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パッチワークソウル 第一部  作者: 津蔵坂あけび
Chapter 2. そして俺は俺に襲われる。
17/53

ふたりの美月①


<main side>


 どうしてこうも、訳の分からないことが続くのか。


 昨日知った魔法と、それを使う魔女や魔法使いの存在。――それが俺の日常を非日常に変えてしまった。昨夜の記憶をまだ処理しきれず、まだ視界に映るもの全てが歪んで見えているせいか? 目の前に顔のパーツが歪んで渦を巻いているような異形の化け物が見えるなんて。

 いや、こいつは正真正銘、本当の化け物だ。


「ギ……ギギ……、ギィェシャァアアアッ!」


 屋上でのランチタイム。まだ弁当箱を左手に持っている俺と美月の目の前で、異形の化け物は獣のような雄たけびを上げた。

 恐れおののき、座ったまま後ずさりをする俺は、弁当箱をひっくり返してしまう。

 俺の視線は助けを乞うように、隣の美月に向けられていた。――情けないかな。こういう現実の範疇を越えてしまったもの対処する術は、持ち合わせていない。

 だが、そこに昨日の魔女の襲撃から俺を救ってくれた美月はいなかった。彼女もまた、異形の化け物に怯えていたのだ。


「どうして……、‘あなたたち’がここに」


 彼女はうわ言を呟くような、心もとなく震えた声を漏らした。――恐れのあまり意識が定まっていないのか。

 彼女の顎を黒い煙のような化け物の手が、ひっつかんでいる。

 彼女は化け物を‘あなたたち’と言った。――知っているのか? 待て。そのまえに‘たち’って何だ? 目の前にいる化け物は、どう見紛おうか一体。それが彼女には、複数に見えているというのか?


「業の自覚があるものは、自分でも気づかずにそれを周りに匂わせているものさ。推理作品でこいつが犯人だなとわかるものがあるだろう? あれは、作者が隠し下手というのもあるかもしれないが、その前に考えて欲しい。業を犯していながら、その罪悪感に苛まれずに済む者が、そうゴロゴロといるだろうか」


 化け物は饒舌になった。福笑いのように笑って済まされる問題ではない。顔にナイフを突き刺してぐりぐりと捻じり、血と肉をかき混ぜたような、見ただけで吐き気をもよおす顔面。――口や舌などどこにあるというのか。


「現に、隠せていないじゃないか。その自覚を。――あなたはボクたちを殺したという意識を背負い続ける。ボクたちからは、逃れることなんて出来やしない。なぜなら、ボクたちに殺されて罪悪感が払拭されるのをあなた自身が望んでいるからだっ!」


 化け物は自らでさえ、複数であることを意識しているかのように、‘たち’を付ける。――違和感を通り越して、恐怖を感じてしまう。

 なによりも、今回は俺の助けを乞う瞳に美月が答えてくれない。

 怖い。何も理解できないことが、怖い。


 化け物は、少年の身体をしていながら、形状が常に不安定で動くたびにべちゃりべちゃりと湿った足音を立てる。まるで肉体が腐敗して、一部が液状化しているような汚い音だ。

 姿はノイズが走るか、煙が揺らめくか。一定の形を保てず、絶えずうごめいている。

 右手は怯える美月の顎を掴んで動きを封じている。そして左手は、俺の視界の中でゆっくりと形を変えた。

 人間の手から、どす黒い植物のツルのようなものが伸びて、巨大な槍のような形に変形したのだ。

 ひどく鋭利で、棘の生えたツルが幾重にも絡まり合って形成されている。‘かえし’がいくつも付いているそれは、ひとたび人間の身体を突き通せば、血の滴る肉を大量に抉り出さなければ抜けやしない。ツイストダガーに返しがついたような構造。――見ているだけで、全身の血が逆流しそうだ。


‘それ’を美月の喉元に、化け物は突き立てた。


「さぁあっ! 答えろっ! なぜ、ボクたちを殺したっ!」

「じゃないから……、あなたたちは……いじゃないから……」


 美月はその禍々しい刃先に、さらに怯えを強める。――このままでは、美月は死んでしまう。


 俺はそう直感した。化け物相手にどう答えようが、美月は殺される。

 だいいち、成すがままの彼女が、化け物に二の足を踏ませるような答えを口走るとは思えない。

 彼女を、彼女を助けなければ……。


「君は彼女のことを何も知らないのに、助けるのか?」


 そう思った瞬間、頭の中に声が入り込んできた。――その声は、俺と声質が似ていた。でもそれに込められた感情が、ひどくひん曲がっている。まるで、俺が役者にでもなって、演じているような違和感を感じてしまう。


 そして、その俺の声は、他でもない俺自身に揺さぶりを仕掛けてきた。


 そう、俺は美月のことを何も知らない。


 普段彼女が何を考えているのかも。どうして、彼女が俺のことを会って間もないのに好きだと言ったのか。愛してるだなんて言ったのか。俺をどうして助けてくれたのか。なんで会って間もないのに懐かしい感触がするのか。――確かに何もわかってなどいない。


