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38

アンドラスの容赦ない斬撃は、何度も私の肌をかすめる。全神経を研ぎ澄まし、致命傷を避けてはいるが、彼の攻撃は確実に私の体力を削り、血を失わせた。

身をかがめ、脚をかけるがアンドラスはそれを躱し、手刀を私の腹に叩き込む。かは、とつばが漏れ出る。だが、これでいい。私は口に含んでいた毒針を吹き飛ばし、アンドラスの腕に突き刺した。

アンドラスが私から距離を取り、すぐさま毒針を抜いた。


「毒如きで私を倒せるとでも?」


「倒せなくても構わない。一瞬でも注意を逸らせれば、それで十分」


アンドラスが退いたことで、体勢を立て直す余裕ができた。仕切り直しとばかりに構えた私をアンドラスは不気味に見据え、再び斬撃を放つ。

横に避けた私は、ナイフを投擲する。アンドラスはそれを刀で叩き落す。

すでにこの戦いが始まって長い時間が経っている。手持ちの武器はもはや底を突きそうである。消耗している私と比べ、アンドラスは未だ傷一つない。

諦めるか?いいや、諦めはしない。私が倒すと決めた。

忘れるな、思い出せ。彼女の死を。アンドラスの勝利がもたらす悪夢を。

目をしっかりと開け、耳を研ぎ澄ませ。

一撃でいい。ただの一撃でいい、それで決着をつけろ。

アンドラスに勝つには、その一撃だけでいい。

そのためならば、肉も骨も斬らせよう。


「あぁあああああああああああああああああ!!!!」


私は突進する。


「自暴自棄になったか、わが娘よ!」


「あんたには負けない!」


「大した意志だ。認めよう。貴様は私が思った以上の存在であった、と。この私をここまで引きとめるとはな。だが・・・・・・・・・・・・・・・!!」


アンドラスの刀が私の持つ二本の小刀を叩き折った。


「貴様の武器と私の刀では、格が違う」


アンドラスの持つ名刀の前には、私の武器は鈍に等しい。これだけ打ち合えば、壊れもするだろう。よくここまでもったものだ。


「さあ、これで貴様の武器はもはやないぞ」


「ッ」


アンドラスの刀が私を襲う。受け止めることもできず、避けるだけの私をアンドラスは嘲笑する。

けれど、私は諦めはしない。屈しはしない。

殺せ、殺せ、復讐しろ、復讐しろ!叫びが聞こえる。魂を打ち据える叫び。身を焦がす激昂。昂ぶる心臓の鼓動。

武器ならば、ある。


「これで終わりにしよう、VENGEANCE」


ゆっくりと、死を導く刃が私の首に振り下ろされる。その瞬間、時が止まったように、周囲が灰色になった。そして、その中で私は唯一残された最後の武器を取り出した。

アンドラスはミスをした。それは、私が抵抗できないと思ったことだ。アンドラスの猛烈な攻撃に、抵抗の意志すら失い、ただただ死を待つだけだ、と。アンドラスの顔には、余裕が生まれ、慢心が現れていた。そこに、付け入る隙がある。


ずしゃ、と鈍い音が響く。アンドラスの刃は、私の背中を切り裂いた。アンドラスの予想を超える動きで、どうにか首を落とされずに済んだ。アンドラスが再び刀を振り上げようとするが、遅い。もう、間合いに私は入っている。

アンドラスの右腕を押さえる。抵抗するアンドラス。さすがに力ではあちらが上だ。だが、少しでいい。一秒でも隙ができれば、それでいい。


「ぐぉぉ・・・・・・・・・・、おのれぇ!」


アンドラスの自由な腕が、私のナイフを持つ右腕を絞めつける。


「ああああああああああっ!!」


骨のきしむ音。圧迫感に、指の力が抜け、ナイフが滑り落ちる。

私は咄嗟に、背を低くした。背筋は痛み、圧迫される右腕はなおも悲鳴を上げている。私は口を開け、ナイフの紅い柄を噛んだ。そして、アンドラスの腕に突き刺し、抉った。アンドラスの拘束が解ける。私はそのままナイフを口にくわえながら、アンドラスの顔に自分の顔を近づけた。


