砂の中の記憶②
<another side>
「砂の中に家?」
安奈と雷雷は首を傾げた。
三井名は透視や洗脳などの精神面に特化した地味な魔法使い。地味ではあるが、その実力の高さは安奈も雷雷も知っていた。地味な魔法使いの三井名が言った割には唐突すぎるものだから、耳を疑わざるを得なかったのだ。
「いや、何回地味って言うんだよ」
「三井名ちゃん、誰に突っ込んでるの?」
「うっさい、ほっといてっ」
三井名はさらに力を込めて、透視を開始する。
「築数百年が経っているわね。魔導の力で保存されていなければ、木造でここまで保存されているはずがないわ。建坪が16平米。家賃月5万、敷金・礼金1ヶ月。鳥取砂丘歩いてすぐ。住宅情報サイトSUMOUより」
「いや、賃貸に出してるのかよ!」
「中は所謂魔女の工房になっているようね……。ちょっと、興味湧かない?」
これ以上砂の上から透視するよりは、中に入った方が情報が速いと判断した三井名。砂の中に埋められた魔女の工房。明日華の素性は知れないが、彼女を除いた残りの三人は曲がりなりにも魔導を志す少女たちである。興味が湧かないはずはない。――が、目を輝かせる三人をよそに、明日華はひとり、瞳を翳らせていた。
「明日華、どうしたの?」
「――あ、いや……」
夕陽が沈み行く中、砂の中に手を入れる。落下の衝撃が骨に響くくらいだ。砂の中の家までは、そこまで深さはないはず。手で掻き出してみると、すぐに木製の屋根に指が触れた。四人で協力して掘り出すと、板張りの屋根の部分が、人ひとりの幅ほど露出した。
「さて、ここから入りますかっ」
「え? ここから入るの? 三井名ちゃん、ここはやっぱり礼儀正しく正面からピンポン鳴らして入ろうよ」
「安奈ー。考えてみてよ。砂の中の家に誰かがいるわけないでしょー」
「さっき、住宅情報サイトに賃貸情報が載ってたけどね……」
木組みの屋根を見る限り、工房の外見はログハウスのようなものらしい。
「で、こっからどう入ろうって言うの?」
雷雷が尋ねる。明日華に力を使わせたくない以上、三人の誰かの魔法で、この屋根の向こう側へと侵入することになるのだが。この三人は、空間操作系の魔法を習得していないため、移動に使える魔法を持っているものは誰もいない。
「あたしの雷撃を使えば、燃やすことは可能だけど、その場合は結構派手に損傷してしまう可能性があるわ。安奈の能力は幻覚魔法だし。おまけにちょっとバカだし」
「バカは余計でしょっ! バカはっ!」
「まあ見ててよ。あたしは精神面専門の魔法使いとは言ったけれども、植物が相手なら話は違うわっ」
三井名が魔力を掌に込めて、板張りの屋根の板の一枚一枚に翳す。魔力のエネルギーが、揺らめくオーラとなって板に作用する。やがて、木材が悲鳴を上げてきしみだした。
「木材は生きた建築材料として知られているわ。内側と外側の水分の偏りを操作すれば、変形は容易よ。植物が相手ならば、あたしの能力で体組織への直接干渉ができる――」
ばりばり。ばりばりと音を立てて屋根板が五枚ほど跳ね上がり、砂に埋まった家の屋根に人がやすやすと入れそうな大穴が開いた。
「さぁ、これで開いたわよ。――だ、誰か入ってくれない?」
「え、いや。三井名が開けたんだし。一番興味ありそうだったし。先に入れば?」
「こ、こういうのはまず調査として、だれか一人が先に行くもんでしょ!」
「だからその一人が、お前でいいんじゃないかって。ねっ、安奈」
「その前に、あたしたちが壊した屋根は敷金礼金から下ろされるのかな」
「賃貸情報のネタまだ引っ張ってるのかよ!」
三井名は屋根に開いた大穴を指さして、自分の大手柄だと言わんばかりに胸を張っている。しかし、自分から中に入ってみようと言い出したにもかかわらず、穴の中へと飛び込もうとはしない。しかも、よく見れば少し肩が震えているような――
「あの……、三井名?」
「な、なによっ」
