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パッチワークソウル 第一部  作者: 津蔵坂あけび
Chapter 3. そして俺は恋を知る。
31/53

禁制魔法⑨


<another side>


「俺がお前の友達になってやるって言ってるんだ。友達の指図くらいは聞いてくれるよな」


 日秀の言葉に、街田はひどく狼狽した。

 後ずさりをし、瞼を数度閉じたり、開いたり。


「はぁ? あんた、頭でも沸いてんじゃないの?」


 ――だが、狼狽えを取り繕う声はやがて、苛立ちの混じった声へと変わった。友達。彼女にとって、その言葉ほど信用ならないものは、なかった。


『あのコ、可哀そうでしょ? だから、あたしが友達になってあげるの』


「あんたは、木枯唯の命の保証が目的で、友達になろうとしている。そんなもの、ただの押しつけがましい契約のようなものじゃない」


 自分の中で消してしまいたい過去の中、自分を嘲笑うかのような少女の声。街田にとって、『友達』という言葉は哀れみにまみれた侮蔑と相違ない同情の意だった。

 睨みつける街田の視線。しかし、日秀は怯む様子もなく真っ直ぐな瞳で彼女を見つめ返す。街田には感じたことのない、異種の瞳だった。


「な、なによ……。その眼は」


 何を感じるまでもなく、未知の存在に彼女は抵抗の意を示し、口をへの字に曲げる。――すると、教室と廊下を間仕切る壁の向こうから、爆風が吹きすさび、ひとりの少女が小枝のように吹き飛んで、壁に叩きつけられた。


「美月さんっ!」


 ――あのときの好戦的な笑みはない。

 街田は知っていた。少女、美月が木枯唯の治療魔法を以って回復したとしても、ふたりの力量の差が狭まることはない。――そう、簀巻藁葉の魔力には、底というものがないのだ。


「だらしがないのう」


 ねっとりとした、心をまさぐるような声。

 何故、自分はこの老獪な魔女を頼ったのだろう。――自分は、『友達』という言葉を素直に受け入れられない自分は。もう、永く生きることのできない自分は――


 大鉈の刃が放つ鈍い光が、煙幕の中からきらりと瞬く。そして、簀巻は刃先をわざと美月の顔面を外すようにして、コンクリート製の壁を突き刺した。巻き込まれた美月のたおやかな髪がはらりと廊下に落ちる。


「かつてお前は、妾とともに数えられた最強の魔導士じゃった。しかし、それも今は昔の話じゃ。魂を分かち、感情を削ぎ落し、肉体も捨てて。お前は心も体もひどく脆弱な存在となった」


「あたしは、あの人とは……違う。同じにしないでっ」


 口では反抗する。だけど、その差は縮まらない。

 簀巻は魔力を込めた右手で美月を壁に押さえつけて金縛りにする。美月の背後でめりめりと音を立てて壁にひびが入っていく。もう彼女が、壁の向こうの校庭に向かって突き落とされようかという具合だ。


「違うじゃろうて。お前は、鏡花が削ぎ落した感情も意思も。強いものを持っている。じゃが、皮肉かな」



「さっきよりも、お前は弱い。桂木美月とやら、もうお前の身体は、お前のものではないということじゃ」



 圧倒している。余裕を見せたうえで、嘲笑で侮蔑し、いたぶっている。


 力。


 生きながらえば、生きながらえるだけ、自分に無力さが押し付けられる。病床で弱弱しく呼吸する父の姿。それは愛しい家族であり、自分の非力さの象徴であり、自分を苦しめる何よりもの呪縛。


 力が――


 父の担当医から、「もう永くない」という言葉を聞いたとき。自分は何を思った。何を感じた。父がこの世から消える恐怖か、それとも、父の命とともに引きずられて消え失せる運命の、己の命が恋しかったのか。


