俺の走馬灯が何か変なのだが……
少しでも笑っていただけたら嬉しいです。
走馬灯──。
人間が死を覚悟したとき、脳裏に深く刻まれた記憶が、まるで映写機のフィルムのように次々とよみがえるらしい──。
もし、高校生の俺が今、死んだならば、
一体、どんな映像を見るのだろうか──。
◇
夕暮れの帰り道、俺は自転車のペダルを思い切り踏み込んでいた。
信号が黄色に変わりかけている。いける——そう思った瞬間。
視界の端で、ヘッドライトがこちらを向いた。
「……あ」
ドン、と世界が横から殴り飛ばされた。
体が宙に放り上げられ、音が消える。
ゆっくり回転しているのに、なぜか落ちる気配がない。
──なんだよ、これ。夢……じゃないよな?
視界に、白い光がふわりと広がる。
──あ、これが、走馬灯か……。
俺、死ぬんだな……。
◇
最初に見えたのは、両親の笑顔。祖父母までそろっている。
おそらく俺は、まだ赤ん坊だ。ベビーベッドに寝ている。
みんなニコニコ笑っている。
両親も、祖父母も……そして宇宙人も。
──え!? 宇宙人?
なんで、明らかに“グレイ型”の宇宙人が家族に混じって、普通に俺を覗き込んでるんだ!?
「たかし、ほら、笑いかけてみろよ」
父が宇宙人に、満面の笑みで言う。
──た、た、たかし!?
誰なの? そんな名前なの? 親しいの!?
しかも宇宙人、“いないいないばあ”して照れてるし!!
俺の混乱なんてお構いなしに、映像はふっと切り替わった。
◇
公園。
幼馴染みの美紀と砂場で遊んでいる俺。
「は〜い、泥団子。たくさん食べてね〜」
美紀は得意げに泥団子を四つ並べていた。
しかし俺は見てしまった。
その中のひとつに……犬のフンが混ざっていることを。
美紀は、あのあと手を洗ったんだろうか。
まあ、その後ふつうに成長してたし……問題なかったんだろう、たぶん。
また、映像が水に溶けるように変わっていく。
◇
小学校——。
「起立」
学級委員の関根君が号令をかける。
「礼」
全員が頭を下げる。
「着陸」
関根君の渾身のボケだった。
普段は真面目すぎるくらい真面目な男だ。
だが誰ひとりツッコまず、全員着席した。先生すらも──。
彼はその後、都内の難関私立中学に合格した。
あれは……きっと人生で一度だけ訪れた気の迷いだったのだろう。
場面がまた変わる。
◇
中学校、授業中。
窓際で、隣の席の奈央が俺にそっとメモを押しつけてきた。
『今日の部活、がんばって!
あと、“オムライス”って“小村の椅子”みたいだよね?』
──誰だよ、小村って!!
しかし俺は、“小村”に触れず、『ありがとう』とだけ返事を書いて渡した。
それ以来、奈央とは疎遠になった。
今思えば、“小村”が誰か、聞いておくべきだったのかもしれない。
視界がすっと暗くなる。
──え、ちょっと待って? 終わり?
俺の走馬灯、謎に気になることばっかりなんだけど? もっとあるでしょ、いい思い出とか、感動した瞬間とか……!
こんなのイヤだ!!
こんな走馬灯、嫌すぎる!!
俺が嘆いていると、再び白い光が押し寄せた。
◇
ハンバーグ。
カレーライス。
鶏のからあげ。
ラーメン。
……
俺の好きな食べ物が、現れては消えていく。
ハンバーグ。
カレーライス。
鶏のからあげ。
ラーメン。
……
バンクーバー。
カーレーライス。
鶏のもみあげ。
ラメーン。
……
八ンバーグ。
力レ一ライス。
鶏の力ラアゲ。
ラ一メン。
……
──ちょ、ちょっと!!
ストップ、スト〜ップ!!
明らかに変なの混ざってたよね!?
“バンクーバー”は意味わかるとして、“鶏のもみあげ”って何!?
“カーレーライス”とか、“ラメーン”って何!?
あと、最後のまとまり!!
“カ”が“力”になってるし、“ー”や“ハ”が漢数字の“一”や“八”になってるのも意味わからん!!
そもそもさ……
映像なんだから、文字じゃないはずなんだけど!? これ、走馬灯だよね!?
違う、違う!
「ああ、俺の人生良かったな」みたいなやつ!
「我が人生に一片の悔いなし」って言えるやつ!
そんな走馬灯が見たいの!
見たい~の~~!!
◇
「───という夢を見たんだ。どうだ、怖いだろ?」
修学旅行の夜。布団にくるまりながら、俺はクラスの連中に向かってそう言った。
一瞬の静寂ののち、部屋の隅でコーラを吹き出す奴、俺に全力でツッコむ奴、なぜか真面目に怖がる奴――反応はめちゃくちゃだった。
「お前、それ……違う意味で怖いだろ」
「小村の椅子が意味わかんなすぎて笑ったわ」
「ていうか、たかし誰!?」
そう、あの走馬灯は全部、ただの夢の話。
怖い話大会で、俺が披露した“俺なりの怖い話”だった。
そのとき、誰かがぽつりと言った。
「でもさ……納得できる走馬灯が見られるくらい、いい人生にしたいよな」
その言葉に、俺は思わず顔を上げた。
そして、自然と笑っていた。
「ああ。俺もそう思う。“我が人生に一片の悔いなし”って、いつか本気で言ってみたいよな」
そう言うと、なんとなくみんなも静かにうなずいた。
夜風がカーテンをやさしく揺らし、涼しい空気が静かに部屋へ流れ込んでくる。
修学旅行の夜は、ゆっくり、ゆっくり更けていった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。