 でも、今彼女が怯えるものさえ俺に見えていれば、それでいいじゃないか。

 こんな声、関係あるか。俺は、彼女を助けるんだ。


「あなたたちは唯じゃないから」


 そう決心がついたのに、俺は美月の声で二の足を踏んでしまった。――唯じゃない。目の前の化け物に向かって、「唯じゃない」。

 唯は俺の名前であって、あんな化け物は唯じゃない。当たり前だ。


「くくく、あはっ! あははははっ! やっぱりあなたは何も変わっていないっ! 何もわかっていないっ! あなたのような死を恐れる者は、虫けらよりも脆弱で、如何なる悪よりも残酷だっ!」


 そして、今気づいたことがある。――あの化け物の声は俺に似ている。

 俺の意識の中に響いた、俺じゃない俺の声。――あれは化け物の声が意識の中に入り込んできたのか。


「死んで詫びろ。あなたの恐れがボクたちを生み出したことをなぁあっ!」


 情報を消化しきれず、狼狽える俺の前で、美月は喉を捻じれた槍で突きさされた。彼女の口から血の混じった吐瀉物が噴き出される。

 俺は無力だった。――目の前で彼女は喉を貫かれ、瞳の輝きと体温を失った。


「み、美月さんっ! 美月さぁんっ!」


 彼女のもとに駆け寄り冷たくなっていく体温を嘆き悲しんだとき、俺は自分を果てしなく浅ましいと思った。

 俺は美月が襲われて、彼女の死を予期していたのに、恐れのままに助けなかった。手をこまねいてみてたんだ。

 そのくせして、今頃になって自身を正当化するために、涙を流している。なんて、俺は浅ましいんだ。


「……、君は彼女がいなくなってそんな顔をするんだね? 君は彼女がいなくなったことで、そんなに悲しめるんだね?」


 すすり泣く俺の背後で、不安定な俺の声が聞こえた。

 化け物が形を持たない口から紡ぎ出す声だ。俺の目の前で美月を殺した者の声が、頭の中に歪んで反響する。


「君は、彼女のことを知らないのに彼女のために涙を流すことが出来る」

「……、ああ、俺は何も知らないっ! でも何も知らなくたって、美月さんは俺を好きだと言ってくれた! 訳が分らないけれど、俺を助けてくれたっ! そんな美月さんがいなくなったことを泣いて何が悪いっ!」



「俺は、美月さんのことをもっと知りたかったんだっ!」



 浅ましい自分は棚に上げてもう、全て叫びたかった。半分、化け物への憎しみが混じった吐露だった。

 でも化け物を睨み付けてやろうと振り返ったとき、視界に飛び込んできたのは、あの輪郭が歪んだ顔じゃない。


 俺が涙を流しながら、笑っていた。


「あは、あははははははははははっ! はーははっははっ!」


 俺は俺の目の前で涙をボロボロとこぼしながら、腹を抱えて笑っていた。鏡に映した自分が自分と違う動きをするというのはホラー作品やファンタジー作品でよく見る図だ。――それが今まさに目の前で展開されていた。


「傑作だよ! 傑作! 君は本当に傑作だ! 羨ましいよ。知らないことって本当に幸せなんだね……。でも知ってしまったら、君はボクたちの仲間になると思う」


「ふざけたことを言うなっ!」

「ふざけてなんかいないさっ!」


 自らを複数のものと謳う俺は、再び左手を異形のものへと変形させた。

 美月の喉を串刺しにした、左手は鋭い爪を携えた黒い悪魔の手のようになって、俺の頭蓋を鷲掴みにした。――潰されるっ! 俺の頭蓋がぎりぎりと音を立ててへしゃげていく。


「教えてやるよ! 君に、ボクたちの苦しみをなぁあっ!」


 意識が遠のいてゆく。

 ふたりで弁当箱を並べていたあの屋上は瞬く間に遠く離れ、俺は肉体を失った。


 感触を伴わない意識が、いつかの夢で見た何もない地下室で目覚めた。

 地下室の様子は、昨夜自分の家で見つけたものとは似ていて、少し違う気がした。別の場所につくりを真似た部屋があると言った具合だろうか。


 肉体と感触がない。意識だけが部屋の中を見ている。――夢の中のような感覚、こんな場面は何回目だろう?

 俺が見る夢は、見させられている夢は、俺と何の関係があるんだ?