 力が、ほし――


 父親のため。自分のため。

 父親を救いたい。単なる自分のエゴ。

 どうしてこうなった。どうして、自由にいきれない。普通に生きれない。生きることが苦しい。死ぬことが怖い。

 変えてしまいたい。現実を変えてしまえるような――


 力が欲しい。欲しい。この自分を苦しめる、どうしようもない現実を。悪い冗談としか思えない残酷な運命を終わらせたい。自分を苦しめる頸木としてではなく、自分の命を救ってくれた、大切な家族として父と向き合いたい。太陽が燦々と照らす下で、父と笑い合いたい。

 そんな幸せが、欲しい。欲しい。たまらなく、たまらなく欲しい。

 力が欲しい。現実を変える力。自分を救ってくれた、父の魔法は、自分を苦しめる枷になり果てて、足りない。もっと、もっともっと欲しい。


 そんな想いの螺旋が、街田を狂わせた。

 美月が口を歪めながらも睨みつける力量の差。唯と日秀の脚をすくませる覇気。簀巻が持っている底の知れない魔力に、街田はその心を焦がした。


『父を生き返らせるためならば、何でもするか?』


 だから、隠すつもりもない自分を侮蔑する邪な笑みに対して、首を縦に振ってしまった。その瞬間から、父親は人質だ。約束を違えば、いつだって自分ごと殺されてもおかしくない。そんなこと百も承知の上で、その強大な力の傍に自分の身を置きたかった。


(そう、そう。あたしには、もうこれしか――)


「さあ、その魂を見せてもらおうぞ」


 簀巻のねっとりとした声とともに、右の手のひらから禍々しい紫色の妖気が煙のように立ち込める。それは、手のひらから、植物の蔓がにょきにょきと生えるような形で美月の左胸、心臓の位置を突き刺す。うにょうにょとうごめきながら、苦しみ悶える美月の胸の中から、それを抉りだす。


 どくんどくんと、脈打つ心臓。

 それに張り巡らされているのは、血潮を送る管とともに、緑色に光り輝く紋様。――魔導痕。


<main side>


 俺は治癒魔法を使った。美月は、致命傷というべき重傷から、たった一瞬で回復した。――使ったのか? 何も実感がない。

 俺の意思とは無関係で、奇跡がちょうどタイミングを合わせて訪れたとしか言いようがない。

 その証拠に、俺は無力なままだ。また、あの奇跡が俺に起こせるってのか。


 瓦礫にまみれた教室の中から、その小さくも大きな背中に向かってゆっくりと歩みを進める。俺が見下ろすくらいの背の小さな魔女に、美月が手も足も出ないなんて。そして、美月の左胸からはどくどくと脈打つ心臓が抉り出されていた。それに浮かび上がる紋様が放つ、緑色の光。見覚えのある光だ。

 街田を突き放した、俺の意思とは無関係の光。あのとき、俺の右腕にも、緑色に光り輝く紋様が浮かんでいた。 


 右腕が疼く。


 まるで、美月の心臓の拍動と共鳴しているかのようだ。

 俺は鼓動を共有している。俺を奮い立たせてくれた、銀髪の美月と。


「その手を離せっ」


 無力でもいい。ただ、俺を奮い立たせてくれた、あの自分勝手な声が聞きたい。そのためなら、俺は裸の王様でも、ヒーローでもなってやる。


 とんがり帽子の魔女の小さい肩が、小刻みに数度震えた。


「守られているだけの臆病者が、色気づいたか?」


 簀巻は右手に掴んだ心臓を美月の胸に押し付けるようにして戻し、振り向きざまに、左手に握りしめた大鉈を、俺の腹部めがけて突き刺して、押し倒した。意識が飛んでしまいそうだった。背中から、ガラスの破片に覆われた床に叩きつけられる。痛い。痛い。――だけど、奇妙だ。


 俺の腹部を貫いている刃の存在が、感じられない。


「お前は、ちょっとやそっとじゃ殺せないことになっていてなあ」


 代わりに、俺の右腕が疼いている。緑色の光を放ちながら。それは煙のように揺らめいて、俺の右腕から腹部を伝って、簀巻が持つ大鉈まで包んでいた。刃が貫いているはずの俺の腹部からは、血が出ていない。空間が歪んでいるかのように、刃先は虚を突いていた。


