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パッチワークソウル 第一部  作者: 津蔵坂あけび
Chapter 2. そして俺は俺に襲われる。
15/53

歪み③

‹another side›


 目が覚めると、真っ暗な世界の中にいた。

 

 三井名は肌に触れる空気の感触から世界を読み取る。三井名は、魔力を使った覚えはない。だが今自分がいるのは、再び明日華が見ている夢の中だ。夢は動こうとする気配がない。――映画やアニメではなく、膝の上に広げられた小説や漫画のように、世界はこちらの主体性を求めていた。


 立ち上がり、歩く。


 三井名は、明日華のことが知りたかった。


 死ぬために生まれて来た。――そんな悲しい目的を夢の中で誰かに言い渡されて、彼女の世界はこの通り暗闇に包まれている。

 あの声は、彼女自身が作った幻聴なのか。それとも本当にその言葉を吐いた人物がいたのか。

 詳しいことは何一つわからない。


 でも生きることを否定されている存在というところに、シンパシーを感じた。


 レプリカにかけられている呪いは、太陽光にあたることが出来ないというだけではない。もっと心に重くずどんとのしかかってくるのは、神に見放された疎外感だ。

‘神’は‘上’と同音異字。――誰もその正体を知らないが、何処からともなく降り注いでくる外れ物という自覚、孤独。


 絶えず他のレプリカと手を取り合っていても、その感覚は決して消え去ることがない。――それも自然の摂理を犯して生み出されたレプリカに科せられた立派な呪いだ。


「お姉ちゃん」


 ふと、右の手を掴まれて呼び止められた。明日華の声だった。

 振り返って顔を覗き込むと、何かに怯えたような表情をしていた。三井名はしゃがみ込んで目線を合わせる。目じりにあふれ出た滴を明日華は拭き取り、三井名に飛びついてきた。


「怖い……。力を使っちゃった……」

「ちから?」


「……、黒いおじさんが言ってたんだ。お前には力を与えた。歪みを正す力だと……。世界をあるべき姿に戻す力」


「でもね……、それを使うとお姉ちゃんたちを消してしまうんだ。――そして、最後に私も……消えてしまう」


 世界をあるべき姿に戻す。すると自分たちは消えてしまう。

 歪みを正す。レプリカは世界にとって歪みでしかない。言わば、切り捨てられるべき、ゴミ。


 世界が正しい方法に向かうとき、誰も歪みが感情を持って死を恐れることは考えていない。考えていても、‘消えてくれてありがとう’だとかそういった感触。そして、自分が想像もつかないようなスピードで人々は歪みの存在を忘れていく。まるで最初から気にも留めていなかったように。それが正しい世界だから。――同じ感覚だ。自分を始めとするレプリカが、共通して世界に抱く疎外感。


 明日華もそれに苛まれている。


「……、私はそんなもののために生まれて来たの……? 怖いよ。もし、私がお姉ちゃんたちを消してしまうなら……。そんなことになる前に、自分だけ消えてしまいたい」

「そんなこと言わないの」

「だ、だって、だって! お姉ちゃんたちは私に優しくしてくれたんだもんっ! そんなお姉ちゃんたちを消してしまったら、私、私――」


「何にも意味がなくなっちゃう!」


 泣き叫ぶような声を出す明日華。――だから彼女は杏奈を助けようとしたのか。そう聞くと、抗いたかったと。自分が歪みであるレプリカの存在を消すためのもので、皮肉にもレプリカである三井名や杏奈、雷雷とのつながりを持ってしまった。――そこに自分の生きる意味を見出そうとしていたのに、それを消すことこそが自分の生きる意味だと。ならば、それに刃向かいたかった。


「でもそれで本当にお姉ちゃんが消えてしまうとしたら。怖い……、怖いんだっ!」


 明日華が背中に回す腕の力がより一層強くなる。――少し苦しいくらいだ。

 大丈夫だよ安心して。三井名は優しくささやきかけて明日華の小さな背中に触れた。夢の中なのに暖かさが伝わってくるようだった。


「私のこと嫌いになったりしない?」

「しないしない。だってこの夢は、この心の中は、明日華ちゃんが見せてくれたんでしょう? あたしに働きかけて」


「うん。だって、……三井名お姉ちゃんは、趣向とかあれだから、外れ物の気持ちが一番よく分かるんじゃないかって」

「……、今のは聞かなかったら良かった」


「三井名お姉ちゃん、ありがとう」

「うん……」


 静かに頷いた瞬間、三井名は背中に鋭い悪寒を感じた。――気配がする。

 あのとき、こちらから三井名の夢の中に入り込んだときと同じく、氷のように冷たい気配。明日華の身体の震えが伝わって来る。

 振り返ると真っ黒に塗りつぶされた人間が。表情だけわかるように口元が白抜きで描かれている。――おそらくそんな人間は存在しない。彼女の中の幻影だ。

 しかし、そんなありもしない幻影だからこそ明日華は、酷く恐れるのだろう。


『美人薄命という言葉がある。才能に恵まれた画家や詩人は死後に評価される。正義や名誉のために命をなげうった者は美談になる。――そう、人が生きて死んだあとそこには、物語が残る』