「VENGEANCE・・・・・・・・・・・・!!」


私を前にして、アンドラスは初めて焦りを見せた。紅い瞳に映る私。それは、恐怖で歪んでいた。

紅いフードの奥から、燃える瞳をアンドラスに向ける私は、別人のように見えた。

私は口にくわえたナイフをそのまま、アンドラスの首筋に突き立てた。アンドラスの右腕の刀が、私の腹から生える。血を吐き出し、真紅のナイフの薔薇の意匠が濡れる。けれど、ナイフを離しはしない。

深く、深く首に突き立てる。アンドラスの血が、私の顔を濡らす。悲鳴。痛み。アンドラスの刀が、私の臓腑を抉る。絶叫を上げそうな痛みにこらえながら、私は耐える。

かは、とアンドラスは血を吐き出す。それでも、刀を握ることはやめない。

いいだろう、ならば、我慢比べと行こう。どちらが最後まで立っていられるか、勝負だ。


「き、さまァ・・・・・・・・・・・・・」


アンドラスが血を吐き出しながら私を見る。首筋にナイフを突き立てたまま、私はアンドラスに笑みを向ける。死んでも離れはしない。


「が、ぁは・・・・・・・・・・・・・・・・」


ぎり、と奥歯を噛みしめ、アンドラスが刀を回す。肉が引きちぎれ、血が噴き出す。それでも、私はやめない。

私は口に噛みしめたナイフを前に引いた。アンドラスの首の骨を削り、肉を裂く。


「ぐ、ぶぶぶ、ぐ、がァ・・・・・・・・・・・・・・・・・ぁぁぁあぁ」


アンドラスの目が白目をむき、その目の焦点が定まらなくなると、その手から力が抜けた。私は口を離すと、自由になった腕で首に刺さったナイフを掴み、思い切り振る。そして、それはアンドラスの首を完全に切り落とした。

銀の髪をなびかせる首は、宙に舞い、そのままボトリと地面に落ちた。壮絶な死に顔を浮かべたヒュドラ-の首領。力なく倒れた身体。

私は腹に突き刺さった刃を引き抜き、アンドラスの心臓に突き刺した。そして、そのまま倒れ込むように地面に崩れた。

血を失いすぎたな、と私は息をつきながら思った。けれど、勝ったのだ。私はついに、アンドラスを倒したのだ。


「・・・・・・・・・・・やったよ、私は」


目を閉じ、彼女に報告する。これで、終わる。私の復讐は・・・・・・・・・・・・・。




「アレェ、アンドラス様死んじゃったのかァ」


目を開けると、そこには一人の少年が立っていた。いつか、私とともに歩み、そして消えた少年。失ったはずの右腕はそこにあるが、動きからして義手であることは明白であった。

彼は真紅の宝玉を左手に持ち、地面に転がる私を見る。


「へえ、君が殺したのか」


「・・・・・・・・・・・・・・」


喋る気力も残っていない私は、敵意を込めた目で少年を見る。


「でも、都合がいい。これでヒュドラ-は俺のものになるんだからな。君には感謝するよ、VENGEANCE。このサルトルが、世界の王になるのだから」


サルトルはそう言い、私の髪を持ち上げ、私を地面にたたきつけた。


「やめなさい、サルトル!」


いつの間にか私の近くに来ていた妹が、ナイフを構えてサルトルを見る。おや、とサルトルは妹を見て、愉快そうに口角を上げた。


「プリンセス、どうしたのですか?まさか、こいつに絆されましたか?」


「離れなさい、今すぐ、そこを」


「ふん、偉そうに俺に命令する気かよ?生憎だが、俺はもうあんたには従わないぜ。アンドラスも、アビスムスも関係ない。ヒュドラ-は俺のものだ、そう。この宝玉で、神を蘇らせれば・・・・・・・・」