「なっ、……」


 床に手をつくと、切れて血が出て、鈍い痛みが走る。なのに、腹部は無傷だ。そんな奇妙な俺の格好を見て、美月も日秀も街田も、呆気にとられている。


「木枯唯、お前に致命傷を負わせるのは至難の業じゃ。鏡花の意思が働いておるからのう。母が息子を想う強い気持ちが、お前を死なせないようにしておる。――死を恐れし魔導士。死に対する恐怖は、誰しもが持っておるが、伝承にまでなっているのは三人のみ。そのうちの一人が――」


 だが、すぐにもっと呆気に取られるようなことが起きる。


「この、妾じゃっ」


 簀巻は俺の腹部から引き抜いた刃を、今度は自らの腹に突き刺したのだ。何のためらいもなく、突き刺しておびただしい量の血をリノリウムの床にだらだらと流す。小さな体はひざを折って崩れ落ちた。

 

「なっ――」


 苦痛に歪んでいるはずの簀巻の顔は、相も変わらず邪な笑みを浮かべていた。老木の仮面に覆われた、左半分でさえ、こちらを笑っているかのようにからからと揺れている。

 

「案ずるな。この体の痛覚は、刃を突き刺す前にシャットアウトした。痛くも痒くもないわい。妾は、傀儡術と憑依術を駆使し、自らの分身を数え切れぬほど作ったうえで、意識をクラウド共有し、常に非局在化させておる。ごまんとあるうちの一体なんぞ、何の価値もない」


「――じゃが、皮肉かな。焦がれた永遠の生と引き換えに、生の価値も著しく落ちぶれた。残るのは、ただ己のとどまることを知らない欲ばかり。死を恐れる者は皆、その心や、人間性を欠くことになる」


 どくどくと血を流し、刻一刻と屍になる身体で、簀巻はつらつらと言葉を並び立てる。確かに、死ぬことが怖くないと言えば噓になる。街田に攻められた時も、それが原因で突き放したようなところもあった。

 ――でも、それが永く続けば、生の価値を貶める惰性になるのか。


「木枯……唯……、お前が生きているということは、お前が鏡花の意思によって……死なないようになっているのは、すべて、ことわり運命さだめを捻じ曲げた魔法のせいだっ。――わかるか、唯。お前がこの世に生きているということ自体が、間違いなんじゃ」


 簀巻の声が途切れ途切れになってきた。出血が多すぎて、発語が肉体的に難しくなってきたのか。もう、目の前の彼女が屍になるまでは秒読みといったところか。それでも、こちらを嘲笑う笑みは変わらない。――俺の命を、彼女は否定した。


 俺が生きていること自体が、間違い?


『……、唯。すまない。お前は、生まれてはいけない存在だった。――だからせめて、痛みを感じることなくここで死んでくれ。世界のために』


 脳裏に、地下室で見た禁断の記憶が蘇る。自分の父とは思えない、冷徹な言葉。


「違うっ!」


 それを再び否定したのは、銀髪の美月だった。左胸が痛むのか、握り拳で左胸を押さえて、肩を荒々しく上下させて、ふらふらと立ち上がる美月。


「木枯君が生きていることは、間違いなんかじゃないっ! 誰かが生きていることが、間違いだなんて絶対ないんだもんっ!」


 おめでたいやつだ。簀巻は、ふて腐れた笑みを浮かべた後、力を失ってうつぶせに倒れこんだ。目の前の彼女は死んだ。だが、死ぬ手前の彼女の言葉を読み取れば、どこかにいる彼女の分身に意識が移っただけ。底が知れない。俺たちは、解放されたのかも知れない。だけど、これはまったくもって、勝ちには程遠い。


「木枯くん、大丈夫っ?」

 

