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式典は翌日になり、王都は異様な喧騒に包まれていた。興奮と熱気、そして、暗躍する者たちの気配。

式典は王城前の広場で行われるらしく、厳重な警備の中王族のパレードと豊穣の儀式、国内外への国力のアピールとしての国宝のお披露目など、様々な予定があるらしい。国内外からくる訪問者数は、近年まれに見る数へとなっているという。

いかに警備が厳重、と言っても、この国の警備などヒュドラ-からすればザルである。私たちにとっても、付け入るすきが十分に存在する。これでは王族暗殺を阻止することは難しいだろう。

ローザ曰く、王族暗殺は飽くまでも注意をそらすための物であり、本来の目的は別にあるのだという。そのため、明日は二手に分かれての行動になるという。


「アンドラスはおそらく自分自身で本来の目的に向かうはずよ。アンドラスの方は私とアイリーンで対処するわ」


ローザはそう言い、私を見た。私がアンドラスを倒したい、という気持ちに配慮したいのだろうが、実力差、それに当日のことを考えているとそれが適当であることは明白であった。

私とジェームズは王族暗殺の阻止に回ることとなる。とはいえ、こちらも重大な問題であり、仮に暗殺などされたものならばヒュドラーの思うつぼになる。どちらも欠かすことのできないもの、と言うことだ。

ローザとアイリーンは当日のために、今日から潜入するという。潜入先でヒュドラーと遭遇する可能性もあるため、準備は怠らないだろう。

当日連絡が取れることはまずない、と考えた方がいいだろう、とはジェームズの言葉である。彼の相棒と言えども、連絡を取ることは不可能な警備状況になる。当日は個々人の判断で動かざるを得なくなるであろうことは、想像に難くない。

何はともあれ、明日、全てを終わらせる。アンドラスのくだらない野望も、ヒュドラーも、私の復讐も。


ローザとアイリーンが行く前に、ささやかながら宴を催した。

静かな、けれど穏やかで幸福な時間。もしかしたら、それが最期になるかもしれない、ということを見な感じていた。私でさえ、死を覚悟していた。それほど、明日は過酷になることを私たちは悟っていた。

そろそろ宴も終わる、と言うころあいに、ローザは皆を見回して、静かに言った。


「もしかしたら、明日誰かが死ぬかもしれない。それでも、私はあえて言うわ。また生きて、皆でもう一度、宴をしましょう」


その言葉に、その場の全員が静かに頷いた。

そして、ローザとアイリーンは去っていった。

二人を見送った後、ジェームズも明日の用意で家を出た。私とサクヤは二人、家に取り残される形となった。


「寂しいわね」


「・・・・・・・・・・・・・」


サクヤの言葉に、私は沈黙を返す。サクヤは、今どんな思いか、それは私にはわからない。

ただ一人、取り残される気分。もしかしたら、明日皆死ぬかもしれない。そうなった時、サクヤはどうなるのか。それをローザに言うと、その心配はしなくてもいい、と言われた。

もしものときは、ある人物が彼女の身柄を保護する、と。どうにか約束を取り付けた、と。

それでも、私は。

私の思考を遮るように、サクヤは私の手を掴んだ。震える手を、強く、強く握りしめた。


「ねえ、ヴェンティ」


「大丈夫」


私は言った。涙に揺れる瞳の奥で、私は力強い眼差しを浮かべていた。


「私は死なない」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


その細い体を近寄せて、私は静かに彼女を抱きしめた。そして、想いを伝えあうようにその唇を重ねた。

それから、私たちは互いに疲れ果てて眠るまで、その思いを確かめ合った。




翌朝、最後となるかもしれない朝日を浴びて、私は真紅のフードとマフラーを見る。

思えば、あっという間であった。ローザとの出会い、サクヤとの出会い、それにアイリーンやジェームズ。それまでの日々が蘇る。

それまで、ただの道具であった私に、人間としての感情を、思いを与えてくれた彼女たちには、感謝してもしきれない。そのまま普通の人間として生きていくことさえ、選ぶことはできた。