その時、妹の振り上げたナイフが、サルトルの頬を切り裂いた。サルトルは、激昂し、妹を叩きつけた。


「こんの、アマァ!」


「やめ、ろ・・・・・・・・・・・・・・・」


私は立ちあがり、サルトルの前に出る。


「そんなボロボロの身体で、何ができる?まあいい、その不屈の闘志に免じて、見せてやろう。我らが神の御姿を」


そう言うと、サルトルは左手に持った宝玉を地面にたたきつけた。あ、と妹が叫ぶ。宝玉が割れた瞬間、何か強大なものが解き放れたように感じた。

昼間だというのに、空は暗い雲が多い、陽が消え去った。

雷が鳴り響き、嵐が来るかのごとく、雲は歪む。

闇の気配が濃くなる。


「異界の神よ、大いなる竜よ、汝が信者が祈る。この世に破壊と再生をもたらす神よ、目覚めよ!!」


「く、そ!」


阻止せねば、と私はナイフを投擲したが、それはサルトルの義手に阻まれた。


「すべてを焼き尽くせ、ヒュドラ!!」


「させない!」


妹がサルトルを背後から襲う。ナイフの刃がサルトルの首を突き刺した時、サルトルは白目をむいた。

やったか、と見る私の前で、サルトルの目は再び焦点を合わせると、首に痛みなど感じていないように妹を叩きつける。


「ふん、ギリギリで間に合ったか」


しかし、その声は先ほどまでのサルトルとはどこか違う印象を受けた。

目を開いたサルトルの瞳は、真紅の瞳であった。


「まさか、貴様は・・・・・・・・・・・」


驚愕する私の前で、サルトルだったものは笑った。


「何を驚いている、わが娘よ」


「アンドラス・・・・・・・・・・・!!」


先ほど殺したはずのアンドラスは、サルトルの身体を自分のもののように扱い、笑った。


「愚かなサルトルよ、私を差し置いて我が神に面談しようとはな。だが、宝玉を見つけ、私に体を提供したのだ。その褒美は与えねばな」


「貴様、人間じゃない・・・・・・・・・・・・」


「ククク、その通りだ。とうの昔に身体は捨てた。我が魂は我が神の一部と化している。我が神が死なぬ限り、私もまた死ぬことはない。たとえ、肉体が滅びようとも、我が魂は不滅よ」


サルトルの髪は次第に銀色に変化していく。アンドラスは倒れているかつての自分の身体から刀を引き抜き、私を見る。


「どうやら、我が神が君臨するにはまだ犠牲が足りぬようだ。もっと血を、という我が神の声が聞こえる」


そして、私を見て笑った。彼の目は、妹を見ていた。

動けない私の前で、妹を殺す気なのだ。


「や、めろ」


「そこで大人しく見ているがいい。もう一度、貴様から奪ってやろう。そして、無力に打ちひしがれろ」


「父上・・・・・・・・・・・・!」


へたり込み、泣いている妹に向かうアンドラス。

また、目の前で奪われてたまるものか。

動け、一瞬でいい。動け。

力を踏みしめる。足は棒のように動かない。けれど、それでいい。

アンドラスの前に飛び出した私は、アンドラスの刃をもろに胸に受け止めた。私の心臓を突き破り、刃が妹の頬を切り裂いた。暖かな血が妹に降りかかる。


「ふん、自ら死を選ぶか」


深く、刀の刃を突き刺し、そのまま引き抜いた。

ばたり、と私の身体は倒れた。失いゆく意識の中で、アンドラスは笑みを浮かべて空を眺めていた。歓喜に染まるその顔。そして、空から現れる、禍々しい紅い竜の首。




そこで、私の意識は途切れた。




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