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パッチワークソウル 第一部  作者: 津蔵坂あけび
Chapter 3. そして俺は恋を知る。
29/53

禁制魔法⑦


<main side>


 ぱらぱらと瓦礫の崩れる音がする。

 砕け散ったコンクリートの板の山が積み重なっていたのが、中から突き上げられるようにして崩れ、ぷはぁと顔を出すとんがり帽子の魔女、簀巻。もう少しのところで、彼女に大鉈で切り裂かれようかというところで、また俺は美月に助けられてしまった。

 だけど、俺を助けてくれた美月は、いつもの美月ではなかった。


「木枯くん、大丈夫?」

「あ、ああ……」


 机がなぎ倒された教室の床にへたり込む俺の顔の前で、銀色の長い髪がさらさらと揺れて甘い香りを放っていた。

 いつもの美月は、俺のことを唯と下の名前で呼び捨てにする。木枯らしくんだなんて呼ばない。いつもの美月の髪色は黒髪だ。でも、前髪の一部だけは銀色だ。それが今では頭髪全体が銀色で。

 そして、それと合わせるかのように、いつもは無感情なのが感情を剥き出しにしていた。肩を上下させて荒い息を漏らし、簀巻を凝視する。鋭い瞳だ。それこそ、俺に向けられているものでもないのに、こちらが萎縮してしまうほど。

 しかし、簀巻はそんな視線を受けてなお、笑っていた。それは含み笑いから、腹を抱えて肩を揺すって大笑いになった。恐れるどころか、嘲り笑っているかのよう。

 

「鏡花よ、お前もずいぶんと浅ましいのう。他人の生を否定してまで、生きのさばりたいか。まあ、妾も他人のことを言えるわけではないがのう」

「あたしは、あの人じゃない……」


「そうじゃったのう。しかし、お前も鏡花のおかげで生きながらえているのなら、とやかくは言えまい」

「そうね。だけど、あの人では木枯くんを守れない」


 銀髪の美月は鏡花と呼ばれることを否定した。

 黒髪の美月は、それについて触れなかったのに。あの人。そう言えば前にも、そんな形容をしていたな。


 美月はまっすぐな瞳で、簀巻を睨みつける。

 その気迫は、いつもの頼り甲斐のある美月だ。いや、今の美月からは明確な意志が感じられる。そう言った意味では、その気迫はさらに増したと言っても良い。

 美月の右手に光が集まり、三日月刀の形に魔力を具現化させる。


「だから、あたしがこうして出てきたの」


「お前は鏡花にはないものをもっておるのう」


 瓦礫の中から抜け出して、ふわりと浮き上がる簀巻。いくら不意打ちを喰らったとはいえ、やはりピンピンとしている。というより彼女を倒すことができるのだろうか。彼女が纏う禍々しい気迫は一向に消え失せる気配などない。指をぱちりとならす。その禍々しい気迫は、右手を伝って手元に集まり、紫色に揺らめく煙の中から大鉈を出現させた。相も変わらず、自身の身長を軽く超越している刃渡り。しかし、それを今度は床にこすりつけることはなく軽々と持ち上げてみせる。

 どうやら、重たそうに引きずっていたのは、俺をいたぶるための演出だったらしい。

 

「これで、お前に対する興味もすべて解決した。あとはお前を――」


 身を屈め、教室の床をたんっと蹴る。

 彼女はにんまりとほくそ笑み、その刃渡りから考えれば十分すぎるほどの間合いにまで切り込む。

 マントを羽織った状態で姿勢を低くすれば、刃先は闇の中。居合いのごとく、大鉈は振りかぶられる。


「完膚無きにまで叩きのめすのみじゃっ」


 とっさに美月は三日月刀で受け止めるも、刀身はもろく砕け散る。みためから三日月刀と大鉈では刀身の大きさが優に十倍は差が付いている。それが実物そのものというより、魔力を押し固めたものとして考えるならば、もうそこに実力の差は出てしまっているのか。

 奥歯を噛みしめて、口を歪める美月。再び右手に握られた三日月刀。魔力を再構成して作ったものだが、同じものでは簀巻の大鉈に対して文字通り刃が立たない。

 

 突き出された細い刀身をひらりとよける。


「どうしたのじゃ? さっきよりも太刀筋が粗いぞ」


 いつもの美月とは中身が違っている。それが剣裁きに現れていた。突き出された一撃は、簀巻の右脇を掠める。前傾姿勢になった美月の背後に回り込み、飛び上がって膝を背中に食い込ませて、バランスを崩させる。

