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リザの街に入った三人は、そこで早速ドレルノの悪事を見ることとなった。

ドレルノの子飼いである男たちは、昼間から堂々と街中で酒を飲み、気に入った女たちを好き勝手にしていた。酒場では狂った宴が開かれ、下卑た声と女性たちの狂ったような声だけが聞こえる。

アイリーンとマツリの顔は引きつっており、今にも飛び出さんばかりである。だが、シルクはそれを止めるように、二人を手で制した。

確かに今ならば男たちは油断しているし、殺すのはたやすいだろう。だが、女性たちに被害が出る可能性は高い。それに、そのような下衆たちを楽に殺していいものであろうか。いいや、よくはない。

シルクはそう呟き、だが、目の前の惨劇は止めなければな、とおもむろに動き出す。何をするのか、と見るほかの二人であったが、シルクは声の調子を変え、まるで男のような声で叫んだ。


「火事だ、危ないぞ、火事だァぁ!!」


そう酒場の前で騒ぐと、急ぎ身を隠したシルク。男たちはそれがあたかも本当であるかのように切羽詰まった声に慌てて、酒場を飛び出す。

シルクが周囲に投げた煙幕が、煙を思わせ、男たちが慌てて逃げようとする。そこを、三人の復讐の女神が襲う。煙の中、不意を突かれた形の男たちは次々と昏倒させられた。意識を失った男たちを抱えると、三人は何の騒ぎだ、と駆けつける人々の前から姿を消した。



ドレルノの下で悪事を働くチンピラたちは意識を取り戻す。

服ははぎとられ、両手は縛られて上からつるされていた。男たちは十人まではいかないが、大の男がこうして吊るされているのは奇妙な光景であった。

何が何なのか理解できない男たちは、互いの顔を見合わせる。自分たちのねぐらとして使う廃屋であり、ここで悪事を行ったことも何度もある。そんな場所でまさか、自分たちがこのような目に遭うとは、と彼らは思った。

乱交中に火事だと聞いて出ていったところで、と思い出した彼らはその時、前方の扉から入ってくる、場違いすぎる女の姿を見た。

真っ赤なドレス。「血のような」と形容してもいいであろうその見事なドレスに身を包んだ美女は、ドレスにも劣らぬその紅い髪を掻きあげて、その魅力的な唇と目を彼らに向ける。

普段ならば、その姿に欲情する男たちも、異様な雰囲気と女の目の奥の怪しい光に怯え、何も考えられなかった。


「お目覚めのようね」


女は低い声で言った。男たちの中でもリーダー的存在の男が女を見て言う。


「てめえ、なんのつもりだ?俺たちをこんな目に遭わせたのはてめえか?」


「ええ、そうよ」


「どこのだれか知らねえが、俺らが誰か、知らねえってんじゃあねえだろうなァ!?」


声を荒げる男。だが、その様子をさもおかしそうに女は見ていた。両手を縛られた全裸の男が、どれだけ険しい顔で脅そうとも、彼女は恐怖を抱かない。むしろ、その滑稽な姿に笑いさえ浮かべている。


