砂の中の記憶①
<another side>
中身が透けて見える玻璃の球の中心から、神々しく逆巻く炎。科学館によく展示されてあるプラズマボールのようだが、人の背丈よりも大きいとなると、まるで小さな太陽のようにさえ思えてしまう。
そして、何よりも見惚れるのは、玻璃の球の中心で静かに眠るひとりの少女。炎の光を反射して、まばゆい光を放つ艶のある金色の髪。柔らかそうで、透き通るように白い肌。端正な顔立ち。年齢で言えば十もいかないくらいだろうか。神々しいといえるほどに、惹きつけられる。言葉も出ないほどに美しい。その少女に、風香は同性ながら、強い魅力を感じさせられていた。
「魔導を志すものならば、誰しもがその存在を知っている。しかし、その姿を実際に見ることができた者は稀だ。――光栄に思うがいい」
フードの男が、含み笑いの混じった声で少女の正体を告げる。
魔法は、常識を超越する力。故に、理や運命を捻じ曲げる可能性がある。その多くは個人の良心にゆだねられているが、最もおかしてはならないものを定める「三つの禁制魔法」というものが、魔導を志す者には必ず伝えられる。
・如何なる魔法も、完全なる命を創造してはならない。死者の蘇生もこれに準ず。
・如何なる魔法をして、事実や過去の事象を改変並びに消去してはならない。
・如何なる魔法も、時の理を乱すために使うことなかれ。
世界の秩序と人間の尊厳を守るため、厳正に定められた。
「ゼルディウス様は人間の模造品であるレプリカを創造する魔法の研究の果てに、さらに高尚な存在の創造にも手を染めていた。世界の理と運命を操作する神の創造――」
背後でつらつらと語るフードの男の口調が、変わっていく。少し影のある知識人から、人道を欠いたマッドサイエンティストのように。
「これが、伝承の毒の正体だというの?」
男はいかにもといった具合に笑った。
表情など見えないのだが、大げさに言えば、表情を変える際の筋肉や骨の動きが音で伝わるかのように、口ぶりや気配から表情が読み取れてしまう。
「ああ。今からさかのぼること七百年前。彼女を試験体とした蘇生魔法の実験が試みられた。――見ての通り、肉体の保存には成功しているが、彼女が目を覚ますことはない。肉体の許容量を超えた魔力が、彼女を取り巻く魔導植物に吸収され、巨大な果実を作り上げている」
「彼女の名はスカーレット。伝説の大魔導士ゼルディウス様の実の娘だよ」
毒。禁制魔法を犯した愚かな人間に神が与える天罰。魔導を志す者の誰しもが恐れるその存在の正体は、ひとりの少女。魔力の増幅や貯蓄法、魔力による人造人間の創造。数々の魔導の発展を極め、また自らも禁制魔法を定めた大魔導士ゼルディウスの娘。――そして、蘇生魔法の試験体。
ここで風香は、ある矛盾に気が付いた。
「――蘇生魔法は禁制魔法のひとつよ。禁制を犯した報いである毒が、どうしてその蘇生魔法の試験体であるというの?」
振り返り、少女が祀られた祭壇へと続く階段の麓に、ゆらりと佇むフードのついた外套を見下ろす。男が右手に持つランタンが不気味に揺れている。
風香は、禁制魔法のひとつである「過去の事象の操作」を尋ねてこの男のもとにたどり着いた。だが、後には引けないここにきて、この男から言いようのない嫌悪感のようなものを感じ始めていた。――けたけたと不安定に揺れる肩。言葉の裏に感じられる、不気味な笑み。
「答えは簡単さ。禁制魔法は、ゼルディウス様でさえ、成し遂げられなかった神の御業。だから、ゼルディウス様は、神を模造しようとした」
<another side>
砂の山に太陽が飲み込まれ、陽が沈もうとしている。
雷雷はすらりとした自身の体躯を生かし、遥か遠方を眺める。この瞬間でも、身体を覆う布を、どこか一部分でも剝ぎ取って肌を露出させれば、――たちまちにこの身体は砂粒となって、砂丘に溶けていくだろう。かつて、自分の妹、砂子が、自分が生活を共にしてきた砂の民の皆がそうなったように。
夕陽を眺めるのは、いつだって複雑な気持ちだ。あの茜色の光は何人ものナイトウォーカーたちの命を奪ってきた。光を許されない疎外感。神への反抗によって生み出されたレプリカに与えられる呪いは象徴的だ。嫌でも自分たちが神の祝福を受けていないことが伝わってくる。
