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コメディー短編(現代社会)

俺の走馬灯が何か変なのだが……

作者: 多田 笑

少しでも笑っていただけたら嬉しいです。

 走馬灯──。


 人間が死を覚悟したとき、脳裏に深く刻まれた記憶が、まるで映写機のフィルムのように次々とよみがえるらしい──。


 もし、高校生の俺が今、死んだならば、

 一体、どんな映像を見るのだろうか──。



 夕暮れの帰り道、俺は自転車のペダルを思い切り踏み込んでいた。


 信号が黄色に変わりかけている。いける——そう思った瞬間。


 視界の端で、ヘッドライトがこちらを向いた。


「……あ」


 ドン、と世界が横から殴り飛ばされた。


 体が宙に放り上げられ、音が消える。


 ゆっくり回転しているのに、なぜか落ちる気配がない。


 ──なんだよ、これ。夢……じゃないよな?


 視界に、白い光がふわりと広がる。


 ──あ、これが、走馬灯か……。

 俺、死ぬんだな……。



 最初に見えたのは、両親の笑顔。祖父母までそろっている。


 おそらく俺は、まだ赤ん坊だ。ベビーベッドに寝ている。


 みんなニコニコ笑っている。

 両親も、祖父母も……そして宇宙人も。


 ──え!? 宇宙人?


 なんで、明らかに“グレイ型”の宇宙人が家族に混じって、普通に俺を覗き込んでるんだ!?


「たかし、ほら、笑いかけてみろよ」


 父が宇宙人に、満面の笑みで言う。


 ──た、た、たかし!?

 誰なの? そんな名前なの? 親しいの!?

 しかも宇宙人、“いないいないばあ”して照れてるし!!


 俺の混乱なんてお構いなしに、映像はふっと切り替わった。



 公園。


 幼馴染みの美紀と砂場で遊んでいる俺。


「は〜い、泥団子。たくさん食べてね〜」


 美紀は得意げに泥団子を四つ並べていた。


 しかし俺は見てしまった。

 その中のひとつに……犬のフンが混ざっていることを。


 美紀は、あのあと手を洗ったんだろうか。


 まあ、その後ふつうに成長してたし……問題なかったんだろう、たぶん。


 また、映像が水に溶けるように変わっていく。



 小学校——。


「起立」


 学級委員の関根君が号令をかける。


「礼」


 全員が頭を下げる。


「着陸」


 関根君の渾身のボケだった。

 普段は真面目すぎるくらい真面目な男だ。


 だが誰ひとりツッコまず、全員着席した。先生すらも──。


 彼はその後、都内の難関私立中学に合格した。


 あれは……きっと人生で一度だけ訪れた気の迷いだったのだろう。


 場面がまた変わる。



 中学校、授業中。


 窓際で、隣の席の奈央が俺にそっとメモを押しつけてきた。


『今日の部活、がんばって!

 あと、“オムライス”って“小村おむらの椅子”みたいだよね?』


 ──誰だよ、小村って!!


 しかし俺は、“小村”に触れず、『ありがとう』とだけ返事を書いて渡した。


 それ以来、奈央とは疎遠になった。


 今思えば、“小村”が誰か、聞いておくべきだったのかもしれない。


 視界がすっと暗くなる。


 ──え、ちょっと待って? 終わり?


 俺の走馬灯、謎に気になることばっかりなんだけど? もっとあるでしょ、いい思い出とか、感動した瞬間とか……!


 こんなのイヤだ!! 

 こんな走馬灯、嫌すぎる!!


 俺が嘆いていると、再び白い光が押し寄せた。



 ハンバーグ。

 カレーライス。

 鶏のからあげ。

 ラーメン。


 ……


 俺の好きな食べ物が、現れては消えていく。


 ハンバーグ。

 カレーライス。

 鶏のからあげ。

 ラーメン。


 ……


 バンクーバー。

 カーレーライス。

 鶏のもみあげ。

 ラメーン。


 ……


 八ンバーグ。

 力レ一ライス。

 鶏の力ラアゲ。

 ラ一メン。


 ……


 ──ちょ、ちょっと!!

 ストップ、スト〜ップ!!


 明らかに変なの混ざってたよね!?


 “バンクーバー”は意味わかるとして、“鶏のもみあげ”って何!?


 “カーレーライス”とか、“ラメーン”って何!?


 あと、最後のまとまり!!


 “カ”が“(ちから)”になってるし、“ー”や“ハ”が漢数字の“一”や“八”になってるのも意味わからん!!


 そもそもさ……

 映像なんだから、文字じゃないはずなんだけど!? これ、走馬灯だよね!?


 違う、違う!

 

「ああ、俺の人生良かったな」みたいなやつ!

「我が人生に一片の悔いなし」って言えるやつ!


 そんな走馬灯が見たいの!

 見たい~の~~!!



「───という夢を見たんだ。どうだ、怖いだろ?」


 修学旅行の夜。布団にくるまりながら、俺はクラスの連中に向かってそう言った。


 一瞬の静寂ののち、部屋の隅でコーラを吹き出す奴、俺に全力でツッコむ奴、なぜか真面目に怖がる奴――反応はめちゃくちゃだった。


「お前、それ……違う意味で怖いだろ」

「小村の椅子が意味わかんなすぎて笑ったわ」

「ていうか、たかし誰!?」


 そう、あの走馬灯は全部、ただの夢の話。

 怖い話大会で、俺が披露した“俺なりの怖い話”だった。


 そのとき、誰かがぽつりと言った。


「でもさ……納得できる走馬灯が見られるくらい、いい人生にしたいよな」


 その言葉に、俺は思わず顔を上げた。

 そして、自然と笑っていた。


「ああ。俺もそう思う。“我が人生に一片の悔いなし”って、いつか本気で言ってみたいよな」


 そう言うと、なんとなくみんなも静かにうなずいた。


 夜風がカーテンをやさしく揺らし、涼しい空気が静かに部屋へ流れ込んでくる。


 修学旅行の夜は、ゆっくり、ゆっくり更けていった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
お久しぶりです。 コメディだと知らずに読んでしまいました。 他の箇所より「着陸」で受けました。(*^。^*) 最後は夢落ちなのかな? 修学旅行の学生たちの雰囲気の締め方が爽やかで良かったです。 コメデ…
家族の中にしれっと混ざっている宇宙人…… 馴染みのない“たかし”をグレイに変換したのか、それとも気づかないうちに侵略されていることを意識下で認識していたのか、これは主人公の走馬灯もミステリ…… と思…
修学旅行の夜は無駄にハイテンションですからね〜。 その雰囲気が伝わってきましたよ! ⁽⁽◝(•௰•)◜⁾⁾
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