「ええ、知っているわ」


「ただじゃあ済まねえぞ、俺らにてえだすってことはドレルノの旦那に逆らうってことだぜ」


「フフフ、アハハハハハ」


笑う女に、男たちは「イカレテいやがる」と呟く。その言葉に、女は暗い目を向ける。


「イカレているのはあんたたちのほうよ。薄汚い犬畜生ども。権力者に尻尾を振って、そのおこぼれに預かるだけの、無能ども」


「て、てめえ!!」


激昂した男だったが、何もできはしない。男は乱暴に腕を縛る縄をどうにかしようとするが、下手に動いても傷ができるだけなのは目に見えており、次第におとなしくなった。


「畜生、好き勝手言いやがって!てめえみたいなクソ女、俺にかかりゃあイチコロだ。ぶん殴って、俺たちの奴隷として死ぬまでこき使ってやるッ!!」


唾を撒き散らして吠える男を見て、シルクは笑う。


「いかにも犬畜生の考えそうなことね。けれど、いいわ。そこまで言うなら、私をぶん殴って、奴隷なりなんなりにするといいわ」


そう言い、女は男に近づき、その手の縄をほどく。床に落ちた男は、立ち上がりその血走った目を女に向ける。


「その余裕、すぐに終わらせてやる!女は男に黙って従っていればいいんだよ!」


そう言い、力自慢の男はその女の胴ほどもある腕を振るった。その腕は、傲慢なクソ女を殴り、犯してやろうという自信と欲望で溢れていた。当然、それを女が受けてタダで済むとは思えないし、済ます気もない。こういう夢見がちな女は一度殴ってしまえば、あとはどうにでもなる、と経験則で考えていた男はニヤリと笑う。この速度では女は避けられない。女のその顔面はもろに喰らって骨が折れて醜くなるかもしれない。だが、顔が少しくらい醜くとも、抱くのは関係ない。

へへ、と笑う男はしかし、驚きに顔を歪めた。


「なッ・・・・・・・・・・・・・」


それは仲間たちも同様であった。男の腕っ節を知る仲間たちは、男の腕を軽々と受け止めた女の姿に、恐怖さえ覚えていた。


「フフ、この程度?」


「く、くそ・・・・・・・・・・・・・」


そう言った男の股間を、女の履くヒールが突き刺した。あえぐ男の腹を、女の膝が襲う。

男のその重く筋肉に覆われた体を、女は何でもないように押していく。


「お、お、お・・・・・・・・・・・・」


ついには床に突っ伏した男。男は朝食べたものを吐き出し、降参だとばかりに両手を上げる。


「お、おれが悪かった・・・・・・・・・ゆ、赦してくれ」


前歯は折れ、体中から血を流す男。男は自分が火を認めれば、女はこれ以上何もしない、と思っていた。彼女の目的は単なる脅しであり、従順さを見せればこれで終わりだと思った。辱めが彼女の目的だと思っていた。

だが、彼も彼の仲間も勘違いしていた。ここに彼らを拘束していたのは、謝罪の言葉を聞き、辱めるためではない。

裁きを与えるためである。


「赦す?赦されると思っているのかしら、これまであなたたちがやったことが。だとしたら、おかしいったらありゃしない」


シルクが嗤いながら、「ねェ」と後ろを見ると同じような姿の女と白い仮面が立っていた。同意するようにその二つの影は頷いた。


「ま、まて、や、やめろ・・・・・・・・・・・・」


女がどこからか取り出したナイフが、暗闇の中で光る。


「ど、ドレルノのことが知りたいなら、話す。だ、だから、命だけは・・・・・・・・・・・・」


「復讐を、血の贖いを」


男の目の前で、ナイフは閃光を奔らせ、男の右腕を斬り飛ばした。

男の悲鳴が響き、その恐怖は他の男たちに伝染していく。




最後の男を片付けると、血の海の中でシルクはほほ笑んだ。


「さて、と。ドレルノの素晴らしい趣味も悪事も、いろいろと分かったことだし」


血の海の中でけろりとするシルクに、やはり普通ではないな、とマツリは思った。もっとも、このような光景を見て顔色を変えない自分もではあるが、と心の中で自嘲した。


「これほどの悪人も、久々見たわ。これほど、殺すのを躊躇しない、絵に描いた悪人はね」


シルクはそう言い、侮蔑の視線で男たちだったものを見る。


「さて、と。ほかにもこの街にはいろいろと屑どもがいるようだからね。ドレルノをやる前に、あらかたカタをつけましょうか」


途中でいなくなったアイリーンは、男たちの吐いた情報をもとにそういったクズたちを洗い出している。二人もこの場を片付けたら、向かうつもりであった。

真っ先にドレルノを殺してやりたいが、それでは意味がない。このリザの中で悪人たちが死んでいく。そのことがドレルノの精神を摩耗するであろう。恐怖が極限にまで達したその時こそ、ドレルノが死ぬ瞬間である。だが、楽には殺さない。この男たち同様、苦しめ、辱め、生まれてきたことを後悔させる。