 黒い影は、いつの間にか足元に転げ落ちていた一冊の本を拾い上げて、ぱらぱらとページをなぞる。声はあのときに聞いたものと同じく底知れぬ冷たさを感じる。 

 そして、やはりどこかで聞き覚えのある声だ。


『神様がいるとしたら、そんな物語のために人を作って、その人のために皮肉な運命や生い立ちを作って、最後に殺すんだ。――それって最高に楽しそうじゃないかって思うんだ』


 腹が立つ。まるでそこにある命を、おもちゃとしてしか思っていないみたいだ。


『だから、私は神の真似事をして命を作る魔導研究に没頭した。でも、神様って皮肉が好きらしい。どれも出来損ないしか出来なかったよ。まあ、当りまえかな。だって、君たちは歪んだ存在。世界の歪み。――君たちが生き続ける限り世界は歪み続ける。でもそれは詮無き事……、一番許せない歪みはね』


『私が作り出せなかった‘歪みのない歪み’だよ』


 黒い影はこちらに目の高さを合わせて来て、暗闇の中で目を光らせた。

 瞳の奥を抉り出すかのような勢いで見つめられたそのとき、その声をどこで聞いたか思い当たった。


「……宿木先生……?」


 そう呟くと影は消えた。――正体を言い当てられると消える幻影というのは、よくおとぎ話に出てくる。幻影そのものがそれを見る者が作り出した想像で、本来はそこに何もない。幽霊の正体見たり枯れ尾花というものだ。

 でも、もしまだその幻影が見えていたとしたら、まだ何か聞き出せたのだろうか。まだ明日華について知れることがあったんじゃないだろうか。


 そんな後悔とは裏腹に、夢は醒めていった。


 視界が開ける。電灯の明かりで照らされていたはずの深夜のネットカフェの店内は何故か灯かりが落ちていた。替わりに非常用バッテリーで点る非常灯のうすぼんやりとした光が店内を照らしている。

 そして何よりも奇妙なことは、三井名と杏奈、雷雷、そして明日華を除くすべての人間が誰もいなくなっていたことだった。

 そう、襲撃を仕掛けてきた街田ともみ合いになったことが通報され、人だかりに囲まれて警察官がふたり駆けつけて来た。これ以上民間人の前で魔法を使うわけにはいかない。そう判断して、無抵抗なまま流れに身を任そうと、雷雷も杏奈も諦めていた。――そんな中、辺りが突如としてまばゆい光に包まれた。

 光の柱は、明日華から放たれて、三井名と雷雷、杏奈には包み込むように優しく。他の者には跳ね除けて吹き飛ばすように乱暴に。


 まるで、彼女が守りたいものと、そうでないものを選び出して選り分けるような、そんな魔法だった。


『怖い……。力を使っちゃった……』


 彼女が言ったその力とは、あの魔法のことを指していたのか。


「うう、三井名……」


 雷雷と杏奈が目を覚ました。明日華は力を使い過ぎてしまったのか、まだ深い眠りに落ちている。自分の右手が明日華の小さな手に握られることに気づく三井名。どうやら、杏奈のときと同じく、また明日華に助けられたということらしい。


「……、あたしは子供が嫌いだ」

「ちょっと、雷雷っ、あたしは明日華に助けてもらったのよ」


 そんな明日華を遠ざけるような雷雷の言動に苛立ちを覚えた杏奈は突っかかる。雷雷の明日華に対する態度は冷たいものだった。雷雷には何故か子供嫌いの節がある。詳しい理由を探ったことはない。


「子供は言うことを聞かない勝手に行動するし、勝手にいなくなる。――でも明日華……、お前は勝手だけど勝手なりに、あたしたちを守ろうとしてくれていたんだな」


 雷雷は、青い瞳を一瞬だけ悲しみに潤ませた。

 三井名は感じた。子供が嫌いなのは、きっと本心ではないのだろうと。その瞳の色はどこか、死者を悼むものと少し似ていた。


「……、きつく当たったりして悪かった」


しゃがみ込む雷雷の前で、明日華は少しだけ口角をくいっと上げて微笑みながら寝返りを打った。少しは安心できただろうか。あの黒い影に苛まれる恐怖から、少しは救われただろうか。非常灯の緑色の光を反射するたおやかな明日華の金色の髪。三井名は微笑みながらさらりとそれを撫でてみた。