けれど、私は復讐を忘れはしない。もう二度と、失いたくはないから。知ってしまったからには、止めなければならない。

今の私はVENGEANCEなのだから。復讐の女神、血の審判者。

死んだ友、それに多くの失われし命のためにも、私は立ち止まることなどできないのだ。

真紅のマフラー、衣を羽織り、灰色の髪をフードの中に掻き入れる。戦場に向かうというのに、不思議と心は穏やかである。腕に刻まれたタトゥーを見て、私は決意を強くする。

待っていろ、アンドラス。我が父にして、最大の障壁よ。そして恐怖しろ、VENGEANCEを。




ジェームズはすでに王城前の広場に来ているだろう。ジェームズは万が一に備え、見通しのいい場所に陣取っているはずだ。どのような位置からでも狙撃が可能なように。相手が狙撃することも考え、それらを阻止することもできる場所に。

ジェームズからの連絡はないが、彼の相棒のツァールが微かに目に移ったことから、まだ無事であることがうかがえる。

王城前の広場はもう人でいっぱいであり、警備の騎士たちも随分いる。とはいえ、この人ごみだ。十分な対処などやはりできはしない。

ヒュドラ-の刺客が隠れる場所は随所にある。それをすべてカバーすることは不可能である。ヒュドラ-の出方を注意深く見なければ、一巻の終わりだ。

闇夜の中で息をする。私の存在を、奴らに悟らせてはならない。直前まで隠れていなければならない。

敵もこちらがいることは知っている。すでに戦いは始まっているのだ。


(・・・・・・・・・・・・サクヤ)


朝、もしもサクヤが何か言ったら、気が変わるかもしれない。そう思い、彼女に睡眠薬を飲ませていた。彼女が起きたころには、恐らくすべては終わっている。

ぐ、と私は拳を握りしめる。集中しろ。お前は何者だ、お前はVENGEANCEだ。耳を傾けろ、精神を研ぎ澄ませ。邪念を捨てろ。自分に言い聞かせる。

そんな私の前で、パレードは始まる。標的とされる王子や国王が豪華な馬車の上から、国民たちに向かって手を振る。

私は目を凝らす。闇の深さが、濃くなった気がした。




―――――――――




アンドラスが狙う『宝玉』。それはアンドラスの信ずる『神』を復活させる最後の鍵だとタツミは言っていた。

異界の神。こことは違う異なる次元より迷い込んだただの怪物。破壊と殺戮をもたらす怪物でしかない、とタツミは語っていた。そんなものをこの世界に呼び込ませるわけにはいかない。

なによりも、この心が騒ぐのだ。無念を晴らせ、復讐を果たせ、と。


(サラディン)


愛した男。ヒュドラーのせいで命を落とした彼の名を、私は忘れたことはなかった。

結局、復讐こそが私なのだと思い知った。それを思い出させてくれたアンドラスには、お礼をしなければならない。

特上の復讐と言う名のお礼を。

お披露目まではまだ時間がある。王城に前日から潜入していた私とアイリーンは二手に分かれてそれを探していた。最重要機密、と言われ、私たちでさえ直前まで知ることができなかった宝玉。おそらく、敵もまだ探していることだろう。

