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パッチワークソウル 第一部  作者: 津蔵坂あけび
Chapter 3. そして俺は恋を知る。
27/53

禁制魔法⑤


<main side>


「……ごめん」


 どうして、そんな言葉が口を突いて出たのだろう。

 目の前で肩を震わせて蹲る少女。さっきまでは、その小柄な体躯とは裏腹な気迫で俺を圧倒してきたというのに。ここまで、しおらしくなってしまうなんて。

 だけど、この心臓を抉り出そうとする彼女を拒絶したのは、他でもない俺自身だった。美月の声が聞こえたからとか、いろいろ言い訳を引っ張り出すことができるけれど、一番簡単な理屈は「死にたくなかった」だ。


 じゃあ、なぜ彼女は俺の心臓を抉り出そうとしたんだ。

 そんなことしたら俺も死んでしまうじゃないか。


 彼女は、幼いころに死んで、父親の蘇生魔法で生き返った。でも蘇生魔法に要する多大な魔力のせいで父親は、植物人間。それも七年もの間。七年という歳月は、彼女と父親の両方を蝕み、互いに衰弱させた。そのために、俺の中に封印された‘ある人’を欲しがった。


 木枯鏡花こがらし きょうか


 俺の母親。最も家族である俺が知っているべきはずのことなのだが、あいにく母親のことはほとんど覚えていない。きっと、その力に焦がれ続ける彼女の方がよく知っているだろう。――など諸事情はあるが、彼女も理屈は同じだった。


「死にたくない……。あたしは、死にたくなんかない……」


 うずくまる彼女から、か細い声が漏れる。

 俺がこの心臓を捧げれば、彼女と彼女の父親は救われるのか。だけど、美月の声が奮い立たせてくれた命を無下にできない。


「ご、ごめん。お、俺には何もできないけれど……。俺は美月さんに助けてもらった命を無駄にしたくない。み、美月さんは、よく分らないけれど、俺に生きて欲しいって、言ってくれたから。そんな人の前で死にたくない……」


 がくがくと震える彼女の背中の、振動数がゆっくりと変わっていく。小刻みに震えてしくしくと泣いているのが、やがて腹を抱えてけたけたと含み笑いを漏らすように。そして、彼女は姿勢を低くしたまんま、俺に向かって突進してきた。


「危ないっ!」


 呆然とする俺の前に、美月が躍り出た。間一髪のところで、美月が彼女が突き出した刃を抑え込んだ。しかし、そのために美月は直に刃に触れてしまっている。痛みを紛らわすために、美月は声を上げる。彼女の手に握られたナイフを叩き落とし、それから痛みのあまり、崩れ落ちる。その手からは鮮やかな血がだらだらと流れて、制服を汚していた。


「み、美月さんっ!」


 慌てて駆け寄る。両の掌の傷口がぱっくりと開いて、肉が見えてしまっていた。見ているだけで、その疼きと痛みがうつって来そうだ。


「大丈夫……。これしきのこと……なんともないわ」


 そうは言っても、利き手どころか両の手を大きく負傷している。

 美月の容態を庇う俺の背後から、彼女の氷のように冷たい声が響いてきた。彼女は再び、その小柄な体躯からは想像もできない気迫を纏っている。


「ごめんなさい? うっさい……」


 他でもない。自分を否定されたことに対する恨み。


「なによ。あたしを助けもせずに拒絶しておいて。なによ。あたしに情けをかけたつもりで突き放して。――お前は、優しい面して、結局あたしを見捨てるんだろっ? お前に……、お前なんかに、同情されたくないわっ!」


 美月の血が刃先にべったりとついたナイフを拾い上げる。振り向いて目にした、彼女は般若の形相だ。その視線もナイフのように鋭い。今にも背中から一思いに貫いて来そうだ。


「お前らふたりとも、死んじゃえば? あたしが惨めで救われなくても、お前らが死んじゃえば、あたしが笑ってあげる。あたしの前で、死にたくないだとか、生きたいだとか――」


 その鋭利な刃先をこちらに向け、引きつった笑みを浮かべる。


「殺してやるっ。目障りなんだよ、お前ら……」


 眼鏡の奥から投げかけられる、氷のように冷たい視線。

 背筋をぞわぞわと何かが走るような感触。蟻走感とか言う言葉が可愛く思えてくる。なのに、四肢の感覚が馬鹿になって、俺は床に座り込んだまま、口をあんぐりと開けて彼女を見上げることしかできなかった。


「――結局は、あたしを選べないだけでしょ? 善人ぶってんじゃないわよ!」


 こんなときに、情けない俺は美月の表情を横目で見やる。――美月も胸を抑えて、震えていた。


「違う……、ちがう。私は、唯のために。唯のためなら、正しいもの」


 俺のためなら正しい?