「大丈夫よ。明日華……、たとえ、あたしたちは世界の歪みでも、生きたいように生きることだってできるはずよ。あたしたちの運命をどうにかしていいような神なんて絶対にいないんだから。――生きたいように生きていいんだよ」


「ねえ、三井名っ。ここを早く出たほうが良さそうよ」


 三井名の言葉を受けて、さらに深い眠りに落ちた明日華だったが、杏奈はこのビルの外の事態の深刻さを読み取っていた。

 このビルはもとあった場所から切り出されて、別の場所へと移されたようだ。――砂漠のど真ん中。

 それもとっくに朝日が昇って直射日光を避けられない状態でだ。


 非常灯はバッテリーがあるため、電気や水道、ガスなどのインフラを立たれた状態でも機能しているが、時間の問題。なにより水道が使えない状態のこの場所でとどまるよりは外に出ることが先決だと杏奈は言う。

 しかし、杏奈本人をはじめとして、三井名も雷雷も生身で直射日光に当たるのは危険だ。そう言うと杏奈は、「考えがある」と唇の前に人差し指をあてて微笑んだ。


<another side>


「おはようございます。朝のニュースです」


 簀巻のもとへと呼び出された街田は、コンタクトを図ったあの少女の正体を聞かされるはずだったのだが。それが何故か簀巻のどうでもいい思い出話に夜明けまでつき合わされたのだ。そして、簀巻は何の情報も街田には与えず、はぐらかしたまま。挙句の果てには疲れたからと朝のニュース番組を視聴し始めた。


「簀巻さん」

「なんじゃ……?」


「結局、その魔導学校時代の三角関係の痴話とあの娘の正体に何の関係があるんですか?」

「さあな、それをお前が不思議がるうちはなんも分からんじゃろうて。世の中の全ては芋づるのように繋がっていてのう。些細なことでも、世界を揺るがすようなことに発展したりするものじゃ」


 相も変わらず簀巻は、はぐらかすだけで何も真実を伝えようとはしない。――こちらの苛立ちも知らないで。

 簀巻はやはり自分を利用しているだけなのか。

 あのネットカフェでの攻防で一度、死の淵に立たされたこちらの気持ちなど簀巻は意にも介さないのだろう。――簀巻は、話では七百年余りの歳月を生きて来たらしい。

 これからあと、幾何とも知れぬ命を日々削っていく街田にとっては、羨ましい限りだ。


「……簀巻さんはいいですね。あたしはお父さんが死ぬのを感じた。簀巻さんは知ってるでしょう? 一度死んだはずのあたしがなぜ今も生きているか。お父さんは、あたしを生き永らえさせるために、あんな身体になった。あたしは……お父さんのために生きるんです。それしかできない。だから、自分の生きたいように生きている人を見ると腹が立つんです。


 あたしは、お父さんのためにしか生きれない! あたしは、お父さんの人生を否定して、殺して生きているからっ! あたしは自分で自分の思うようには生きれないっ! そんなあたしの目の前で勝手気ままに生きるだなんてエゴが過ぎるわ! ――目障り……、目障りなんですよっ!生きているだけで存在しているだけで、ころ……して……、殺してやりたいっ!


 分かんないでしょうね。こんな気持ち……。簀巻さんだって、700年余り好き勝手に生きて来たんですからっ!」


 頭をかきむしり、半ば錯乱するようにして心中を吐露する街田を簀巻は鼻にかけた笑みで嘲笑った。


 「浅ましい」と。


 街田は自分の耳を疑った。浅ましいだと。家族のために、父のために生きる自分を浅ましいと笑っただと。街田はいよいよ我慢ならないと簀巻の襟元に掴みかかる。


「あなたに何が分かるんですか! エゴの塊で、好き勝手に生きて来たあなたにっ、あたしの何が分かるんですかっ!」

「――お前だってエゴの塊じゃろ?」


「知らぬわ。お前の父親がどうこうなろうと知らぬ。それもお前の父親が死ねば、お前も死ぬのじゃろう? ――ならば、お前が父親のためと必死で言い聞かせているのも結局は、自分が生きたいだけのエゴじゃないのか? それを隠すために、お父さんという家族を引き合いに出して自分を正当化している。――お前がやっていることをこういうんじゃよ」


「‘おためごかし’となあ」


 分かっていた。分かっていて、それでも必死に目を背けていたことを言い当てられて、街田の瞳孔を遠のかせる。――気付かないふりをしていた身勝手な自分。

 自分は父親の力によって生かされていて、自分の力で自分の心臓を動かしているわけではない。その自分が置かれた悲運を利用して、自分の中の生きたいという願いを、父親を救いたいという願いに変えさせた。


