ヒーロー登場
<another side>
見渡すばかり一面の広大な砂漠。
日本とは半ば思えない、異国の情緒を醸し出す砂紋の刻まれた丘陵たち。
草木の丈は低く、生命を謳歌するようにではなく、耐え忍ぶように生えている。湿潤な日本の気候からは想像できない、死の大地。
そこに突如として、雑居ビルが砂地に突き刺さるかのように現れたとなっては、その場は記者や野次馬でごった返す。
この超常現象を一目見よう、写真に収めようと、わらわらと集まる人だかり。
そんな群衆に囲まれて、件のビルから人影が。もちろん、群衆はどよめいた。砂漠のど真ん中に、それが現れた瞬間は誰も見ていないという異物。――人の気配はまるでなかった。そこから日曜日の朝のヒーロー番組で見るような、全身タイツにヘルメット姿の四人が現れたのだ。
否が応でも注目は集まる。
「やば……、超見られてんじゃん」
「そりゃそうだろ。だーから嫌な予感がするつったのよ。いや確かに、日光は防げるけどさ」
おまけに、着用しているのは女性のようで、身体のラインがくっきりと出てしまっている。特に不平を漏らしている少女は、年齢の割にグラマラスな体形をしていて、突き出た胸部と臀部が強調されてしまっている。
「つーか、雷雷、明るいところで見ると、えっろ!」
先頭を歩くふたり。残りのふたりはなぜか、ビルの陰に隠れてもじもじしている。砂丘に群がる群衆のど真ん中に躍り出るとあらば、怖気づくのも分からなくはないが、それにしては格好が不自然すぎる。――とてもそんな羞恥心がある人間の格好には思えないのだ。
周りの群衆は、しかめた眉を緩めることが出来ない。
「おーいっ、三井名っ。何そこで物陰に隠れてるんだよー」
「そうよそうよー、あんたが一番乗り気だったじゃないのー」
「うっさいわね!あんたらには、貧乳のつらみがわからないのよっ!」
ぶーぶーと文句を垂れながらも、コンクリートビルの影から、眩しい日光の降り注ぐ砂地へと足を踏みしめる小柄な少女。彼女の腕を、幼い少女がしっかりと握っている。全員が全員、全身タイツにフルフェイスのヘルメットをかぶっているため、表情は読み取りにくいが、どうやらあまりにもの人だかりにきまり悪くなっているようだった。
「えっ、こ、こんなに人がいるのっ?! なんでっ!?」
「仕方ないだろ。こんな砂しか無いような土地に、ビルが現れたのよ」
雷雷という名の少女は、黄色のフルフェイス。三井名という名の小柄な少女は緑色。幼い少女は赤色で、残りひとりは、水色だ。色とりどりの格好を指さして、群衆の中にいたひとりの子供が言う。
「あっ、マジモンジャーだっ!」
どうやら、四人がコスプレしている戦隊ものの名前は、マジモンジャーと言うらしい。ひとりがそう叫ぶと、その男の子の周りに同じ年頃の子供が集まって、きゃっきゃ、きゃっきゃと騒ぎだす。周りの父親や母親らしい大人が、なだめようとするも暖簾に腕押しと言ったところ。
「すげえ、マジモンジャーほんとうにいたんだっ!」
「マジモンジャー! 砂丘の平和を守りに来たっ!」
子供たちに騒がれて、四人はさらに決まり悪くなってしまう。というのもどうやら、この四人は、そのマジモンジャーが何たるかを知らないようなのだ。
「三井名っ、マジモンジャーってなにっ?」
「ごめん、あたし特撮物は守備範囲じゃないの」
「肝心なときに役に立たないなっ!」
コスプレをしているというのに、その元ネタを知らないとは単なる変装目的なのか。四人の狼狽を度外視して、子供たちはさらに盛り上がる。終いには主題歌らしい歌まで歌い始めた。
「悪の組織スジモンジャー♪ 打ち倒すべく立ち上がれ~♪
パチモンジャーに先越されるな♪
バッタモンジャーに後れを取るな♪
マガイモンジャーに気を付けろ♪
めげるなー めげるなー マジモンジャー
イチャモンジャーに文句を言われても♪
戦え 戦え マジモンジャー
まじでもんじゃは、げてもんじゃー♪」
「なあ、杏奈」
「なに?雷雷」
「この主題歌、何処からツッコめばいい?」
「さあ……。この戦隊もの、本当に子供に人気なの? 三井名っ」
「だから、あたしは特撮は守備範囲じゃないって!」
ますます、対応に困る四人だったが、子供たちの勢いは収まらない。内容が子供受けするようなものかどうかはともかく、人気自体はあるようだ。
「ねえね、マジモンジャー。今日はどんな怪人を倒しに行くの?」
