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パッチワークソウル 第一部  作者: 津蔵坂あけび
Chapter 3. そして俺は恋を知る。
25/53

禁制魔法③


<another side>


 窓の外には、真っ赤な空が広がる。浮かぶ雲の色は煙の塊のようにどす黒い。おげら、おげらと現実では考えられないような、禍々しい鳥の鳴き声が窓の向こう側から漏れている。


「テオドール、例のやつを持って来んか」


 革張りのソファーに座るとんがり帽子の魔女は、背後の何もない空間に向かって呼びかける。すると、紳士服姿の男が突然に姿を現し、やれやれとため息をつく。


「いったい、一日にいくつ食べる気ですか。帰って来たかと思えばすぐこれですか」


 悪態をつきながら、年季の入った板張りの床を底の固い革靴で踏みしめて、こつんこつんと音を出す。そして、彼は丸っこいフォルムのレトロなデザインの冷蔵庫の中から、発泡スチロール製のパックが三つ連なったものを取り出した。

 

「簀巻様、お持ちいたしました」

「うむ、皿を持て」


 男が線の整った指をぱちりと鳴らす。すると、唐草模様の茶碗がテーブルの上に現れた。簀巻というこの魔女、パックの中からネバネバと糸を引く豆を箸で、茶碗の中に掻き出していく。そして、パック三つ分のそれが茶碗に収まったところで、上からだし醤油のパックを開封し、芳醇な香りがするつゆを糸を引く豆の上に垂らす。

 ところが三つ目の袋を開封しようとしたところで、手にかかってしまう。 


「またマジックカットに失敗したわい」


 さらに練りからしを加えて、箸で糸を引く豆をざっざざっざとかき混ぜる。ねちっ、ねちっと糸の粘りが強くなっていき、色も茶色だったものが、だし醤油やからしの色が加わって、ほのかに黄色が混ざっていく。そして、もとから香っていた鼻を刺すような臭いも強くなっていき、テオドールは顔をしかめるが、簀巻は目をつぶって鼻孔を広げて匂いを堪能する。


「うむ、誠に美味じゃ」


 端に糸を絡めるようにして、いい塩梅あんばいに混ぜられたそれを口に運ぶ。どうやら簀巻は、この臭気を放つ奇妙な食物が大の好物らしい。


「本当に好きですね。納豆」

「当り前じゃっ! もう冷蔵庫のストックも、切れている頃じゃろ? また買っておくのじゃぞ」

「はいはいはい……」


 呆れがちな返事をするあたり、テオドールはあまり納豆が好きな質ではないらしい。

 簀巻は、飾り棚に置いてある銅鏡を取り出し、テーブルの上に置いた。銅鏡には装飾の施された裏面には緑青がこびりついているが、表面は綺麗に磨かれていて、簀巻の顔を映している。

 簀巻は、銅鏡の前に手を翳し、目を閉じて鏡の前で空を斬る。

 すると、鏡の中には、それを見つめる簀巻の顔ではなく、どこかの風景が映り始めた。崩れた瓦礫によって塞がれた廊下が見える。学生服姿の少女がふたりと、少年がふたり。年のころは高校生くらい。ひとりの少女は、長い髪で背が高く、もうひとりの少女は小柄で短髪、眼鏡をかけている。


「借り物の魔力のくせに、よくやるものじゃのう」

「……街田をつかわせているのですか。なぜ学校に?」


「あの女童めのわらわは、今ビルごと鳥取砂丘に飛ばされておる。どうせ、木枯唯こっちにも用があるのじゃから。それに……、街田あいつには絶望してもらわんと、こいつの試し甲斐がないわい」


 簀巻は懐から、植物の種のようなものを取り出す。迦楼羅かるらという名の中国にいる魔女から取り寄せたという寄生性の魔導植物ストライガの種子だ。それを見るや否や、テオドールは苦い顔をする。


「なんじゃ、なんぞ不服なことでもあるのかえ?」

「それを使えば、街田は滅びますよ」


「知ってのことじゃろう? もとより、あいつはもう死んでる身のくせに、父親の魔力を借りて生きておる。その父親も娘を生かすために病床について、意識不明の重体。どちらも脆弱な、出来損ないじゃ。まったく……、無様に生きながらえているものじゃ」