自分がひどくゆがんでいることはシルクも知っていたが、もはやそれが自分であることを受け入れていたし、今更生き方は変えられない。

シルクはマツリを見ると、言った。


「さあ、掃除の時間よ」





アイリーンにとって、男は信ずるに値しない存在である。無論、男の全部が悪人だとは思っていないし、信用できないわけではない。だが、どうしても嫌悪感は持ってしまう。それほど清廉潔白な人物であったとしても。

アイリーンの父は、母をひどく泣かせる最低な男であった。碌に働きもせず、酒に浸り、愛人や商売女と遊びほうけ、母を殴り、自分を打つ。そんな最低な父親は、借金の方に母をならず者たちに売り渡したのだ。自分の妻を、よりによって奴は、自分と同じ下衆野郎どもの捌け口に使ったのだ。

幼い娘さえもその捌け口にしようとした父だが、母の抵抗でそれはできなかった。

寝室の箪笥の中に隠れた私は、目の前で男たちに踏みにじられる母の姿を見て育った。

絶望の表情を浮かべる母は、アイリーンを見て笑う。ひどくやつれた顔。美しく、気品に満ちた母の姿は、そこになかった。

そのうちに、父が病死すると母も後を追うように病気にかかり、死んでいった。病気、と言っても軽い風であったのだが、碌に薬も買うことができず、母は日に日に悪化した。金さえあれば、そう、ほんの少しの金で買える薬であったのに、それさえ変えなかった。

アイリーンの前で母は死んだ。すべては父と、碌でもない男たちのせいであった。

アイリーンは母を弔うと、生まれ育った村を離れた。六に助けもしてくれなかった村人も、辛い記憶もアイリーンは許せなかった。

自分に力がほしかった。自分に薬学の知識があれば、という「もしも」を考えたアイリーンは、名の知れた薬師に弟子入りした。

もともと容量はよく、賢い子どもであった彼女はみるみる才能を発揮した。

成人の一、二年前にはすでに大人顔負けの腕を持っていた。

この腕ならば、苦しむ女性たちを救える。そう思ったアイリーンだが、世の中はそううまくはいかない。男尊女卑が世界の基本であり、女は道具。男の快楽のため、世継ぎのため、労働力のための。

アイリーンは結局、世界はどうにもならないのだとわかった。

それがひどく、空しかった。


そんなアイリーンにも、初恋はあった。いつか旅芸人として街に一か月ほど滞在した青年。アルビス、と名乗った少年は、彼女に優しかった。父やほかの男たちとは違う、その優しさに彼女は心惹かれた。

逢瀬を重ね、震える身体をやさしく抱きしめた彼に、彼女は純潔を奉げた。そして、愛を囁き合った。

けれど、結局彼は遊んでいただけであった。初心な少女を手玉に取り、別れの際に手ひどくアイリーンを裏切った。

泣いてアルビスに叫ぶアイリーンを打って、青年は消えた。その時、青年の顔に父親が重なった。

結局、男など皆同じだ。

以後、アイリーンは男を必要最小限に関わらせる程度であった。


ある日、男たちに襲われた時、諦めかけていた彼女は「女神」に会った。

紅い髪の彼女は、アイリーンにとって希望であった。男に立ち向かう、理不尽に立ち向かう彼女は、自分にはない強さを持っていた。

あの日、あの時、アイリーンの中で弱い彼女は死んだ。そして、彼女は『VENGEANCE』になった。


血に染まった自分の腕を見たアイリーンは静かに笑う。涙をこぼしながら、彼女は暗がりから空を見る。

下で崩れ落ちている、彼女と母を裏切った父によく似た荒くれに、一瞥すらしない。

彼女は迷わない。もう、女が泣き、助けを求める時代は終わったのだ、と。

ドレルノも、彼に従う薄汚い男たちもみんな、消してやる。

アイリーンは憎しみに染まった目でちらと死体を見ると、光のもとへ出ていった。




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