 よろける美月を、大鉈でなぎ払う。刃になっていない面でも、かなりの打撃を誇る鈍器になりうるそれは、美月の体を吹き飛ばした。


「うっ!」


 床に身体を打った衝撃が、満身創痍になった全身に響いている。中身は入れ替わっても、すでに傷だらけだった身体を治癒することはできない。肩をがくがくと震わせて、よろめきながら何とか立ち上がるその姿は、見るのも痛ましい。


「中身が変わろうと、情けないガキにご執心なのは変わらんようじゃな。青春は短いのじゃ。恋する相手は選んだ方がよいぞえ」


 呆れがちにため息をつく簀巻。

 美月は、歯を食いしばり、俯けていた顔を上げる。

 不甲斐ない俺のことも、ぼろぼろになった自分もすべて承知の上。邪な笑みを浮かべる簀巻に、はっきりと意志の宿った強いまなざしを向ける。


「あの人も、あたしも使命は同じ。木枯くんを守ること。誰がなんと言おうと、それは変わらないっ」


 俺のために命を捧げる。中身が変わっても美月のその覚悟は同じだった。ただ、俺はその覚悟の理由を知らない。

 美月。俺と美月は、ほんの昨日会ったばかりじゃないか。君が転校生として紹介されて。綺麗な人だなと思った。同時に、俺とは縁遠い存在だとも。


『だから、あなたのこと好きだからって言ってるじゃない。なんならこう言ってあげるわよ。愛してる』

『愛してる人を守るのは当然の行動でしょ』


 だけど美月は、俺にそう言って。何度も襲われる俺を庇って。今も傷だらけになって。

 だけどだけど、俺は自分のことも、君のことも何も知らない。

 俺は君みたいに魔法を知らない。俺に何かできることはーー


 そう考えるけれど。考えることはできるけれどーー


「使命ねえ」


 ざくり。


 そんな鈍い音が、俺のぐるぐるとまわる思考回路を停止させた。刃でもって乱暴にぶった切られたように。

 そう、まるで目の前でそうされた、美月。君みたいだ。


 君は左胸から血をぼたり、ぼたりと垂らして。肩をざっくりと貫かれていて、腕なんてもげそうだ。

 確かな意志を持って輝いていた眼は、濁り始める。間もなく訪れる死を知覚して。


「どうじゃ、感じるじゃろう? 冷えていく体温。遠のく意識。死んでいく己の身とともに、死への恐怖、生への渇望。そして、尽き果てぬ自身の愚考への悔恨」


 美月の身体に刃を振り下ろした凶手は、もちろんのこと簀巻だ。嫌みたらしくねっとりとした冷たい声で、致命傷を負った美月をさらに言葉責めにする。


「人間は真に命の価値を知ることはない。それが分かるのは、自分が死にゆく時だけじゃ。それは七百年余りものあいだ生きている妾でも変わらぬことじゃ。人は死ぬそのときまで、使命だの、名誉だの。つまらぬ自暴自棄でそれを軽視し続ける。後悔しているだろう? お前は鏡花と違う。唯とは全く無関係の赤の他人じゃ。別段お前が身を呈す義理などなかったのじゃ」


 口を歪めて、歯を食いしばる美月。

 俺は守られているばかりで、ひどく無力だ。美月を守ることが、美月を助けることが、俺にはできない。

 ただこうして、無様に手をこまねいて、口をぽっかりと開けて。心の中で三つ指を立てて頭を下げる。


 俺にできることは、それくらい。所詮、それくらいなのか。


「守られておきながら、何もできない情けない男を選んだことを悔いるが良い」


 美月を通して俺自身までもが、いたぶられているみたいだ。

 誰もが無力な俺を笑うだろう。

 

 そう思ったそのとき、美月の身体が光った。髪色と同じく鈍く光る銀色だ。自身の身体にまとう魔力を、咆哮とともに解き放ったのだ。


「月の魔法。時間の流れを遅らせることはできても、逆戻りはできない。この刃はお前の心臓に届いている。力はむげに使うものではないぞ。今更、時間を引き延ばしても何の得にもならん」


「……彼は……、情けなくなんかない。そんなの、あたしが許さない。木枯くん、甘ったれないで。そんなの木枯くんじゃないでしょっ! いつだって、あたしを助けてくれたじゃないのっ! だから今度は、あたしが木枯くんを助けるんだって、こんな気持ちにさせた責任くらい、取らないと承知しないんだからっ!」


 また美月は、よく分からないことを言った。

 俺が美月のことを何度も助けた? 人違いだろ?