 自分が利用しておきながら、出来損ないと罵倒する心無さ。テオドールは口を歪める。テオドールもまた、彼女に使われている身として、心が痛むのだろう。


「さて、その脆弱な魂がどこまで持つか。とくと見させてもらおうぞ」


 胸を痛める彼をよそに、簀巻はにんまりとほくそ笑み、糸の引いた口元を舌で舐めるのだった。


 銅鏡に映る景色の中で、ひとりの少年が倒れている。


*****


 木枯唯こがらし ゆい。彼のもとに背の高い、黒髪の少女が駆け寄り、必死に揺さぶり起こそうとする。


「唯っ! 唯っ!」


 しかし返事はない。だが触れた手から、微かに温もりを感じる。


「安心しな。殺してはいないわよ。彼には、眠ってもらっているだけよ。殺したら、彼の中の力が手に入らなくなるからね」


 長い黒髪が前にだらりと垂れて、表情は隠れているが、握りしめられた拳からひしひしと怒りが伝わって来る。


 それを感じていても、挑発を続けるのは眼鏡をかけた少女。簀巻が唯を襲撃するようにつかわせた魔女、街田涙まちだ るいだ。


桂木美月かつらぎ みつき……、なんで彼につきまとってるの?」

「――私は……失いたくない……」


「私は、二度も……唯を失いたくないっ」


 美月は立ち上がり、右手を空に翳して、光の粒を集める。魔力の結晶。それを思い描く形に固めて、具現化させる。刀身の細い両刃の剣、だがそれは、形を成す前に砕け散ってしまう。

 その様子を見て、街田は鼻で笑っている。

 だが、美月は諦めない。しかし、何度やっても結果は同じ。形を成す前に彼女の魔力は砕け散る。


「無駄よ」


 街田の冷たい声が響く。右手をとりまく陽炎のオーラを強めて、今度は両手にまとわせた。陽炎は空間が歪んで見えるようなものから、黒の混じった紫色の揺らめく炎のようなものへと見た目を変化させる。

 そして、大きく振りかぶって手刀で斬りかかった。

 かろうじてかわす美月。触れてしまえば最後、空間の歪みに飲み込まれて、骨ごとぶった切られる。

 ちぃと舌打ちをし、脚にオーラを纏わせて上段廻し蹴り。それを屈んで避ける美月。かわすことはできているが、それができなければ死を意味するのだから、全く気が抜けない。おまけに、美月は自分の武器である三日月刀が使えない。


(くそっ、なぜ……)


 美月は思うようにならない戦況に、苛立ちを抱く。


(魔力を空間に放出し、具現化する使い方は上手くいかない……。何故だ?)


 三日月刀はもとは、美月が紡ぎ出した魔力の塊。最初はうまくいった。その証拠に、始めに具現化させた三日月刀は、形を残し続け、唯の心臓を貫いた。


(あれは、そのあと何処に消えたのか……)


 疑問を浮かべる瞳に、次の一手を仕掛ける街田が映る。オーラを纏って文字通り刀とかした手刀を突き出す。身体をそれが触れる間際で回転させてかわし、街田の首元に掴みかかる。だが、美月の手は空を斬った。そこにあの三日月刀の刀身が現れ、美月はその鋭い刃を素手で掴んでしまう。皮膚に白銀の刃が食い込んで鮮血が滲み出る。


「うああああああああああっ!」


 リノリウムの床に滴り落ちる血。刀は、からりと音を立てて床に転がる、深手を負った右手の痛みに怯んだところを、背後から街田が斬りかかろうとするところで、何処からともなくねっとりとした声が響いた。


「街田、殺しはするな」

「……、なっ」


 動揺した街田の足を、雄たけびを上げて痛みを紛らわしながら、足払いを喰らわせてすくいとる。街田はバランスを崩して床に倒れ込む。


「邪魔しないでくださいよっ」


 天から聞こえた声に、邪魔をされた怒りをぶちまける街田。美月は崩れ落ちた彼女の身体に覆いかぶさり、身体ごと回転させてマウントを取る。形勢を覆されたか。だが、そう思ったのも束の間。

 ほくそ笑む街田。すると次の瞬間、文字通り天地がひっくり返り、リノリウムの床は天井になり、散乱していた瓦礫とともに美月はコンクリート製の天井に叩きつけられた。

 重力の向かう方向が、逆転した。しかし、街田はあろうことか、リノリウムの床に足をつけて立っている。つまり、打ち身に怯む美月から見れば、さかさまに吊られてているような格好だ。


(こ、これは……。重力を操る、私の……力……)


 美月は視線を薄ら笑う街田に向ける。絶えず空間に溶かし込まれるようにして流れ続ける彼女の涙。


(なるほど……、そういうことか)


 何かに勘付いた美月は、コンクリートを蹴って飛び上がり、逆さづりになった街田に掴みかかろうと手を伸ばす。だが、届かない。いや、届いてはいる。美月の視界の中では届いているのだ。だが、まるで視覚と世界が一致していないかのように、美月の手が街田の身体をすり抜けるのだ。


(じったいが……ない……っ!)


「後ろだよ」


 背後から冷たい声が。目の前にいる街田には実体がないのか。いや、目の前にいる街田が蹴り出した足の衝撃が、それだけが切り取られたかのように美月の背後に回っている。美月はコンクリートの上に転がされる。


(やっぱり、空間が歪んでいるのかっ!)


 街田が手を空に翳し、黒く禍々しいオーラを纏わせる。美月は自らの体重が増加するのを感じた。自重に押さえつけられて、立つことができない。 


「殺しはしない約束だ。だから、残念だけど足止めだけだ」


(私の魔力の流れが、空間の歪みを伝って、あいつ自身になだれ込むようになっていたのかっ。くそっ! 特性を知っていれば対処はできたのにっ!)