 昨夜に思い出させられた、自分が父親に殺されかける光景だってそうだ。


 美月だけじゃない。俺は俺のことでさえ、さっぱりわからない。


 ぼたりぼたりと床に血が滴り落ちる音が響いた。床に一体のクマのぬいぐるみが転がる。

 それを投げたのは蹲るひとりの女。線の細い綺麗な手をしていた。――だが、それに見とれることなんて出来やしない。

 なぜなら、その両の手が真っ赤な血に染められているという事実の方が、よっぽど衝撃を与えてくるからだ。

 クマのぬいぐるみの胸の部分には、いつかのあの夢のように穴が開いていて、そこからだらだらと血が流れ出ている。


「じゃ……ない。こんなの唯じゃないっ」


 女はぬいぐるみをフローリングの床に叩きつけて、ナイフで突き刺した。刺し傷から、ぬいぐるみは再び大量の血を噴き上げる。そして、苦痛にもがき苦しみ声を上げる。


「ヒドイ……、ヒドイヨ……」


 このぬいぐるみは、血を通わせて生きているのか。


「シニタクナイ。シニタク……ナイ……」


 死に怯えている。意志を持っている。

 見かけは、血を流していなければただの布に綿を詰めたぬいぐるみのはずなのに。――こいつは、生きている!

 やがて、生きたぬいぐるみは血だまりの中に沈んでいった。そしてまた、ぬいぐるみがもう一体投げ捨てられる。胸から血をだらだらと流して、死に怯えてもがき苦しみながら血の中に沈んでいく。


「コロサナイデ。モウ、コロサナイデ」


「あれも違う。これも違う」


「ボクヲ、コロサナイデ」


「こんなの、唯じゃない!」


「ボクタチヲ、コレイジョウ、コロサナイデ……」


 女は、ただひたすらに生きたぬいぐるみを殺し続けた。――部屋中が穴の開いた血みどろのぬいぐるみで埋め尽くされるまで。

 惨たらしく繰り返される行為とその際に呟かれる、‘唯じゃない’という動機。――俺じゃない。俺じゃないという理由で、殺された生きたぬいぐるみ。


「君は、幸せ者だよ」


 化け物になった俺の声が響いた。

 部屋中に広がっていた、ぬいぐるみは綺麗さっぱり無くなっていて、そこには歪んだ顔で不気味に笑う、俺が立っていた。――化け物になってしまった、俺が。


「君は、何も知らないから彼女の死を悼むことが出来る。――でもボクたちはどうだ? ボクたちは彼女に生み出されていながら、彼女の死を心の底から、喜ぶことしかできない」


「君にそんな気持ちが分かるかい……? ボクたちは、はは――」


 そこで俺の意識は、化け物が見せる悪夢から解放された。――いや、違う。

 あのとき、化け物は何かを俺に言いかける途中だった。にもかかわらず、俺の意識は学校の屋上に巻き戻された。

 そこでまず俺の視界に入ったものに、自分の目を疑った。


 目の前で喉を貫かれて屍になったはずの美月が、生きていたのだ。

 右手には、彼女が魔女の力を使うときに降りかざす三日月刀が握られていた。刃先からは化け物の身体から噴き出した赤黒い血が滴り落ちている。


「許さない……。許さないっ!」

「み、美月さん……?」


 彼女の容姿が、少しだけ違っていることに気が付いた。前髪の一部分だけが銀色だったのが、今は頭髪が全て根元から毛先まで全て銀色に染まっている。――そして、何よりも今の美月は……。


「せっかく、あたしが木枯君のために、お弁当つくってきたのにー! もう、許さないんだからーっ! この化け物ーっ!」


 ……、なんか、おかしい気がする……。


<おまけSSその33>


たとえば金の斧


街田「しまったな、斧を泉に落としてしまった」

簀巻「お主が落としたのは、この‘なっとういち’か? それとも妾の大好きな‘金のつぶ’か? それとも、このスーパーの一番安い納豆か?」


街田「……、いや、あの……、あたしは斧を落としたんだけど……」

簀巻「正直に答えたお前には、すべての納豆をやろう」


街田「いやもう、ツッコむの面倒くさいです」


<おまけSSその34>


例えば注文の多い料理店


当店は注文の多い料理店でございますので、どうかご承知くださいませ。

西洋料理 三井名軒


日秀「こんな山中に、料理店があったとはな」


一つ目の注文:

まず外套と帽子をこちらの衛門掛けに掛けてください。


木枯「それにしてもウエイトレスも誰もいないで書置きだけあるけれど」

日秀「店員が足りなくて忙しいんだろ。書置きで接待なんて洒落ているじゃないか」


二つ目の注文:

金属製品はすべて外しておいてください。あと腐った本とか薄い本持っていたら私に下さい。


木枯「なんか注文に違和感があるな……」

日秀「貴重品などは安全のため預かるということじゃないか」

木枯「ふたつ目は明らか意図が違うだろっ!」


三つ目の注文:

外は寒かったでしょう。あかぎれがあるといけないですから、こちらのクリームをよく手肌にすりこんでください。できれば、互いに衣服を脱がして身体の隅々まで塗り合ってくれると美味しいです。



……。……。


木枯「なあ、日秀。この店出ようか」

日秀「ああ、そうしよう」


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