 

『私は、唯にだけ、力を使った。私の愛する――』

 

 あのときに聞こえた口ぶりとどこか似ている。


 俺のことが好きだから。俺に生きていてほしいから。俺のためならば正しい。正しいのか? どうなんだ? それで、目の前の彼女を見捨てて。でも俺は、彼女を助けようとしたら……。


 自問自答に苛まれる俺に、いよいよ彼女のナイフは、振り下ろされようとしていた。何が正しいのかなんて、とっくに見失った彼女の行動の方が速いのは、皮肉だ。――だが、彼女の刃は俺に届くことはなかった。


 目の前で彼女は、後ろから肩を羽交い絞めにされていた。

 日秀が、彼女の肩を取り押さえたのだ。


「はっ、はなしてっ!」

「抵抗してみろよ! あんたに魔力はもう残ってないっ!」


 日秀は、魔法を使えるはずの彼女が刃物を取り出したその理由を見逃さなかった。おそらく、彼女に抵抗するだけの魔力が無くなってしまったのだろうと。

 彼女は悔し気に歯を食いしばる。――図星だったのだろう。

 

 もがくも根元をがっしりと固められては、力が入ったものじゃない。彼女との攻防は落ち着いたかに見えた。だが、パンパンパンと妙に気の抜けた手拍子が、静寂に割って入る。


「そこまでじゃ。そこまでじゃ」


 やけに年寄り臭い口調に似合わない、幼い少女のような声だ。だけどねっとりとしていて、嫌味たらしい。女の人の声で、一瞬聞いただけでこんなにも嫌悪感が走るのは、いったい何なのだろう。

 考える間もなく、俺と美月の目の前に真っ黒い穴が現れた。

 ちょうど、俺と日秀に腕を羽交い絞めにされている少女の間くらいの位置に、ぽっかと穴が開いた。

 その黒い沼の底から、ねっとりとした声の主が湧き上がるようにして現れた。いかにも魔女と主張するとんがり帽子に、肩を覆う蓑。小柄な体格は、十数歳の少女かのようだが、どうにも貫禄がある。極めつけは、幼さの残る顔の左半分を覆う老木でできた仮面。強烈な見た目をした魔女だ。


街田涙まちだ るい、逆上して力を使い過ぎると、自分ごと父親を殺すことになるぞ」


 街田涙まちだ るいと、魔女は眼鏡の少女を呼び捨てにした。

 突然の魔女の登場に、日秀は動揺するも街田を羽交い絞めにしたその腕をほどけないでいる。だが、思わず魔女の気迫に圧倒されて、生唾を飲み込んでごくりと喉を鳴らす。

 魔女は、街田の眼前に掌を突き出す。

 にやりとほくそ笑む。小児のような外見にはとても似合わない、老獪ろうかいという言葉が似つかわしいよこしまな笑み。


「失せるのじゃ。脆弱な出来損ないの役立たずが」


 掌の先から突風が吹き荒れて、街田は背後の日秀もろとも吹き飛ばされた。冷酷な罵倒に足蹴りにされながら、ふたりの身体はごろごろとリノリウムの床に転がされる。

 

 この魔女の狙いは俺なのか。


 咄嗟に思った。いつも自分が狙われてばかりで、美月に守られてばかりだから。 

 けれど、こいつは俺の予想とは真逆の言葉を、その口から発した。


桂木美月かつらぎ みつきとやら。妾はお前に興味が沸いた。この世界最強と謳われる魔女、簀巻藁葉すまき わらはと一手交えてもらおうぞっ!」


 この魔女の狙いは、始めから美月だったのだ。


<おまけSSその53>


杏奈「あっつーい……、もう早く夏終わらないの? 日陰でも暑くるしくてたまらないわ」

三井名「太陽が浴びれないとなると、思いっきり日光浴なんてのもできないし。無駄に暑いだけだよね」

杏奈「そうよっ!彼氏もいない上に、海に行けない夏なんて滅ぶべきなんだわっ!夏っていうのは、彼氏と海に行って水着姿ではしゃいで。海の家でラーメンとか、かき氷とかを食べるためにあるのよっ!」

三井名「杏奈ちゃんって結構可愛い思考だよね……」


杏奈「じゃあ、あんたは海に行って何するのよ」

三井名「そりゃもう水着姿のきゅっとしまった美形の男の子の身体と身体が、絡み合うのを妄想して、きゃぁぁああああっ!」

杏奈「キャーじゃねえよ。もっとマシなもん妄想しろ」

雷雷「じゃあ、あたしはむしろヌーディストビ――」

杏奈「あんたは出てこなくていいっ!」



<おまけSSその54>


杏奈「もうほんっとあっつい。うー……。あれ? 雷雷、それ何食べてるの?」

雷雷「これ? あたしの特製アイス」



杏奈「あのさ、それ……多分だけど辛いよね?」

雷雷「辛くない食べ物に価値なんてないわ」

杏奈「アイスが辛いことに価値はねえよっ! だいたいなんで、アイスまで唐辛子まみれなんだよ!」


雷雷「いや、夏って辛いもの食べたくなるじゃん」

杏奈「まあ、そういう人もいるよね。いるのは分かるわ」

雷雷「で、夏はアイスとか冷たいものが食べたくなるじゃん」

杏奈「うん、それはすごく納得できる」


雷雷「だからほら――」

杏奈「いや、そのふたつを一緒にする意味は分からねえよっ!」



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