敵よりも先に見つけ出さなくては。

そんな私の前に、奴は現れた。


「やはり、来ると思っていたぞ、ヴェルベット・シスノ・ラヴィアン」


「アンドラス・マケドニアス」


刀を構えた銀髪の幽鬼は、私を見て笑った。


「その様子だと、宝玉はまだ見つけていないようすね」


「ああ、宝玉の前に邪魔な貴様を殺しておこうと思ってな」


アンドラスはニヤリと笑い、私を見た。


「邪魔なタツミはどうせ介入はできない。できたとしても、それは我が神の復活した後。それならば、特に問題はない。当面の障害は貴様だけだ」


「その余裕、砕いてあげるわ、アンドラス」


私は真紅のドレスから武器を取り出した。二本のナイフを構え、私は言う。


「あなたに教えてあげるわ、復讐とはなんなのか、を」


「貴様こそ、教えてやろう。我が身体に宿るは大いなる竜、復讐など竜の前には無意味で無力だとな」


奔りだすアンドラス。

ぶつかり合う刃。

紅い瞳が、私を見る。


「私だけが障害だと言ったわね。けれど、私にも味方はいるのよ?」


「知っている。だが、それは問題ではない」


刀を振りながら、アンドラスは余裕の表情で私の言葉に返す。


「我が不出来な娘も、狩人も、復讐者のなりそこないも、今頃は死んでいるであろうな」




――――――――――




アイリーンは眼前の敵を見る。滴る血が、床を濡らす。彼女の周りには彼女自身の血と、ヒュドラ-の暗殺者の血肉で濡れている。白いタイルは今では赤く染まっている。


「どうした、アイリーン。もう終わりかい?」


そんな彼女の前では傷一つないヒュドラ-の戦士が一人立っていた。嘘っぽい笑みを浮かべた彼は、好青年らしい印象とその整った顔立ちから貴賓を感じさせる。だが、その目の奥にはサディスティックな光がともり、残虐な光は目の前のアイリーンを見て離さない。


「・・・・・・・・・・・あなたが、ヒュドラ-だったとはね」


アイリーンはキ、と睨んだ。美しい顔は苦痛にゆがんでいたが、それでも彼女の魅力は減りはしない。

その顔を見て、満足そうに笑う青年。


「久しぶりだね、アイリーン」


「逢いたくなんかなかったわ、アルビス・・・・・・・・・・・!!」


かつて、彼女が愛した青年。姿かたちそのままに、彼女の前に再び現れた彼は、あの時と同じ微笑で彼女を見る。


「今の僕はアビスムスと言う名前があるんだ。その名前で呼ぶのは、辞めてもらおう」


しかし、とアビスムスは笑いだす。


「まさか、昔火遊びした女が、こうして敵になるとはまったく、運命とは面白いものだねぇ」


余裕のアビスムスに、アイリーンは肩で息をして沈黙をする。アイリーンも敵との実力差を痛感していた。足元に転がる暗殺者とは段違いの実力者であるアビスムス。アビスムスはアンドラスの片腕ともいうべき男であるのだから、それも当然と言える。アンドラスは自身と側近で、来たるべき強敵を出迎えたのだ。


「さあて、アイリーン。再会を祝して、一曲踊ろうか・・・・・・・・・・・・君の悲鳴で、僕の心を満たしておくれ・・・・・・・・・・・!!」


狂気に染まる顔。そして、アビスムスが奔りだす。アイリーンは懐から小瓶を取り出し、自身の口を押えてそれを床にたたきつけた。

小瓶の中の粉が周囲に巻き散り、濃い霧となって視界を覆った。


「・・・・・・・・・・・・これは毒薬かな?ふぅん、面白いね。けど・・・・・・・・」


アビスムスの背後よりナイフを構えて接近していたアイリーンの攻撃を受け止め、青年は嗤う。


「無駄だよ、ハニー。僕には毒なんて効かないよぉ」


「ッ!!」


一瞬にして攻撃を払いのけたアビスムスはそのままアイリーンが受け止める間もなく、攻撃を繰り出した。

その攻撃を受け止めるアイリーンだが、アビスムスの刀がアイリーンの持つナイフを弾き飛ばした。


「さて、それじゃあ、君の腕でもいただこうかな?」


そう言ったアビスムスは容赦なくその刀を振り、アイリーンの右腕を肘から断ち切った。


「ッ、アグゥ、ぁああ・・・・・・・・・・・・」


右腕を押さえ、後退したアイリーンは、必死に叫びを押さえる。その様を見て、興奮した様子でアビスムスは笑う。


「いい声で鳴いてくれる。さあ、奏でてくれ、もっと、もっと・・・・・・・・・・・・・」


アイリーンはそれでも闘志を失くしたわけではなかった。止血のために布で傷口を押さえ、痛み止めのクスリを傷口に入れる。激痛が走り、叫びを上げそうになるのを耐える。そのうち、傷口がマヒし、痛みが消える。


「アルビスぅぅぅぅ!!!」


アイリーンは叫びながら走り出す。新たなナイフを左腕で構える。

アビスムスは微笑を浮かべ、刀を構えた。

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