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VENGEANCE  -THE CRIMSON HOOD-  作者: 七鏡
VENGEANCE STORYS
34/54

SAKUYA 1

王都への道のりは順調で、ローザさんやドロワによると、明後日の昼ごろには到着するだろうとのことだった。

そういうことで、とアイリーンさんがすぐそばの町で少し早いが宿を探そうと言っても、だれも反対はしなかった。

馬車は比較的整備された道を通ってはいるが、それでも長時間乗っていると疲れてきてしまう。

私以外の面々は慣れているのか、まったく疲れは見えていなかった。

「それじゃあ、宿はとっておくよ。淑女の皆様方はまあ、好きにやっててくださいな」

ドロワは馬車の御者台からそう言い、私たちと別れた。

宿の場所は聞いていないが、あとで彼の鷹を使って知らせる、ということだった。

ローザさんとアイリーンさんは何やら並んでしばらく話していると、二人並んで街の中へと進んでいった。

「お前たちも好きにしてていいぞ」

そう言い、二人は人並みに消えていった。


「どうしようか?」

私は隣に立つ、親友であり、恋人でもあるヴェンティに聞いた。

真紅のフードと衣に身を包んだ、小柄な少女。

微かにのぞく灰色の髪が風に揺れている。強い眼光を放つ瞳が、私を見た。

「とりあえず、街を回ろうか」

「そうね」

彼女の言葉に私は頷くと、横に並んで私たちは歩き出した。

彼女と出会ったのは、ある事件がきっかけであった。




個々よりはるか東方の国、カグラツチ。

そこに住むのは、アマツルギノコトハと呼ばれる、古来より信奉される土地神を祀るカラクの民である。

黒髪が特徴であり、あまり外界との接触を好まぬ民族である。

カグラツチに王はいない。カグラツチの国主はアマツルギノコトハ女神であるからだ。

代わりに、その神の言葉を伝え聞くための「巫女」という存在がいて、彼女たちがいわゆる地上における女神の代行者として政務を司る。

コノハナ、ミナツチ、イズモ、クスハ、ミヅチ。五つの家系より一人ずつ巫女は選出される。

私自身も巫女の一族、コノハナの分家の出身であり、巫女候補の側使えとして将来使える予定であった。

私は淑女としての教育をされ、一生を巫女のために捧げるつもりであった。

巫女と巫女に仕える者は生涯純潔を守らなければならない。

なぜなら女神もまた、純潔の存在であるから。彼女の声を聴く者は、同じ存在でなければならないのだ。

幸い、五つの家系には、多くの分家もあることから、子孫の問題はない。

私もまた、そのように、一生をカグラツチの国で過ごし、恋愛など知らずに過ごすと信じて疑っていなかった。



長く独立をし、他国からの侵略がなかったカグラツチも、西方からの攻撃にさらされることとなった。

西方民は、カグラツチにある貴重な資源や技術を求めていた。

基本的に穏やかで、争いを嫌うカラクの民は、故国を守るため、やむを得ず剣を取り、戦いに出ることとなった。

カグラツチと外界をつなぐ、唯一の陸路であるアマギ山脈を越え、多くの者たちが祖国を守る戦いへと参加した。

そこで、多くのカラクの民は命を落とした。だが、彼らの犠牲もあって、カグラツチ本土は被害をこうむることはなかった。



カグラツチのために命を落とした英雄たち。彼らの亡骸のほとんどは、疫病を防ぐために燃やされ、灰となっていた。

しかし、彼らの身体は消えても、魂は未だに、その地に縛られている。魂を導き、死後神の下に送る。それを行えるのは、巫女とその一族の女子のみである。

そのような経緯から、私はコノハナ家の巫女、イザミとともにアマギ山脈を越え、激戦の地となったウルシーンの地へと向かった。

ウルシーンは、西方の国の一つ、バージリアとの国境地帯である。

戦闘は一時的に鎮静化していても危険を伴う、と言うことで多くの兵が巫女に同伴していた。

私は敵地に行くとしても、兵もいるし、女神の加護が私たちを守ると信じていた。


私たちは目的の地に到着した。

私や巫女は、つい顔を顰めた。

戦場に溢れる死の匂い。怨念や強い思念を、私たちは敏感に感じてしまう。

巫女の家系に連なるもの、特に女子には強い霊感がある。私も例外ではなかった。

なぜ、人は争うのか。

人の欲望、業の深さ。私はそれを感じずにはいられなかった。

カグラツチの国では、誰もが平和を愛している。確かに、カグラツチにも血塗られた歴史はある。

だが、それを乗り越えて、私たちの国は今の形になった。

人は、乗り越えられるはずなのだ。分かり合えるはずなのに、なぜ、分かり合おうとしないのか。

自然と、私の目から滴が零れる。

そんな私の泪を見て、イザミは言った。

「サクヤは優しいのね」