目を爛々と輝かせて、上目遣いを向けてくる子供たち。こちらは、その興味の対象をろくにも知らないというのに。かといって、その瞳の輝きを打ち破るわけにはいかない。
「ああ。どんな怪人だろうが、相手になってやるぜっ! なっ、イエロー!」
「イエローて、安奈っ! そんな適当な合わせ方でいいのっ!?」
「だって! 子供の夢を壊すわけにはいかないじゃん!」
情に負けた安奈は、その場を取り繕おうとするも、雷雷は「とんだ博打だ」と冷めたい目を差し向ける。安奈の返答に増長した子供たち。こぶしを高くつきあげて、ヒーローたちにエールを送る。
「気を付けてねっ! マジモンジャーはいっつもパチモンジャーやバッタモンジャーに先越されているんだからっ!」
「そうだよ! 早くしないと、怪人がやっつけられちゃうよ! 世の中は早いもん勝ちなんだから、おちおちしてられないよっ!」
「マジモンジャー、頑張れ! しほんしゅぎの荒波に飲まれるなあ!」
「……。なあ、安奈」
「なに? 雷雷」
「このヒーローに子供の夢なんてあるのか?」
「……。ないと思う」
すっかり白けた面持ちになる四人。このまま何も知らないままで歩調を合わせても、スパイラルに陥るだけだ。何とかこの場を脱するきっかけを探っていると、三井名の袖を赤いフルフェイスを被った幼い少女が引っ張る。肩で息をしていて、少し苦しそうだ。
「三井名……姉ちゃん……」
「どうしたの? 明日華?」
「このかっこ……暑い……。喉……、渇いた」
言われた瞬間に、三井名を含めて三人もコスチュームの蒸し暑さに気が付いて、汗が皮膚からにじみ出る。夏の暑さのピークは過ぎても、温暖化の影響か残暑は厳しい。暦の上では秋だが、実際に涼しいと感じるのは十月も半ばを過ぎたころ。九月のこの時期に、全身タイツの上から日陰のない直射日光で焼かれれば、暑いのは当たり前だ。
「やばい……、熱中症なりそう」
明日華のそれがうつるようにして、三井名も安奈も、雷雷も蒸し暑さを自覚する。今の今まで自分を取り巻く状況が異様すぎて、気付かなかったのだ。まずい。意識が朦朧とし始めてきた。いよいよ我慢しきれなくなった明日華が、自らが被る赤いフルフェイスを脱ごうと手をかける。
「ちょっ! だ、ダメだって!」
「待って」
制止しようとする安奈の手を雷雷が抑える。
「この子はナイトウォーカーじゃないわ。日光に当たっても死なない。あたしたちとは違うの」
「で、でも……、あんな夢のないヒーローでも子供たちにとっては憧れかもしれないじゃん! ここで脱ぐのはまずいって!!」
「あんた、そっち方向に肩入れするのかよっ」
安奈は火事場の馬鹿力で明日華を担ぎ上げて、群衆を抜け出した。
砂に足を取られているにもかかわらず、恐ろしく速い。雷雷も三井名も、死に物狂いで脚を振り上げて、必死に追いかける。
なんとか群衆をまいて、人気がまばらになったところで、電源が切れたように倒れ込む。柔らかい砂がぼふりと音を立てる。
「にしても、ここはどこなのよ」
「――たぶん、鳥取砂丘」
砂漠のようにも見えるが、遠くの方に海が見える。
風には少し、潮の匂いが混じっている。空気が乾燥しているわけではないのだが、潮のせいで喉の渇きを助長させた。
「日本って意外と広いのね」
「三井名姉ちゃん、これ脱いでいい? 暑い」
明日華がフルフェイスを脱いだ。汗で蒸れてしまった髪がふわりと広がる。三井名が水筒を手渡した。
「昨日の残りの麦茶だから、残りは少ないけど」
「大丈夫だ、それが切れたらあたしの特性唐辛子ジュースがある」
「んなもん、勘定にいれんわっ!」
三人は明日華とは違い、フルフェイスを剥ぎ取ることはできない。それがナイトウォーカーに課せられた呪い。
「ねえ、お姉ちゃんたちはマスク取らないの?」
それを知らない無邪気な明日華は、暑い暑いといいながらも、頑なにフルフェイスを取らないわけを尋ねる。
「これはね、取れないんだよ。それが呪いだから」
呪いに関する内容は少し触れて欲しくない部分ではある。自分たちと普通の人間を隔てる、忌まわしいものだから。夜の闇はそれを忘れさせてくれるのに、太陽の光が全てを思い出させる。
「何も知らないんだな。だから子供は嫌いなんだよっ」
雷雷は唇を噛みしめて砂を掴んで、宙に向かって投げ捨てる。ふわりと風に乗せられて、拳の中から解き放たれた砂粒たちが煙に変わっていく。
「ちょっと、雷雷っ!」