 美月が俺の身を案じて、ゆっくりと歩み寄ってくる。本当は走りたいのだろう。だけど、走れない。だから、同じく俺の身を案じてくれた日秀が、美月の肩を担いでふたりして、俺のもとに駆け寄った。


「唯、傷は?」

「大丈夫、大したことない」


 そう言うと、体全体を這うようにして纏わりついていた鈍い痛みが、すぅっと引いた。簀巻は言った。俺を守っているのは、俺の母親、鏡花の意思だと。――でも、なんだろう。感じるのは、温かみよりも、どこか縛り付けるかのような冷たい執着のようなもの。


『あなたは唯じゃない』


 街田を突き放した、あの言葉。

 なんだろう。なにが、引っかかるのだろう。俺は、唯で。街田は唯じゃない。――当たり前のことだ。そして、俺の母親の意思は、あの瞬間、息子である俺を守るために、街田を拒絶した。それで、俺は命拾いしたのだけれど。何が違うというのだろう。

 銀色の髪の美月からは、感じ取ることのない、なにか冷たいものが。――俺の記憶にいない母から感じ取れた。


「よかった。よかっ……た……」


 美月が俺の無事を理解して涙を流す。銀色の髪の美月は、笑ったり、怒ったり、泣いたりと忙しい。日秀はその横で、噛み締めるような表情で頷いた。――ただ、街田だけは俺たちに氷のように冷たい視線を投げかけていた。


「つくづく、おめでたいのね。あれで、あの人が敗れたわけじゃない」


 刺々しい瞳で、赤縁眼鏡の奥から覗いてくる。

 そんなことは言われなくても、分かっている。命は助かったのに、敗北感がひとつもぬぐい切れない。わざわざあきれ果てたようなため息をつかなくたって、十分わかっている。――それに、その静脈が浮き出るほどに握りしめた拳。ゆがんだ口もと。――無理をしているように見える。


「あの人は、いつでもあんたたちを手に入れる気でいるわ。あたしだって、いつだってあんたたちを殺すつもりでいる」


 捨て台詞を吐いて、足を引きずりながら背中を向ける。日秀がすくっと立ち上がり、遠ざかる背中に向かって声をかけた。


「あの魔女のところに戻るのか。あの魔女は、街田さんを利用しているだけだよ」


 背中がぴたりと止まる。――やがて、日秀の方を振り返り、右腕を思いっきり伸ばして、彼の頬を平手で打った。思わずよろける日秀。


「うっさいわよっ! 今更、あたしにどう生き直せって言うのよっ。――どうせ、笑ってるんでしょ。救われない、あたしをっ」


 えっぐ。えっぐとむせ返しながら、涙の川を両の頬に流す。悲愴にまみれたその表情が、彼女が視界から去った後も、目に焼き付いて離れなかった。


<おまけSSその61>


安奈「あ~あ。このままだと、あたしたちは年内はおまけ担当のままなようねー」

雷雷「でも、次からは、あたしたちがメインになるそうよ」


安奈「えっ、じゃあ気合入れていかないとって、あれ? ――三井名ちゃんは?」

雷雷「ああ。なんでも、楽しみにしていたBL漫画の新刊発売日だそうで」

安奈「いや、戻って来いよぉおおおっ!」


<おまけSSその62>


簀巻「というわけで、妾の大活躍もこれで一区切りというわけじゃ! 妾の半ばチートとも言える設定も明らかになったことじゃし。今回のお話は、妾のファンにとってはたまらないものじゃったのではないかえ? ――よし、テオドールっ! 妾は疲れたのじゃっ! いつものあれを持ってこい!」


テオドール「……」

簀巻「どうした? テオドール? 早くせんかっ」


テオドール「いや、私が面倒を見ていた分身が死んでも、私のやることは変わらないのだなあと」

簀巻「そうでもないぞ。今の妾は、金のつぶよりも、おかめ納豆のほうが――」

テオドール「至極どうでもいいわっ!!」


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