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パッチワークソウル 第一部  作者: 津蔵坂あけび
Chapter 2. そして俺は俺に襲われる。
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歪み①


<main side>


 これは誰かが仕組んだ幻なのか。隠された地下室で過去の記憶が俺に見せた映像。 床に書かれた魔法陣に横たわるのは、小学生ぐらいの年齢の自分。――今から考えると、七年か八年かは前だろう。

 幼少の記憶はあやふやになるものだが、こんな脳裏にこびりつくものを俺は忘れていたのか。


 魔法陣に囲まれて俺が眠っている。

 今よりも少し若い父が、背中を震わせる。がくがくと震わせる。

 眠っている俺の電源を切ろうと、俺の額に手を翳す。


「……、唯。すまない。お前は、生まれてはいけない存在だった」


 やめろ。やめろ。こんなのあんまりだ。

 こんな悪趣味な幻は見たくない。


 水晶体にひびが入りそうな衝撃に、額を押さえて悶絶する。


「だからせめて、痛みを感じることなくここで死んでくれ。世界のために」


 世界のために、息子を殺す。――自分の家族の人生がかかってるのに、そんな引き算をしないでくれ。引かれた俺はどう思えばいい? これから父にどんな顔を向ければいい? 自分を殺そうとした父親と俺は、ひとつ屋根の下にいなければいけないというのか。


「最悪だ。最悪……だ……」


 木枯鏡華。――母親の名前とともに忘れさせられていた禁断の記憶の前で、俺は自分を一時停止させた。もう、これ以上起きていたくなんかなかった。――そして目覚めずに、眠ったままになりたかったんだ。

 旅立つ前に父の声が聞こえた気がするが、俺は拒絶した。

 崩れ落ちる身体を支えようとするその手を跳ねのけて、薄い木板に身体を打ち付けた。


 そんな打ち身を理由に、俺は現実を捨てて闇の中に潜った。


 夢。レンタル屋で棚に並ぶDVDの背をなぞってどの夢を決めるか自分の意志で決めるんだ。そんな夢の見方が出来ればいいのに。――でも夢に心理があるというのなら、そんなこと既にしているようなものなのか。


 俺が選んだ夢は思い出したくない過去。身体をゴム臭い上靴で蹴られた。

 皮を一枚被ったような感覚の遠い痛みを覚える。


「おまえ、母さんがいないんだってな」


 俺を蹴った上履きを履いた子供がそう言った。もう一発。今度は鳩尾を膝で突かれ、転倒した。縮んだ自分の脚が見えた。

 思い出したくもない、小学校の頃の記憶だ。


 他に虐める理由がなかったのか。虐めるなら、もっとましな理由で虐めろ。


 個室便所に押し込められて、上から腐った緑色の水をかぶりながら、捻くれた願いを叫んでいた。


「俺も同じだ」


 声が聞こえた。――日秀の声だ。草むらに横たわる俺。今度は中学生の時の記憶。なんだか夢というより、走馬燈のようだ。

 禁断の記憶を知って精神的ショックで自失。――笑える死に方だ。


 左手で草を掴んで、右手で石を投げる。穏やかな下流の川の流れに波紋が広がった。


「俺の母親も幼いころに死んだ」


 彼との最初の会話は背中越しだった。

 惨めだったから。虐めるために理由が欲しかった。そんな薄っぺらい暴力に白旗を上げていた臆病な俺は、それ以降、家族以外に誰とも関係を持たなかった。その孤独感と閉塞感を石に込めて投げていた。――石とともに消え去ってくれればいいのに。

 結局は、それに続く波紋のように、後を引く余韻が俺を苦しめた。


「だからなんだ。安い同情なら必要ない」


 捻くれた自分の答えが再生される。

 そして雨が降った。俺の肩をしとしとと濡らす。さめざめと泣くような静かな雨だ。


「ならどうして話したりなんかした?」


 そこで俺は笑った。――自嘲以外の何でもなかった。日秀に返す答えがその言葉で一瞬にして全て奪われたからだ。それから彼は俺の隣に座り、同じ雨に降られながら夜の空を眺めた。星の光なんて雲でほとんど見えなかったが、彼は記憶だけで俺に星座を教えた。


「家族はお父さんだけだけど、そのお父さんもなかなか帰ってこない。でもお父さんは図鑑や沢山の本をくれた。だから……俺は、沢山の本を読んだ」


 最初は孤独を紛らわすために。本の中の知識や空想は、自分がひとりだということを忘れさせてくれた。――まるで本が父親みたいだとも。ふたりの腹時計が空腹の時報を鳴らすまで語り合った。


