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王都と言えども、人が暮らす以上、そこには闇が存在するもの。光があれば、闇がある。これは何時の世も同じである。

私とローザは夜の王都を屋根の上から見下ろした。夜でも王都の賑わいは一向に衰えを見せない。夜になれば、酒場や娼館のある区域は特に昼よりも賑わう。王都の端にある、低財産の者たちの暮らす地区も、犯罪で溢れかえる。

そこでもやはりヒュドラーの影がちらついている。

紅いフードを被り、マフラーを靡かせ、私は闇夜に踊る。



「おいおい、姉ちゃん。先月の借金、まだ返してもらってねえぜ?」


スラム街に来た私は、そこでトラブルを発見する。禿げ頭の男をリーダーに、数人の男が一人の女性を囲んでいる。女性は格好からして恐らく娼婦だろう。ひどく怯えた様子で男たちを見ている。


「もう少し待ってください!お願いです・・・・・・・・・・」


「そう言っていつまで待たせる気だ!?」


「まったくだぜ、金で払えねえ、ってんなら、その身体で払ってもらうしかねえなあ?」


そう言うと、舌なめずりをして男たちがすり寄ってくる。女性は、ひ、と小さな悲鳴を上げる。だが、決して叫ぶことはしない。何故なら、叫んだところで彼女を助ける者はいないし、叫ぶことでかえって男たちの機嫌を損ねてはたまったものではないからだろう。下手をすれば殺される。それだけは避けたいのだろう。

諦めの境地の女性の服に、男たちの手が触れようとした瞬間、私は地面に着地した。

トン、と音がした。女性が私に気づき、こちらを見る。その視線を怪訝に思った男たちが、こちらを見た。


「なんだ、ガキか・・・・・・・・・・・」


「おい、クソガキ。俺たちは今からイイことすんだ。お子ちゃまは素直にねんねしてな」


そう言う男たちは下卑た顔で女性を見る。女性は「私に構わないで帰りなさい」と言う風に、私に首を振る。

だが、助けを求める声を私が無視できるわけがない。

チンピラたちに向かって私は奔る。

男たちは私の思った以上の速さと動きに戸惑っていた。私は手刀を男の一人に叩き込み、その意識を刈り取る。「ぐえっ」とうめき声をあげ、男が倒れた。


「て、てめ・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


何も言わず、私はもう一人の股間を蹴り上げた。痛みに呻いた男の顔に膝蹴りを食らわせ、気絶させる。二人目まで倒されると、男たちも呆然と突っ立っておらず、怒りに顔を染め上げ、ナイフを取り出していた。


「舐めた真似しやがるガキだ・・・・・・・・・・・バラしてやろうか」


禿げ頭はそう言い、私に向かってナイフを突き出す。筋肉はそこそこついており、先ほどの男たちよりは強いのだろう。だが、所詮チンピラだ。

禿げ頭に従うチンピラ数人を一撃で昏倒させる。あっけなく倒れた仲間を見て、だが今更後に引けない禿げ頭は私を捕まえようとする。


「くそ、ちょこまかと・・・・・・・・・」


舌打ちをする男。その動きは隙だらけである。私は後ろに回り込み、その膝を蹴り上げる。


「がぁ!!」


叫び、地面に膝をついた男。ナイフを持つ手を蹴り上げ、私は男の胸ぐらをつかむ。小さな体のどこにそれだけの力があるのか、と男の目は語っていた。


「く、くそ、何が目的だ、てめえ!?」


「何も」


私は言った。フードの奥から、ヌッと男を見る。男の顔が青ざめる。


「ただ、私は警告しに来ただけ。お前のようなクズを殺すことはたやすいこと。金輪際、彼女にかかわるな」


「へ、そいつぁ出来ねえ相談だな・・・・・・・・・俺は奴に金を貸してんだ」


そう言った男の右手の甲に、男の持っていたナイフが突き刺さり、地面に縫い付ける。


「ああああああああああああぁ!!?」


「金輪際、顔を見せるな」


「ああ、あああぁ・・・・・・・・・俺の、俺の手がぁ」


「わかったな?」


「わかった、わかったから抜いてくれよぉ、いてえ、いてえよぉ」


見っともなく泣いている男を見て、私はナイフを抜く。


「行け。次にその顔を見たときは殺す」


「う、ひぃ~~~~」


倒れている仲間たちを見捨てて、男は一人、夜の街に消えていく。

私はマフラーをくぃ、と鼻まで上げると、呆然としている女性を見る。


「無事?」


「え、ええ・・・・・・・・・ありがとう」


女性は私を見て言う。


「どうして、彼らに金を借りたの?」


私が見た様子では、女性はそんな馬鹿なことをするようには見えない。私の言葉に、女性は暗い顔をする。


「弟が病気なの。それで、この仕事だけじゃあ、全然お金が入らなくてね。薬代も最近は高くなっていて。それで、三か月ほど前に・・・・・・・・・・」


女性曰く、王都では最近、薬をはじめ、多くの物の物価が高くなっているという。国の役人たちが小遣い稼ぎにいろいろと誤魔化しているせいだ、ともいわれている。それは王都の最下層民である女性のような人々の生活を圧迫しているのだ。

とはいえ、国に文句を言えるほどの力もない。彼女たちは細々と生きていくしかない。

身体を打って生活しなければならないその苦しみを、私には残念ながら理解はできない。


「薬なら、いい薬師を知っている。彼女なら、きっと安く提供してくれる」


「・・・・・・・・・・ありがとう、助けてもらってばかりね」


「気にしないで。好きでやっていることだから」


私はそう言うと、王都のとある場所で薬師として働いているアイリーン(そこではリナと名乗っているらしい)のことを紹介した。それと、わずかばかりの銀貨を渡した。これでしばらくは水商売をしないで済むだろう。受け取れない、と言う彼女に、私は言う。


「弟さんの側にいてあげて。きっと、弟さんも心配している。あなたが死んでしまったら、彼は悲しむ」


つたない私の言葉に、ハッとした彼女は私を見て、礼を言い、何度も何度も頭を下げた。


「私、忘れないわ。あなたのこと」


そう言い、女性は夜の街に消えていった。

きっと、彼女のような人は、珍しくないのだろう。そして、そのすべてを救えるほど、私は万能ではない。けれど、今のこの状況を見過ごすことはできない。

彼女から聞いた話を思い出す。王国の役人たちのことを。

弱者を守るべき立場の者が、自身の利益のために、ということならば見過ごすことはできない。ヒュドラーの件もあるし、少しばかり探ってみるか。

そう思うと、私は再び屋根に飛び移り、漆黒の中を駆けた。






「甘いなぁ、姉さん」


血塗れの禿げ頭の男の死体をまたぎ、少女は笑う。幼さの残る顔は残酷な笑みと血で歪み、血の付いたナイフをおいしそうに舐めている。

姉であるヴェンティの殺さない姿に、彼女は苛立っていた。こんな生ぬるいやつだから、父に捨てられたのだ。

銀色の髪は、夜の月の光を受け、怪しく輝いている。


「まったくもう。けれど、さすがに腕はいいようねぇ」


フフフ、と楽しげに少女は笑う。しばらくは泳がせておこう。だが、とナイフを舐めるのをやめ、ギリ、と真紅の瞳を煌めかせる。


「姉さん、あなたには死んでもらうわ。私たち、ヒュドラーのために、ね」


血の繋がった姉。父に背き、刃を向ける彼女を少女は赦しはしない。

嫌悪の瞳が闇の中でまた光った。



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