今はフルフェイスのヘルメットがあるから、影のかかったセピア色の落日を見ることができる。だけど、自分たちはあの鮮やかな茜の色を未来永劫、目に触れることは叶わないのだ。
「明日華、夕陽は綺麗か?」
雷雷はフルフェイス越しに明日華を見下ろす。夕陽を反射して、黄金色の髪がきらきらと光っている。
こくりと静かに頷く明日華。
「うん。昨日初めて見た時よりもずっと、綺麗」
そこで、明日華は不思議なことを言った。
「昨日が初めてなの?」
明日華は、夜の訪れを知らせに来るはずの昨日が初めてだと言った。生きていれば、そんなもの物心がつく頃には何度も見ているはずだ。そんなものを昨日初めて見たと言った。安奈も三井名も雷雷も、これには首を傾げる。
「昨日はひとりぼっちで見たから、そんなに綺麗とは思わなかった。でも今はお姉ちゃんたちがいるから。ひとりじゃないから」
「でも、明日華は昨日や今日生まれたわけじゃないでしょ?」
冗談交じりの笑いで問い返す安奈。
だけど、明日華は首をゆっくりと横に振り、「あたしは昨日、生まれたんだ」と。
「本当に生まれた時のことは、わからないけれど。お姉ちゃんたちに逢ってから、あたしの中に心が生まれた。だから、昨日――あたしは生まれたの」
明日華は、安奈の腰に抱き着いて、腹部に顔をうずめる。その小さな肩に、安奈もそっと手を伸ばす。伝わる熱は温かい。同じ日光を嫌うものとしてつるむことはあるけれど。彼女のように、真の血の通ったものから、慈しみの意を向けられるのは慣れないことだった。
それがきまり悪くもあり、嬉しくもある。
「――そろそろ、戻ることを考えないとねえ」
雷雷が砂丘に沈む夕陽を眺め、ぼそりと漏らす。
もともとは木枯唯という少年を手に入れるという手柄を約束してきたのだが、成し遂げられてはいない。依頼主は胡散臭い眼鏡をかけた理科教師、宿木恭人だ。顔向けはできないとネットカフェに逃げ込んだのだが、いつまでも逃げ回っているわけにもいかない。
だが、困ったことに明日華の魔力の暴発によって、遠く離れた鳥取砂丘まで飛ばされてしまった。
「三井名、こっから戻るのにどれぐらいかかりそう?」
「ググれカス」
三井名の冷たいあしらいに、安奈はムカッと腹を立て、三井名が読みふけっていた本に掴みかかる。
「いくら、本の内容に夢中だからって、友達でしょうが―! そんな腐った本のことが大事かっ! ああっ!?」
三井名と本を引っ張り合いっこする安奈の様子に、雷雷は呆れ顔。棒付きキャンデーの棒を上下させながら、片手で扱うスマートフォンで、路線情報を検索する。
「こっからだと、五時間は優にかかるわね」
「えー、魔法使おうよー。雷雷」
「簡単に言うけど、転送魔法って結構高度なのよ。あたしは雷を操る魔法が主体だから、その辺はからっきしなのよね。安奈は?」
「あたしは、水を表現型とした結界魔法と幻覚魔法よ」
「……それじゃあ、全然転送魔法なんて使えないじゃないの。空間操作系ができないと話にならないわ。――三井名は?」
「……。あたしが、一番役に立たないの知ってるでしょ?」
三井名に尋ねると、なぜか妙に不機嫌な調子で帰ってきた。
「植物を媒介とした読心術、あるいは洗脳術。わかる? あたしは精神面専門の魔法使いで、ビジュアル性に乏しくて、とにかく地味なのっ! 戦闘要因にもならないし、見栄えにもならないのっ! おかげで、あたしはキャラ立ちしないっていうことで、腐女子になって。薄い本とかBLとかやおいとかCPに凝らなくちゃいけなくなったし。今年も、コミュケで暑い中並んで行って! あたしがどれだけ、自分の地味さで苦しんでいるのか、分かってるのっ!?」
「いや、言い訳するなよっ。単に趣向が腐っているだけだろうがっ」
つまりは、安奈、雷雷、三井名の三人では、誰も転送魔法を使えないということだ。雷雷が調べたとおりの交通機関を利用するしかない。
とここで、明日華があることに気づく。そう、三人が魔法を使わないといけないということではないのだ。明日華自身は転送魔法を使えるだけの魔力を持っている。そうでなければ、こんなところまでネットカフェのはいていた雑居ビルごと飛ばせるわけがない。――だけど、三人は魔法を使おうとする明日華を差し止めた。
