エピローグ
私たちは、再びあの屋敷に帰ってきた。あっという間の日々であったが、酷くここが懐かしく感じるし、ここに再び帰ってこれたことを、うれしく思う。
王都での後始末など、やるべきことは多々あったのだが、そちらはローザに任せることとなった。そう言った裏工作や国との交渉は彼女に任せておけばいいだろう。
今、この屋敷には新たな住人がいる。
まず一人は、アイリーンだ。先の戦闘で右腕を失ってしまったアイリーンは今はこの屋敷に身を寄せている。戦闘の傷は非常にひどく、もう戦うことはできないだろう、と彼女は言っていた。それでも、悔いはないという。義手は好かない、ということで片腕でどうにか薬の調合などできるようにしていたし、サクヤを助手代わりに、それまでの薬の仕事も続けているらしい。
そしてもう一人は、私の妹ヴェロニカである。
ヒュドラーの生き残りである彼女のことを、王国側は引き渡しを要求したのだが、そこはローザにうまく丸め込まれた、というよりは恫喝されたらしい。国の貴族たちの腐敗の証拠などで黙らせたようだ。さすがに国のトップともなれば、VENGEANCEの名を知らないわけにもいかないようであった。それに、ヒュドラ-撃退は私たちのおかげであることも知っていたため、素直に引き下がった。
ヴェロニカ、と言う名は、あの時母が呟いた、与えられるべき名前であった。ヴェロニカに母の愛を伝えることは難しいが、母の代わりにも、私がヴェロニカを愛し、支えていこう、と強く思った。
やはり、と言うべきか、最初の頃の私、もしくはそれ以上に彼女にとってここでの生活は戸惑いが多かった様子である。それでも、数日もすれば勝手もわかってきた様子だ。
サレナやツァールからも懐かれている様子である。いつか、彼女がヒュドラ-、そしてアンドラスから完全に離れることもできる日が来るであろう。
ジェームズはあれからもちょくちょくこの屋敷に来ている。なんだかんだでここでの暮らしに慣れているし、女性ばかりで目の保養になる、と彼は言っていた。弓の腕を磨くためにも、ここが一番なのだ、と言っている。
「ヴェンティ」
屋敷近くの草原で、妹がサレナと遊んでいるのを遠く見つめていると、いつの間にか近くに来ていたサクヤが声をかけてくる。白いワンピース姿のサクヤは私の隣に腰を下ろす。
「アイリーンの手伝い、終わったの?」
「ええ。最近やっと少し慣れてきた、ってところかな」
もともと容量のいい彼女だから、アイリーンの教えることもすぐに吸収している様子で、彼女もなかなかいい弟子だ、と褒めていた。
こつん、と彼女の頭が私の肩を叩く。黒い髪が、風になびき、微かに私の鼻孔をくすぐる。
「サクヤ?」
「本当に心配したんだよ、あの時」
あの時、とは私が恐らく倒れていたころだろう。今では何があったのか、よくはわからないが、あのまま諦めていたら、恐らく私はここにはいなかっただろう。
「ごめん、心配かけて」
「ううん、いいの。こうして今、生きていてくれる。それだけで」
そっと手が重ねられる。私もその手を握りしめ、笑った。
そして、そっとその唇を奪う。
「ふふ」
二人で笑いあう。
守ってみせる。これからも、この先も。もう二度と、失いはしない。
夜の闇に沈む中、月明かりのもと私は一人泉に立つ。
光に輝く泉に入り、私は舞う。
それは、今はなきものたちに掲げるものであった。
母や死んだ友人たち、そして守れなかった黒髪の彼女のために、私は躍る。
踊りながら、心が軽くなったように感じた。アンドラスを殺してからも、耳の奥で囁いていた怨嗟の声が、消えていく。
人知れず、涙が零れた。哀しいことはないはずなのに、涙は止まらない。
さようなら、さようなら。
耳に聞こえる、別れの声。そして、幻視した黒髪の、私の愛したともの姿。彼女は笑い、私に言った。
『生きてね。私の分まで』
そして、消えていった。彼女がどこに向かうのかは、わからない。魂がどこへ行くのか、それはわからない。
けれども、彼女にも救いがってほしいと、強く願った。
ふと気配に気づくと、後ろにはローザが立っていた。
「ローザ」
名前を呼ぶと、ローザは静かに泉から上がってきた私を手に持っていたタオルで拭く。
「これで、あなたは自由ね。いつまでも無理をして、ここにいる必要もないのよ?」
目的が終わった今、私が無理にVENGEANCEである必要はない、と言っているのだろう。
けれど、私は頭を振った。
「確かに、アンドラスは倒したけれども、ヒュドラ-が完全に消えたわけじゃない」
それに、ヒュドラ-が消えようとも、人間がいる限り、悪が絶えることはない。復讐を求める声は、止むことはない。
私を救ってくれたローザのように、私もまた、誰かを救いたい。それが偽らざる私の心であった。
これが、私の生き方なのだ。
「そう。なら、私はあなたを歓迎するわ、ヴェンティ。これからも、よろしくね」
差し出された手を、私は握る。
あの日、この手が救ってくれた。この手が、導いてくれた。
『望むならば、復讐を・・・・・・・・・・・・・・』
暗闇の中、私は駆け抜ける。
闇が蠢くとき、また復讐を求める怨嗟の声が響く。
悪の信奉者、犯罪者、欲深き罪人たちよ、我を畏れよ。
我は真紅の狩人、復讐の女神。
血の贖いと裁きをもたらすものなり。
真紅の衣を翻し、私は屋根を飛び下りる。抜き放たれた刀が、闇を切り裂く。
私の名前はヴェンティ。人は私をVENGEANCE、もしくは『CRIMSON HOOD』と呼ぶ。
The End、But It is the beginning of new Legend of VENGEANCE.




