29
ホークアイの繰り出す蹴りをかわす私。合間合間に弓を構えて矢を放つホークアイ。
私は咄嗟に弓をずらし、狙いを外させる。
そんな私を弓で殴打し、ホークアイが距離を取ろうとする。
させるものか、と私は手裏剣を放つ。ホークアイは弓でそれを防ぎ、振り向きざま三本の矢を同時に放つ。
両手の武器を弾き、もう一本の矢が正確に私の頭部に迫る。
避けられない!私は覚悟を決める。
「ウソだろ」
ホークアイが呆然とつぶやく。自分でやっといて私もそう思う。
私は矢じりを口で受け止めていたからだ。唇が擦り切れて、血の味が口中に広がっている。だが、生きている。
「人間かよ」
ホークアイは呟いて弓を構える。
「次こそ、当てる」
「次はないわ」
私は跳びかかる。そろそろ、このワルツも終わらせよう。
私は全身に隠し持った武器を一つを残してすべて捨てる。子の一撃に、全てを賭ける。
ホークアイは私のその覚悟を感じ取ったのか、急いで弓矢を構え、狙いを絞る。
彼も、最後の一撃を放とうとしていた。
私は懐から取り出した一本のナイフを構える。
「あああああああああああああああああ」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおお」
矢が私に向かって放たれる。至近距離の一撃を、私は恐れずに進む。矢はわずかに私の首をそれて虚空に消える。ホークアイの目が驚愕に見開かれる。
私のナイフが、彼の目の前で静止する。
「チェックメイト」
そう言うと、ホークアイは静かに笑いだす。そして、新たに番えていた矢を手放し、弓を地に落とす。そして、どかりと地に尻をつく。
「まさか、最後の最後でしくじるとはね・・・・・・・俺もまだまだだね」
「そう悲観したものでもないわ」
私はそう言い、全身の傷を見せるように立つ。
「ここまで手こずらせたのだから」
「とはいえ、また、負けちまった」
ナイフを下ろし、腰を抜かしたホークアイに手を貸し、私は彼を立ち上がらせる。
「さて、それじゃあ約束のあんたの親父のことだが、はっきりしたことは俺も知らんのだよ」
そう前置きして、ホークアイは言う。
「俺も独自の情報網があってな、それでたまたま拾った程度でな」
「構わないわ」
私はそう言う。
「もとよりその覚悟よ」
そう簡単に、アンドラスは尻尾を出さないことは。
「・・・・・・・・・実はな、この国の王都で、近々パレードがあってな」
「・・・・・・・・・パレード?」
私はそれは初耳であった。
「ああ、その場にアンドラスたちが来るそうだ」
「なぜ?」
「そこで王子が出るらしいんだよ。永く表舞台に出てこなかった第一王子が。それで、その第一王子がまた噂によると、ずいぶんな正義感らしくてな、ヒュドラーについてもいろいろ探っているらしい」
「暗殺、ということね」
「ああ、現国王に対する警告も兼ねての、な。幸い今の王にはまだまだ王子たちがいる。厄介な第一王子を始末して、この国の王も支配できる。奴らにすれば、一挙両得、ってわけさ」
「・・・・・・・・アンドラス」
私は憤りを隠さずに、敵の名を言った。まだ、死を量産しなければ気が済まないのか。
「それで、あんたはどうする?」
「真実だろうとどうだろうと、奴らの影があるなら、私は行く」
それが、私の復讐だから。
「そうか、なるほど。あんたはやっぱり『VENGEANCE』なんだな」
そう言うと、ホークアイは私を見て笑う。
「気に入った。俺はお前の復讐を見届けてやろう」
「は?」
私は間抜けな声を出して、ホークアイを見る。彼は先ほどまで殺し合っていたとは思えぬ、あっけからんとした顔で私を見る。
「なぁに、別にお前を倒すことは諦めてはいないさ。だが、お前に勝つために近くでお前を見て、そのついでにお前の敵の一人二人もらうってわけだ。どうだ?」
ホークアイが笑ってウィンクした。私は呆れていった。
「あなた、馬鹿?」
「ははは、そうかもな」
ニヤリと笑うホークアイは、その右手を私に差し出す。
「ジェームズ・ドロワだ」
それは彼の本名なのだろう。彼は不敵な笑みを浮かべて私を見る。そんな青年の肩に、天空から鷹が舞い降りた。
「・・・・・・・・・ヴェンティよ」
「よろしく」
私が差し出した手を、ジェームズが握る。彼の手には、弓の修練でできた肉刺の跡が多くあった。
「ちなみにこいつは俺の相棒のツァールだ」
ツァール、と呼ばれたたかが静かに私を見る。
「ところで、あの犬っころ、どこに行った?」