「いえ、私など・・・・・・・・・・・それより、イザミ様、大丈夫ですか」

私は問う。それは、これだけの死のにおう場所で、英霊を昇天させられるか、ということだ。

巫女は、顔を引き締めて頷く。

「大丈夫よ。戦うことのできない私には、こういうことしかできないのだから」

それは私も同じです、とは言わなかった。

イザミはゆっくりと歩き出すと、静かに踊りだす。

天に高く手を掲げ、祈りを掲げる。

天におわす、カグラツチの女神。彼女に地上にて迷う魂を送るために、イザミは祈る。

それは、この場にいるカラクの民も同様であった。

皆、天に手を掲げ、目を閉じている。

イザミは静かに、舞う。美しく、どこか殺伐とした戦争の後の残るそこが花が舞っているかのように、幻視さえする。

時間を忘れて、私たちは死んでいった英雄たちに祈りをささげる。

いつか、私たちも辿りつくであろう天上の世界。そこでの彼らの幸せを願い。


巫女の祈りが終わり、私たちは帰国の途についた。

巫女を乗せた輿を守るように兵が山の中を進む。

だが、そこで事件は起きた。

突如として現れた西方の連合軍による襲撃。

それは私たちを襲い、行く手を阻もうとしていた。


「く、バージリアか・・・・・・・・・」

「まさか、こうも早く仕掛けてこようとは」

巫女の護衛の人につく将軍たちが呻く。

輿の中で側使えの女たちが怯えている中、目を閉じ、静かに座るイザミ。

「おそらく、私を狙ってのモノだろうな。いや、正確には巫女ならば誰でもよいのだろう」

「人質、ということですか?」

私が聞くと、イザミは頷いた。

「巫女の価値は、高いからな。我が国の巫女は、死ぬまで巫女であるからな。交渉のための材料になりうる」

イザミは私と同じ年であるのに、落ち着いていた。私はそんな彼女を見て、落ち着くことができた。

「ならば、我らは戦わねばなるまい。巫女様を失うわけにはいかぬ」

「とはいえ、敵は当方の倍近い数ですぞ!とても勝てるとは」

将軍たちももめていた。

何としてでも、巫女を帰還させなければならない。それは、私たちの共通認識であった。

「・・・・・・・・・イザミ様、これを」

私は自身の着ていた簡素な衣を脱ぐと、イザミに渡す。

「・・・・・・・・・・・何のつもりだ、サクヤ」

「イザミ様は我が国に必要な方。そんな方に、私の衣を着ていただかねばならないのは心苦しいですが、これが一番の道でしょう」

「・・・・・・・・・・身代わりになる、というのか、サクヤ」

「たかが巫女の側付には敵も興味を示しますまい。将軍たちとともに、早くここからお逃げを」

そう言い、私は気丈に笑う。

私一人の命で、神国が救われるならば、それはなんと光栄なことか。

「・・・・・・・・・サクヤ、お前、お父上に何と・・・・・・・・・・」

「父上も母上も、私をお許しくださるでしょう。それに、死ぬとは決まったわけではありません」

そう言い、私はイザミを見る。私は彼女の頬に手を添え、言う。

「イザミ、あなたは生きなさい。そして、カラクの民を導きなさい」

そして私は将軍たちを見る。

「サクヤ殿、兵は残していきます。どうか」

「ありがとうございます、将軍。巫女様を頼みます」



将軍たちはイザミと側使えの巫女を連れて、神国を目指す。

それを追おうとする者たちだが、私は声高く叫んだ。

「野蛮な西方民よ、巫女イザミはここにいるぞ!女神の守りある私を、お前たち如きが捕まえられると思うたか!」

虚勢を張る私に、近くにいた兵士が笑う。

「なかなか様になっていますよ、サクヤさま」

「だてに巫女付きではないのよ。それより、ごめんなさいね。あなたたちまで巻き込んでしまって」

「巫女様のためならば、喜んで。それに、サクヤ様もおられますし」

そう、と私は安堵のため息をつく。



ある程度の時間が過ぎ、イザミらが逃げ切れた、と確信した時、私は敵に降伏した。




その後、私や捕虜となった兵士は、それ以前に敵国に拉致された人々とともに、奴隷商に売り払われた。

本物の巫女ではない、とわかると、敵国の王や諸侯は激怒し、私を殺そうとしたが、遠い異国の地で奴隷として暮らすことこそ、狂信者にはふさわしい、との判断から奴隷商に売られた。

更に西方の地では、カラクの民は珍しい存在である。そこに私たちは連れて行かれることとなった。

粗末な衣服を着せられ、首や足には縄が縛られて、自由を奪われていた。

この先、どのような苦行が私を待つのか、想像するだけでも怖かった。

結局のところ、私は無力な女でしかないのだから。

私は遠き地から、女神に祈った。

どうか、私たちをお救いください、と。





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