「もしかして、高いところ怖い?」
「――こ、怖いわよっ! 落差が自分の背丈超えているのよ! 足がすくんで当然でしょっ!」
雷雷は、はぁあと大きくため息をひとつつく。
「じゃあ、そこで見ててなさいよ。あたしが飛び込んでくるわ」
まず、穴のへりを数か所強く握ってみて、一番安定する箇所を確認する。ゆっくりと後ろ向きに下半身を下ろしていき、両手でで穴のへりをつかんでぶら下がる。身体をなるべく、空間の広い方向に向かって揺らし、着地面に向かって斜め方向に飛び降り、体を丸めて着地。さらに反動を利用してくるりと前回りをし、これといった痛みを訴える様子もなく、やすやすと立ち上がった。
「はいっ。じゃあ、今のをやってみて」
「できるかボケぇええええええええええっ!」
「どんだけ身体能力高いのっ!」
「趣味でパルクールをやっていたことがあってね」
「あんた今すぐ雑技団入れるよ!」
穴の中はログハウスの内装よろしく、板張りの床で衝撃の吸収はまあ良い方だと雷雷は言う。穴をのぞき込む安奈、三井名、明日華の三人。
「次は、安奈がやってみて」
怖気づいている三井名と、身体の小さい明日華は、下に二人以上がいて受け止めた方が安全だろうと判断したのだ。
穴のへりに恐る恐るぶら下がる安奈。当然足は床につくはずもない。
「よし、そこから、膝は曲げすぎず、曲げなさすぎずで着地しろー」
「いや、言われてできるものじゃないからっ!」
しばらくぶら下がったまま躊躇していたが、やがて握力が限界を迎え、ままよと飛び降りた。雷雷のように、綺麗に前回りで着地をすることはできなかった。雷雷の指示通り、膝を適度に曲げて着地したが、衝撃は直に腰に響いた。
「っつうっ! 雷雷……、あんたほんと、すごいわね……」
「まあ、初めてはそんなもんよ。ちなみに、そこにちょうど屋根まで届くくらいの脚立があったわ」
「はよ言えやぁあああああああっ!」
残りの二人は脚立を使って、砂の中の家に降り立った。
中は、外からの光が閉ざされているのにもかかわらず、うっすらと明るい。まるで部屋自体が灯りをもっているかのよう。内装は、魔導の工房と透視した通り、数々の魔導書が納められた本棚が壁沿いにずらりと並んでいるのが見える。床には巨大な魔方陣も描かれている。そして、何よりも特徴的なのは、部屋の中に転がっている無数のクマのぬいぐるみだった。
「随分と可愛い趣味ね……」
「そうかしら。逆にここまで所狭しと並べられていると、異様だわ」
ここで雷雷は、明日華の異変に気付く。雷雷の背中を盾にして、がっしりとしがみ付いて離れようとしない。小さくか細い腕が震えているのを感じる。
「……どうしたの? 明日華」
「ここ、すごく……イヤ……。あのぬいぐるみたち、こわい」
「えー、そうかなー。ほらー、普通に可愛いクマさんのぬいぐる――」
何気なく持ち上げてみた、魔方陣の中心に転がしてあったぬいぐるみ。その胸から一本のナイフが抜け落ち、床に転がる。ナイフの刃先には真っ赤な血が。ぬいぐるみの左胸に開いた穴からぼたり、ぼたりと血が床に滴る。
「いやぁあああああああああっ!」
思わず、安奈はぬいぐるみを振り払い、投げ捨てた。激しい動機に肩が上下させ、我に返ると同時に、後ずさりをして本棚に背中を打ち、何冊かの本棚を落とすも、まだ震えが止まらない。膝が笑い、腰は砕け、へなと床にしりもちをついて、がくがくと震える。
「な、なんなのよ。なんなのよ、これっ!」
もう、部屋を埋め尽くしているぬいぐるみは、目の前で血を流しているものと同じように見えてしまう。いや、事実同じものだろう。部屋を埋め尽くす大小様々のクマのぬいぐるみには皆、ナイフで刺したような穴とそこから滴る血の跡があるのだから。
「――どうやら、相当きな臭い工房のようね」
三井名が本棚に並んでいる背表紙をなぞり、漏らす。
