになり切った上で味わうのよ。ちなみに、今妄想していたのは、ちょっとなよなよした気の弱い感じのショタが、かっこいい細マッチョの先輩にチョコを渡すっていうシチュでー」
安奈「三井名、あたしはなんだか、あんたが哀れに思えてきたよ」
三井名「えっ、なんで? 楽しいよ。BL妄想」
安奈「いや、もういいです……」
<おまけSSその72>
安奈「あのさー、雷雷ってやっぱりチョコレートも辛く作ってしまうの?」
雷雷「あたしを激辛バカみたいに言うな! バレンタインのチョコレートくらいは、デスソースの瓶一本で済ませるわ」
安奈「いや、当たり前のように言い返しているけれど反論になってないからね。激辛バカを堂々と宣言しているだけだからね」
雷雷「改まって、何を聞いているんだ? あたしの手作りチョコを尋ねるなんて」
安奈「いや、考えたんだけど。雷雷がバレンタインのチョコをあいつに渡すってのはどう?」
そう、安奈は考えたのだ。
雷雷特製の激辛チョコレートを木枯唯にお見舞いし、悶絶しているすきに仕留めてしまおうと。そして――
雷雷「あ、あの……。木枯唯。お、お前に渡したいものがあるんだが……」
唯「えっ!?」
雷雷「こ、これ……。受け取ってくださ――」
風香「なに、あたしのお兄ちゃんにちょっかい出してるのよっ! この泥棒猫がっ! お兄ちゃんも、当たり前のようにもらってんじゃないわよ! ったくもう! 残念ね。泥棒猫さんっ。このチョコは、あたしがいただくわ。お兄ちゃんは、あたしのものなの。ああむ」
風香「からぁあああああああっ! ちょ! これ、マジでふぇいきだって、げほっ! がはっ! ぢぬぅうううっ!」
安奈「お前が食うんかい」