 今でもよく覚えている。そして辛いことがあるといつでも思い出す。


 さあ、次の走馬燈はどこの場面だ。


 けたたましいクラクションの音が頭の中で鳴り響いた。

 それに続いてタイヤのゴムが剥がれそうなほどのブレーキ音も。――事故の場面か。走馬燈だけあって時系列も気まぐれだ。


 俺の母親、木枯鏡華はたしか交通事故で死んだ。そう親父が言っていた。

 俺は母親の死に目に会えていない。――じゃあ、さっきのクラクションの音とブレーキの音は俺の想像か? それにしては、やけにリアルで真に迫った音だったぞ。

 母親の葬式のことも、仏壇も名前も、生前の思い出も何も覚えてない上に、それを不思議にも思わなかったくせに。今さら俺は、母親の死を悼んでいるのか。――はっ、ふざけた話だ。


「お兄ちゃん? ……お兄ちゃん」


 呼ぶ声がして目が覚めた。

 来ることがないと思っていた夢の終わり。


 視界が開けると自分の部屋のベッドの上。妹の風香が、枕元に座っていた。上体を起こすと彼女はそっと胸を撫で下ろす。――どうやら俺は死んでいなかったらしい。

 少しの間気を失っていたのだそうだ。――とは言っても、時間はそれなりに過ぎてるようで、夜が明けてしまっている。


「良かった、気が付いて」

「風香、お前が運んで――」


「お父さんよ」


 その言葉が聞こえた瞬間、不覚にも絶望している自分がいた。

 自分を殺そうとした父に助けられた。この感覚に恐怖を覚えてしまう俺は異常か。


「……安心して。お父さんはお父さんだから。あんなことしようとしたから、嫌いだけど。お父さんであることに変わりはない。――お兄ちゃんのことも大切に思ってる」


 分かってはいる。分かってはいるつもりだ。

 今まで父から殺意を感じたことなどなかったし、誕生日もいつも必ず祝ってくれていた。入学祝いもしてもらった。駄目なことをしたときは叱ってくれた。

 でも、そのひとつひとつを思い返すたびに、地下室で見たあの記憶が頭の中に蘇って来る。

 どうして。どうして。尽きない疑問とともに。


「だからこそ、あの記憶を封じてしまいたかった」


 そうだ。妹の言う通りだ。

 あの記憶は知ってはいけないものだった。すべてが割れた鏡に映ったように歪んで見えてしまう。


「知ってしまえばすべてが歪んで見えるから。――だから分かっていても、お父さんのことが嫌いで仕方ない。洗濯ものも別にしてしまうし、お父さんの晩御飯だけ少なめに盛り付けちゃうし」

「……、それはなんか違う気がする」


 こんな歪んだ世界を、妹はずっと生きて来たというのか。

 自分よりも小さなその背中でこの重圧に耐えて来たのか。彼女は頬に涙を流した。今すぐにでも、もう一度封じてしまいたい。こんな事実、なかったことにしてやりたい。でも、自分にはそれができるほどの魔力はないと。


「――あの人なら……」

「えっ」

「い、いや……、なんでもないの」


 なにか引っかかることを呟いた風香だったが、すぐに平静を取り繕った。


「襲撃を受けたの。簀巻藁葉という魔女。――この家のことを色々と探っているようだった。そしておそらく、彼女はあの記憶を見たわ。狙いは――」


 美月に決闘を申し込んで大敗し、消耗したところを狙われたのだという。引っかかるのは、あの禁断の記憶をその簀巻という女が見たということ。襲撃の狙いも、禁断の記憶を手に入れるため。俺の父親が俺を殺そうとした。――そんな禍々しい過去が、誰かに狙われている。


「……どういうことなんだ?」

「お父さんの秘密を握りしめて潰す気かも」


「……、そろそろ学校に行かなくちゃ。お兄ちゃんは?」

「行くよ」


 気分はすぐれない。だが自宅で仕事をしている父とずっといるのは、知りすぎてしまった俺には何よりもの苦痛だった。できれば、今から学校に行くまでの間に目を合わすことも、声をかけられることも、今はしたくない。――俺には、妹のように平静を装うことは、できそうにないからだ。


「あたし、寝れてなくて。今日のお昼は学食で我慢して」


 震えた声。風香は立ち上がると少しよろけた。

 俺は無理をするなよと声をかけた。から返事で俺の部屋を後にする風香。


 時刻は七時を過ぎたころ。そろそろ準備をしなければならない。


<おまけSSその25>


唯「うっしゃあ、水切り連続20回越えたぜ!」

日秀「えぇ、俺やっとコツ掴んだぐらいなのに」


唯「これは俺の数少ない特技だからな」

日秀「どうやったら上手くなるんだよ。教えろよ」


唯「……、放課後いつも河原で石投げてたら自然と……」

日秀「ご、ごめん……。他意はないんだ……」


<おまけSSその26>


日秀「あそこにあるのがカシオペア座だ」

唯「へぇ、どうやって見つけたの?」


日秀「カシオペア座は、明るい星が3つ連続して並ぶんだ。それを捉えて、北極星との位置関係から判断する。――今日はうお座も見えるな」

唯「日秀は物知りだな。俺にも見えるといいな。そのカツオペア座」


日秀「いや確かにうお座は二匹の魚が対になってるが、上手いこと言わなくていいから」

唯「え? 上手いってなにが?」


日秀「今のことは忘れてくれ……」


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