 俺は美月と、ほんの昨日会ったばかりで。それまでは何も知らない他人同士のはず。


「ごめん、美月さんはそれはきっと誰か違うーー」

「うるさいっ、木枯くんはあたしを助けてくれたんだもんっ」

「俺には魔法なんて使えないっ、美月さんを助けることなんてできなーー」

「木枯くんに魔法の才能だとか関係ないっ! 木枯くんは、木枯くんなのっ! あたしの大好きな、ヒーローなのっ! 信じろ、バカっ!」


 ああ。なんて強引で。自分勝手なんだ。銀髪の美月は、俺を裸の王様にでも仕立て上げるつもりなのか。

 だけど、どうしてそんなことを、美月はあんなにも真剣な目をして。それも今自分が死の淵にあるというのに。


 信じろ、バカっ!


 美月の声が、脳裏に反響する。

 美月があんな大真面目に言ってくれた言葉だ。


 だったら、俺は信じよう。だけどどうしたらいい?

 そっか、こういうときに俺は勢いに任せられないから駄目なんだ。俺は訳も分からないまま、叫んだ。

 

「うああああああっ!」


 俺は魔法の使い方も知らなければ、拳を振りかざして戦う術すら知らない。それでも、美月は俺を信じてくれたんだ。

 ーーだけど、俺の声は空しく教室の中に響くのみだった。まるで、俺が目の前の現実を受け止めることができず、悲鳴を上げたみたいだった。

 それを簀巻は、腹を抱えてあざ笑った。そしてひと思いに美月の左肩に食い込んでいた大鉈を振り下ろした。美月は結界を張って、その中の時の流れを遅くさせている。簀巻はとっくに大鉈を振り下ろしたというのに、美月を取り囲む球状のゆがんだ空間の中で、美月の左腕がゆっくりと、じりじりと切り落とされていく。致命傷がある状態で、時間の進行を遅らせて、意識をつなぎ止めた。そうすれば、死までの苦痛にもだえる時間ばかり長くなるだけなのは目に見えていた。

 だけど、それでも美月は口を歪めながらも笑っていた。

 そして、結界の中で美月は左腕を切り落とされた。もう美月は血の通わない身体になってしまった。美月が張った結界は砕け散って、泡となって空気の中に溶けていった。あとには、左腕をなくした屍が、鮮やかな赤い血の池をつくっていた。


 だけど、そのとき、聞こえるはずのない声が聞こえた。


「木枯くん、ありがとう」


 呆気にとられたような顔をする。俺も簀巻も。


 先ほどまで血を流して、倒れていた屍はどこに消えた? 


血の染みはべったりと床に残ったまま。だけど、銀髪の少女は俺の視界の中で、あの鋭い眼光を瞳に宿して立っていた。その透き通るような素肌には、かすり傷ひとつすらない。

 そして、いつの間にか俺の全身にあった打ち身や、切り傷も癒えていることに気づく。


「さあ、続きを始めましょう。七百歳越えのおばあさんっ」


 美月は簀巻きに向かって、好戦的な笑みを向けるのだった。



<おまけSSその57>


安奈「あ~あ、今年の夏もあたしに彼氏はできなかった……」

三井名「そもそも、安奈ちゃん行動を起こしていないじゃない。行動なくして、ただ待っているだけじゃ、いい人なんて現れないわよ」

安奈「いやまあ、そうなんだけど、だからってどう行動したらいいのよ」


雷雷「そうね。SNSで、ひと夏の経験してみたいです♡って書けばーー」

安奈「それ、100%いかがわしい出会いしかかかってこないよね……」


<おまけSSその58>


安奈「三井名ちゃん、だれかいい人紹介してくれたりしないの?」

三井名「百合でよければ、紹介するわ」

安奈「あたし、彼氏欲しいって言ったよね?」


三井名「百合でも、攻めは男っぽいさっぱりした女の子が多いわよ。受けはしおらしいしっとりした女の子が似合ってるわ。ああ、でもねっとりとした悪女のような攻めと、おどおどした純朴な少年風の女の子の受けというのもいいのかも知れない。いや、いっそ発展させて年齢差と体格差をつけて、まだ胸が膨らんでいないロリっ娘が、巨乳のお姉さまに弄ばれるだとか……。うーんでも、やっぱりあたしは、やおいのほうが萌えるかしら。荒々しい先輩の男の子と犬っぽい後輩の男の子が……」

安奈「とりあえず、あんたには、この手の話題は一生フらないようにするわ」



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