 だけどだけど、だけど。どうすればいい。


「……お前が父親を救う方法はずっと前から分かっていたことじゃ。お前が死ねばいい。それですべてが丸く収まるじゃろう? それを分かっていて、お前は見て見ぬふりをしておる。――何故かって? 死ぬのが怖いから。生きたいからじゃ。それを包み隠そうと嘘をつくのが浅ましいと言うておる。――己がエゴを認めるのじゃ。まだお前に死なれてはつまらんからのう」


 エゴを認める。自分の中のタガを外せ。そして知らぬふりをしてきた、罪に身を染めろ。エゴを突き通すためならば、何でもしろ。非道なことをやり通せ。潔く汚れてしまえ。

 簀巻は震える街田の眼球を、老木の仮面の左眼で睨み付けた。


「お前は何のために生きたい?」

「ころすため……。――ころす。あたしがしたくても叶わない、自分の力で生きているやつは殺す。そして、木枯唯をこの手に……」

「いい心がけじゃ」


 ソファーに座る街田の肩にぽんと簀巻の手が下ろされた。

 テレビの中でキャスターがニュース原稿を読み上げる。鳥取砂丘のど真ん中に突如として現れたビルについての話題だった。街田は自分の目を疑い、眼鏡をかけ直してテレビ画面を覗き込む。砂丘のど真ん中に突っ立つそのビルは紛れもなく、街田が侵入したあのネットカフェが入っている雑居ビルだったのだ。


「惚れ惚れするじゃろう。あのどでかいビルを丸ごと動かしたんじゃ。空間転送魔法をあのどでかい建物に。波の魔法使いでは到底成せない技じゃ。――力は常識を、現実を変える。欲しいとは思わぬか?」

「……、簀巻さん、あの力はいったい?」


「禁制魔法を滅ぼすために作られた存在と言われておる。世界の歪みを正すために作られた強力な魔導兵器。あれが伝承の……、‘毒’じゃよ」


 毒。世界に禁制魔法により、歪みが生じた場合にそれを消す存在。――この世で最も多くの魔力を注ぎ込まれた不安定な魔導兵器。

 たったひとりで世界を滅ぼすほどの力を持つと言われている。禁制魔法を犯した愚かな魔法使いに対して送り込まれる報い。


 それが、あのあどけない明日華の正体。


<おまけSSその29>


杏奈「知ってる?ここのネットカフェ、コスプレ衣装もたくさん置いてあるのよ」


三井名「まさか、外に出れるいい方法って……」

杏奈「そのまさかよ!コスプレよ!」


三井名「あたしコスプレで街を練り歩くあの羞恥心と自らの変身願望が満たされたような、何とも言えない感覚が心地よくって」


雷雷「あの……、日光が浴びれないってなると嫌な予感しかしないんだが」



コスプレ衣装:戦隊ものの全身タイツ



雷雷「だーから嫌だって言ったんだよ。身体のラインくっきり出てるから、ものすごい恥ずかしいんだけど」


杏奈「……だってこれしかないから……、肌が出ないのは……」

雷雷「つうかお前のツインテールはどうやってヘルメットの中に収めたんだよ」

杏奈「いや、そういうツッコミはなしの方向で。――あれ? そういや三井名は、まだ着替えてないの?」


三井名「……、あ、あの……もっとダボッとしたのがいい。あたし、胸ないから……、恥ずかしい……」


杏奈、雷雷「ああ……」

三井名「ああじゃないわよ、ああじゃ!」


<おまけSSその30>


「それではニュースをお伝えします。鳥取砂丘のど真ん中に突然現れたビルですが、早速中継が繋がっております」


「はい、こちら鳥取砂丘でございます。見てください砂紋の広がる広大な砂丘に不釣り合いなあのビルを。しかもどうやらネットカフェやカラオケボックスの入っている繁華街の雑居ビルのようでして――、あれ? 誰か出てきました! ちょっと話を伺いたいと思います」


「なんと出て来たのは全身タイツの三人、いや四人組です! なにやら戦隊ヒーローのコスプレをしているようです。にしても体型からして女性二人と子供二人というのが一番奇妙です」


三井名「今あたし子ども扱いされたよね」

雷雷「仕方ないだろ、ちっこいし、胸ないし」

三井名「背も胸もある雷雷に言われると百倍腹が立つんですけどっ!」


「あのー、すみません。ちょっとお伺いしてもよろしいですか。このビルが突然砂丘の中に現れたんですが」


杏奈「いやあ、街を荒らしている怪人にやられてビルごと飛ばされたのさっ。でも安心したまえ、子供たち。怪人は必ず倒してみせるっ!」


雷雷、三井名(杏奈ちゃん……、何をなりきっているの……)



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