「この手が、……届けばっ!」

「気付かれたか」


 届きはしない右手を血を滴らせながらも必死に伸ばし、左手で悔しさのあまり、コンクリートに爪を立てる。あまりにも強く突き立てたため、爪が割れて血が滲み出る。それでも届かない。動けない。それが悔しくて悔しくてたまらない。


「じゃあもう、あなたから、あたしに魔力が供給されることはないわね。これでもう、あなたにここまで優劣をつけることも、二度とできなくなった。あたしの能力はいわゆる初見殺しってやつでね――つまり、チャンスは一度きり」


 動けないままの美月を、街田は、涙をひたすらに流す真っ赤に腫れ上がった目で睨み付ける。この優性が持つのも、美月から空間の歪みを通して奪った魔力が持続する僅かな時間のみ。

 自分の魔力をつぎ足すようになっては、あっという間に形成を覆される。その事実を街田は知っていた。

 美月から奪った魔力が尽きるまでに、木枯唯の中に眠る力を手に入れることができるか。彼女の中で、賭けが始まった。


「逃すわけにはいかない。――お父さんのためにも」


<おまけSSその49>


簀巻の3分クッキング!


テレッテテレッテ♪ テレッテテレッテ♪ テレテーレテレテレタンランラーン♪


「愛は食卓にある! 納豆大好き魔女の簀巻がお送りするのじゃ! 今日は冷蔵庫にあるものを使って妾の特製ご馳走をつくるぞっ!」


「まずはじゃ、納豆のパックを取り出す。フィルムを剥がすときじゃが……、くるくると回して、納豆の糸を一本に束ねてから蓋の裏にフィルムを乗せて、蓋ごとパックから切り取ってしまえば、手を汚しにくいのじゃっ」


「そして、炊きたてのホカホカのご飯の上にかけて、箸でドーナツ状に固めて納豆のポケットをつくる。ここに贅沢に卵黄だけを落とし込んで、上から刻み葱と鰹節をかけて、仕上げに出汁醤油をたっぷりと上から垂らせば、完成じゃ!」


「あとは個人の好みで、とろろやおくらを追加してもうまいぞい! あ~あ、なんでこんなにネバネバしたものは美味なのかの~っ!」


「あの……、簀巻様」

「なんじゃ、テオドール?」


「調理時間短すぎて、放送時間2分余ってます」

「……、尺のこと考えるの忘れておったわい」


次回お楽しみに。


<おまけSSその50>


李雷雷の3分クッキング!


テレッテテレッテ♪ テレッテテレッテ♪ テレテーレテレテレタンランラーン♪


「愛は唐辛子にある。今回は、この李雷雷がとっておきのごちそうレシピを紹介するわ。まずは、フライパンの表面に軽く油を敷いて、玉ねぎを炒めるわ。続いて塩コショウであらかじめ下味をつけておいた豚肉を入れるわ。あたしはよく、スペアリブを使っているわ」


「続いてピーマンとパプリカを入れて、醤油とオイスターソースを加える。ちなみにこのタイミングで玉ねぎを入れると、食感が残ってシャキシャキのものになるわ。今回はとろとろ玉葱で仕上げるわね」


「塩コショウで味を調えて隠し味に日本酒をちょっと。そしてここからが仕上げね」


「豆板醤はひと瓶丸ごとね。それでも甘いから、京都で買った世界一辛い一味唐辛子‘舞妓はんひぃーひぃー’と、あたし一押しの島唐辛子調味料コーレグースをそれぞれ一瓶丸ごと。あっ! そうだわっ! そういえば、昨日通販でデスソースを取り寄せたんだった! えっと、このデスソースをもったいないから……、3分の1ボトルくらいにしてー、あとは……もうひとパンチで、鷹の爪を切らずに丸ごと入れちゃって、これで完成っと!」


「では、完成したあたし特性の回鍋肉を、あたしたち三人組のリーダー。渦中安奈に食べていただきましょう!」


「……、あの、食べなきゃダメかな?」

「だって、リーダーなんでしょ? ほらっ」


「待って、杏奈ちゃん! あたしが食べるわ!」

「三井名ちゃん、ほんとっ!?」

「でも、三井名ちゃんは辛いもの苦手でしょ? じゃあもう、作った本人が食べるのは、企画の趣旨にそぐわないけど、あたしが食べるわ」

「あ、でも番組的に仕方のないのなら、やっぱあたしが――」


「どうぞどうぞ!」


「おまえら、それがやりたかっただけだろっ! ってちょっ! まっ! 箸を無理やりつっこま、ぶぐふぉっ! うぇえええ!うぇっほ! うぇっほ! おえええ! えっほえっほ! えほっ!」



大変お見苦しい映像となりましたため、放送を中断いたします。


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