「明日華は力を使うことが怖いんでしょ? だったら、無理はしなくていいわ」
魔力はあっても、それは膨大な量で。おまけに自身ではコントロールが難しく、暴走してしまうこともあるのだから。本人でさえ、怖い魔法を使わせたくはない。自分たちと会って、「初めて心が生まれた」というくらいだ。そうまで慕ってくれている彼女に恐怖を感じさせたくはない。
そう言うと、明日華はそっと胸をなでおろして、噛み締めるように微笑んだ。
「そうと決まったら、地道に行くしかないわね」
「地道って、このぱっつぱつのタイツの四人で公共交通機関に乗れって言うの? この砂丘の中でさえ、目立ってるのよ」
ここから、徒歩とバス、電車を利用して戻るとなると、日光は防げるが人の視線はいやおうなく刺さるこの格好が問題だ。傍から見れば、特撮好きのコスプレ集団にしか見えない。おまけに身体のラインが浮き出て、どうにも恥ずかしいのだ。
「そう言ったって仕方ないわよ。今からでも、着く頃にはかなり遅くなってるんだから。ほら、行くわよ」
「あんたはいつも身体のラインが目立つチャイナ服なんて着てるから慣れてるかもしれないけど、こっちは結構恥ずかしいんだからっ」
砂の上をさっさと歩く雷雷。しかし、もともと自分の体形にコンプレックスのある三井名は、俯いてかがんだ姿勢のまま、砂を踏みしめる。――他の三人からは自然と距離が離れていた。
「みんな、待ってよー」
三人の背中に追いつこうと、姿勢を変えぬまま、足を速めようとするも、脚がもつれてしまい、砂の大地に転倒してしまう。その際に左腕を強打してしまった。
「いたっ!」
痛みとともに、奇妙なことに気づく。――そう、ここは見渡す限りの広大な砂丘。砂粒は細かく、ごつごつとした岩が混じってなどはいない。骨に響くような痛みなど感じることはないはず。
「どうしたの? 大丈夫? 三井名ちゃん」
「――なにか、砂の中に埋まっている」
三井名は自分の身体の型がついた砂の地面に、右の手のひらを当てて、すうっと深呼吸をした。精神統一。そして、念を込めて、それで以って砂の底を突き通すかのように。――やがて、砂の下に埋まっている何かが、彼女の頭の中に描かれていく。それは、思ったよりもずっと大きい。木でできていて、中に空洞がある。人が何人かは入れそうで、まるで、部屋か小屋のようなものが砂の中に埋まっているようなイメージが、彼女の頭の中で浮かび上がる。
「――家がある。砂の中に家が埋まっている」
<おまけSSその67>
風香「読者の皆様ーっ! あけましておめでとうございまーす! いやあ、まさか新年の滑り出しが、あたしの出る回とは幸先がいいじゃないのっ! それもなんでも、ここからしばらく、あたしが出づっぱりだって言うじゃないの! あーようやく、このあたしにも風向きが向いてきたってことだわ! この調子で新年いっぱいは、お父さんとあの泥棒猫に出番がなければいいんだけどなーっ!」
荒「悪いが、風香。――私もここから先大活躍だそうだ」
風香「……。よし、ちょっとあたし、作者に新年早々抗議してくる」
荒「やめなさいっ! 新年早々行儀の悪いっ!」
風香「放してっ! この小説にいていい登場人物は、あたしとお兄ちゃんだけなんだからっ! 他はいらないのっ!」
荒「ただのブラコン小説になるじゃねえかっ!」
<おまけSSその68>
宿木「やあ、みんな。あけましておめでとうっ。僕のことは覚えていてくれたかな? そう、この胡散臭い眼鏡がチャームポイントの理科の先生だ。もし忘れていた人がいたら、思い出しておいておくれ。なにしろ、私は……あ、じゃなかった。僕は、この小説の中では結構な重要人物でねえ。まあ、これからのお話で活躍があるから、そこでゆっくりと覚えてくれると嬉しいよ。ね、か……おっと、危ない危ない。――フードの男。どうやら君も、出番が増えるらしいじゃないか」
フードの男「左様でございます。……っと、あー言いそうになった」
宿木「気を付けるんだよ。僕の場合は、一文字だけでバレるかもしれないんだから。こういうのは仄めかす程度にやらないと。面白くなくなるじゃないか。では、お戯れはこの程度にして、新年もパッチワークソウル、どんどんと面白くなっていくから。ひとつお楽しみに」