子供が嫌いだとばっさりと切り捨てるかのような発言をする雷雷を、杏奈がなだめようとする。しかし、雷雷の目は悲しい色をしていた。
「なあ、レプリカが呪いで死ぬところを見たことがあるか」
「雷雷……」
レプリカは魔力によって作られた人造人間。生殖行為以外によって命を増やすという生命倫理を大いに脅かす魔法。――それに怒った神の天罰か。レプリカは、不完全な人間であることを強いられていた。
それが彼らに課せられた呪い。
「あたしの妹の砂子は、太陽の光を浴びて死んだんだよ」
<おまけSS その37>
後日、マジモンジャーがどんな番組なのか気になった杏奈たちは、実際に見てみることにした。
現代戦隊マジモンジャー
この俺、赤城武は昼の間は、いわゆる窓際族のしがない平社員。麻雀ぐらいしかとり得がないような冴えない男だ。だが、人には知れない裏の顔というものがある。そう、社長の特命により、あらゆる事件を解決する特命係長なのだ。
ちなみに、未だ童貞だ。
杏奈「そんなとこで特命係長只〇仁と差別化しなくていいわっ!」
<おまけSS その38>
「それでさあ、課長がさあ、結局奥さんと別れなかったらしくってさ。あっちは彼氏ふったのに、結局そのまま捨てられたんだって、あり得なくない?」
「まあでも自業自得じゃない? 浮気してたってことでしょ。それ」
炬燵に足をつっこんで談笑するふたりの若い女性。同じ職場の同僚らしく、社内で繰り広げられる不倫などの込み入った話に花を咲かせていた。とそこにインターホンの音が。玄関を開けるとストライプの入ったスーツを着た男が現れた。
「あ、あなたは……」
「おう、わては難波金融のもんやけど、今月分の先月のまだはろうてもん分と利息と口止め料合わせて、しっかりはろうてもらおっか」
「ちょっと、優。あなたヤミ金なんて」
「し、仕方がなかったのよ! 親父がろくでもない自営業で借金ばっかり作って、首吊って逃げたのよ! 全部あたしに押し付けてっ!」
「女やからって、泣いたら済むもんとちゃうんやわっ!」
男は玄関に置いてあった傘立てを蹴り倒し、靴箱の上に飾ってあった花瓶を割り、中の水と花を土間にぶちまけた。女は恐れおののき、尻餅をついて、がくがくと震えながら後ずさり。
「もうあかんわ。お前、身体売ってまえ」
「い……、いやよっ」
「あぁあんっ? お前、貞操と腎臓、どっち売るねん。売るねんって聞いとるんじゃぁあっ!」
「だ……、誰か助けてぇええっ!」
女の叫び声は空しく響くだけかと思われたそのとき、玄関からすぐ横。こたつが置いてある今の障子窓から赤いフルフェイスに全身タイツの男が現れた。
「待ていっ! スジモンジャー! お前の好きにはさせないぞ!」
「今月も家系は火の車、赤字だらけのアカインジャー!」
今度は、冷蔵庫の中から青いフルフェイスの男が。
「娘がついに洗濯物を分けてと言い出して、心が寒いです! アオインジャー!」
押し入れからは、緑色のフルフェイスの男が。
「この前賞味期限が過ぎた惣菜食って、緑色のうんこが出ました。ミドリンジャー!」
そして、いつからいたのか。炬燵の中から黄色いフルフェイスの男が現れた。
「ついに白シャツの全てが黄ばんでしまったから、新しいのを買うぜ! キイロインジャー!」
「四人合わせて、マジモンジャー!」
四人はポーズを決めたあとで、女性二人を避難させて、ストライプスーツを着た男の前に躍り出る。
形勢逆転かと思ったが、そうはいかなかった。
「待てぇ。お前らちょっと登場シーンやり直さんかい。先週も言うたやろ。子供が見るんやからカッコいい登場シーンにせえって。おい、レッドお前なんて言うた?」
「い、いや、今月も赤字だからアカイジャーって」
「どうでもええわっ! 夢なさすぎやろっ! ほんでブルー」
「娘が中学に入って、ついに洗濯物分けてとか、お風呂は一番最後に入ってとか」
「まあ、難しい年頃やからなあってちゃうわっ! お前の家庭事情なんか知らんわ! あとグリーン!」
「い、いやその惣菜が腐ってたみたいで……」
「放送時間帯考えろや日曜の七時にうんこネタあかんやろ! そんでさいごにイエロー!」
「は、はい」
「シャツぐらいちゃんと買い替えろや! 以上の点を踏まえて来週出直せ! なっ!一応子供見とるんやから! ほな、今日はこれで許しといたるわ!」
―完―
雷雷「なあ……これさ……、元ネタ古くねえか……?」
杏奈「う、うん……」




