GIRL OF HYDRA
父はいつも私に言った。お前は、姉の分まで強くなって、我らのために働くのだ、と。
私に姉がいることなんて知らなかったが、父の言葉に私はとりあえず頷いた。
父は私の髪を撫でる。父譲りの銀色の髪を愛おしむように。
私には名前はない。しいて言うなら私はヒュドラーそのものなのだ。
私たちに個人などない。あるのは一つの大願。そのためなら、私たち個人の命など安いものだ。
私たちは選ばれた人間であり、私たちが人間を支配するのだと、父は言った。
愚かな人間は堕落し、くだらないことで争う。
動物から進化しながらも、私たちの在り様は動物と何ら変わらず、むしろ劣っていることすらある。
人間には監視が必要だ。そして、民衆は支配を望んでいる。人間は選ばれたものによって統治される必要がある。
私たち、ヒュドラーによって。
今まで、多くのものがその「選ばれたもの」になるために訓練を施された。だが、その多くはその段階で死ぬ。
本当に選ばれたごく一部のものが、ヒュドラーの戦士となることができる。それは、偉大なことであり、誇りにすら思う。
私は幼き日から、そんなヒュドラ-の戦士として育てられてきた。
父から、姉のことをたまに伝え聞いたが、姉は父の望んだヒュドラーの後継者としては不十分であったらしい。
その分、私は父から期待を寄せられ、またその期待に応えられてきた。
私は姉とは違う。父に愛されなかった姉とは違うのだ。
私はいずれ、父の後継者となる。そして、父やそのまた父たちや、ヒュドラ-の同志が望んだ世界を作る。
そのためなら、私はなんだってしよう。
父に呼び出された。私は特に疑問にも思わず、父のいる場所に逝った。
そこにいた父の頬には、薄い切り傷があった。
父がけがをしているのを見るのは、初めてかもしれない。
父は、おかしそうにククッと笑い、私を見る。
「どうやら、腐ってもお前の姉ではあるな」
「・・・・・・・・・生きていたのですか」
私が問うと、父は頷く。
死んだと思っていた。姉が父の意に背き、死の砂漠に放り出されたと聞いた時、私は父のすべてを独占できると喜んだものだ。
その姉が生きている。そして、父の話ぶりから察するに、その傷は姉によるものなのだろう。
「父上」
私の言葉に、父は目を細める。
「わかっている。飽くまで我らに刃向うなら、殺すまで。・・・・・・・・・・・できるな?」
「はい」
私は頷く。
ヒュドラ-の大願を理解できぬ姉は、仲間などではない。
敵だ。
相容れぬものには服従を。それができぬならば死、あるのみ。
「お前が姉を殺した時、お前は真のヒュドラーの戦士となるだろう」
父はそう言った。
私は言う。
「簡単なことです。私が負けるはずがない」
父の頬に傷をつけたと言っても、所詮はその程度。
そう思った私に、父は言い足す。
「奴を拾ったのは、紅い復讐者だ」
「・・・・・・・・・!!」
紅い復讐者。復讐の女神と呼ばれる、一流の処刑人。
その伝説は、私たちの間でも語られている。
『VENGEANCE』。
今まで多くの同志を死に追いやった、ヒュドラ-の天敵。
多くの名を持ち、多くの姿を持つ、謎多い敵の存在に、私は震えた。
だが、それは恐怖ではない。それは、喜びであった。
私の顔を見て、父は口の端を上げて笑う。
「父上、必ず、私が『VENGEANCE』ともども倒して見せましょう」
「期待しているぞ、わが娘よ」
そう言い、父は背中を向ける。私も背を向け、去っていった。
精々、生き残ったのなら、私を楽しませてくれよ、姉さん。
ああ、会える時が楽しみだ。