改めて見ると本棚に収められた書物の背表紙には、あるシンボルがあった。五芒星をちょうど逆さの向きに描いたもの。床に描かれた魔法陣も、魔導文字と照らし合わせれば、それが逆五芒星であることがわかる。
「これはすべて、外法書ね」
「――外法書?」
「禁制魔法の敷かれていない古代魔法のうち、禁制魔法の制定後徹底処分された書物群の総称よ。その多くが、蘇生魔法や時間操作魔法に関するもの。もっとも、成功するかどうかは甚だ怪しいほとんどガセだって話もあるけど。今ではその存在すら貴重よ。学校の書庫に収めることも許されていないんだから」
「三井名、あんた、ただの腐った本の虫じゃなかったのね」
「腐った本の虫って何っ!?」
雷雷は面食らわされたようだったが、事実、三井名は魔導の歴史には詳しく、魔導学校の成績もトップクラスである。
「ここは、その外法書の内容を実演するために使われていたのね。ここにあるものは蘇生魔法に関するものが多いわ。さしづめ、この部屋を埋め尽くすぬいぐるみは、蘇生魔法の実験台……」
ぬいぐるみの数から推測するに、相当な数の実験がこの場所で行われたことは間違いない。明日華の反応は、この場所が外法書に記されている魔術の実験場だということを察知してのことだろう。それに、あんなものを見てしまったあとでは、この場にいるのは居心地が悪くてたまらない。安奈に至っては、まだしばらくは自力で立ち上がれそうになさそうだ。
「こ、これ、はやく管理人さんに連絡した方がいいよ。これは、そ、相当な事故物件だよ」
「お前賃貸ネタ引っ張りすぎだろうが!」
「――さっさと引き上げたほうがよさそうね。明日華にも安奈にも悪影響だわ」
この場から引き揚げようとする三井名だったが、うっかりこの部屋が砂の中にあるということを忘れて、普通に玄関のドアを開けてしまった。ドアの向こうは、砂の壁。一気に部屋の中に砂が流れ込んでくるかと思いきや、ドアの向こう側では、どす黒い渦がぐるりぐるりと回っていた。
「な、なにこれ?」
「おやおや、ボクたちの巣にお客さんとはずいぶんと珍しいこともあるんだねえ」
にゅるりと黒い渦の中心から、少年の声とともに右脚が飛び出てきた。べちゃりと泥を踏んだかのような湿った足音がする。すぐに左脚もにょきりと渦の向こう側から伸びてきて、胴体と頭が現れる。この部屋に玄関を通って、人間が現れた。いや、人間というには、形状が不安定でノイズが走った映像のような。崩れかかった粘土細工のような。――それよりも、この人間によく似た化け物は、誰かに似ている。
「――木枯唯? どうして、お前がここに?」
<おまけSSその69>
風香「なによ……、なんなのよ」
美月「どうしたんだ、ブラコン?」
風香「気やすく話しかけないで! この泥棒猫! せっかく、あたしの出番が増えるとか聞いたけれど、何でもあたしはまだしばらくお兄ちゃんと一緒になることがないみたいじゃないの! それなのに新しいお話で早速、お兄ちゃんが登場して! ずるいわ! あたしと一緒にいてこそのお兄ちゃんじゃないのっ!?」
美月「いつにも増してのブラコンだな」
唯「あ、あのー。風香ちゃん。俺、まだ今回のお話では登場してないよ」
風香「え……?」
<おまけSSその70>
安奈「雷雷って、結構器用だよね。今回の身のこなしもそうだし。あと料理作る時の手際とかめっちゃいいし、最終的に調味料で台無しにしちゃうけど」
雷雷「台無しじゃないわよ。あれが素材の味を生かす最高の――」
安奈「いや、素材殺してるから。唐辛子しか生き残ってないから」
雷雷「そうね。パルクールは結構やってた時期があって、壁のよじ登りと高所からの飛び降り、手すりの滑り降り、屋根と屋根の飛び移りとか、いろいろやってたわ。あの頃は、スケボーで走り回ってラジカセ担いで、ガムをくちゃくちゃ噛みながら、街行く人々をディスりまわっててね」
安奈「あんた中国キャラじゃねーのかよ!」