あんたの犬だろ、とジェームズが言う。
私は今の今まで、サレナのことをすっかり忘れていた。
その後、少し不貞腐れたサレナを見つけ、私はジェームズを連れて屋敷へと戻った。
翌日。
屋敷の中に、サクヤの叫び声が響いた。
私がサクヤの叫びを聞き、食堂に行くと、そこには頬を赤くしたジェームズと、震えるサクヤがいた。寝間着姿の彼女は恥ずかしそうに私を見ると、言った。
「この人、誰!?」
気が動転して、私に抱きつく彼女。ジェームズは打たれた頬を撫でる。
「すごい歓迎だなぁ」
「この間見たでしょ、あの弓使いよ」
「それがどうして、ここにいるの!?」
「ちょっと、いろいろとね」
苦笑して私が言うと、ジェームズもうんうんと頷く。
「いろいろって何?まさか、浮気・・・・・・・・・?!」
「ちょ、サクヤ・・・・・・・・?」
何を言い出すんだ、この娘は、と思い、弁解するためにジェームズを見るが、ジェームズは私とサクヤを見ると、うんうんと頷く。
「ああ、そう言う関係なのか。・・・・・・・・・ああ、うん。安心して。口説かないから」
「いやいや」
その反応はおかしいだろ、と思う私をしり目に、ジェームズは食堂から自分の分の食糧を取り、出ていこうとする。
「昨夜は俺のようで時間つぶさせたからなぁ、邪魔者は去るよ」
そう言い、扉を閉める際、ちらりとこちらを見る。
「・・・・・・・・ごゆっくり」
そうニヤリと笑い、ジェームズは去った。私は近場にあった串を投げつけるが、その頃には扉は閉まっていた。
「ねぇ、昨日の夜、なにしたのよ!」
サクヤが何か怒って私に詰め寄る。
「・・・・・・・・・・ホークアイ・・・・・・・・・・」
私は彼を恨めしく思い、サクヤの誤解と機嫌を取るために、笑顔を浮かべて話しかける。
・・・・・・・・どうやら、長丁場になりそうだ。
げんなりと私は口を開く。
遠くで、陽気な口笛と鷹の鳴き声が聞こえた。
それから数日後。
ローザが久々に屋敷に帰ってきた。
ローザは私と新たな住人のジェームズを見ると、手招きをする。
私とジェームズは顔を見合わせ、静かに後に続く。
サクヤに部屋で待ってて、と伝えると、彼女はサレナとツァールを連れて行った。
ホークアイの相棒も、サクヤに今では懐柔されていた。
「彼女、すげえな。ツァールをもう手なずけてる」
ジェームスは感心したように言う。
「あなた、二代目ホークアイね?」
ローザが歩きながら聞くと、彼は頷く。
「お目にかかれて光栄です、マダム・ヴェンジェンス。ジェームズ・ドロワです」
「お父様はお元気かしら?」
ローザはジェームズに聞く。
「ええ、あなたに奪われた右目以外は」
「それは悪いことをしたわ」
悪びれもせずに、ローザは言う。
「あなたのお父様、だいぶしつこい人で何度もリベンジを受けたの」
「おや、初耳です」
そう言ってジェームズは笑う。負けず嫌いの父らしい、と。
私は少し、その姿を羨ましく思う。少なくとも、彼には理解しあえる父親がいるのだから。
私は、アンドラスと分かり合えるとは、思えない。
「それで、なぜあなたがここに?」
「いやぁ、父のリベンジに、と彼女に」
そう言い私を指さす。
「挑戦したんですがね、負けまして」
「そう」
そっけなく返すローザだが、どこか嬉しそうな目で私を見る。
「よくやったわ、ヴェンティ」
「いやはやまったく。彼女には驚かされましたよ。ガキみたいななりで獣みたいで」
そう言って私を見る。
「で、どうしてここにいるのか、と言う答えをまだもらってないけれども?」
「なに、ここにいれば自分も狩人として一皮むけるかな、と」
不敵に笑うジェームズ。猛禽類のような雰囲気と目でローザに笑いかける。
それを見て、ローザはため息をつく。
「どうやら、お父様以上の執念を持っているようね」
「親子ですからねえ」
そう言ってジェームズは肩を竦める。
「なるほどね、王都で」
ジェームズの話を聞いて、ローザはそう呟き、脚を組む。ドレスから零れるように出る太腿につい、ジェームズの目が向く。それを見てローザが微笑むと、ばつが悪そうに顔をそらすジェームズ。
若い女性たちを魅了した狩人も、歴戦の復讐者にはたじたじのようだ。
「まぁ、私の集めた情報でも連中が王都方面に甲としている、と言うのは掴んでいるけれど。きな臭いわね」
ローザはそう言い、腕を組む。
「王都、か。遠いわね」
「そうだね」
ここから王都は一週間はかからないまでも、かなりの距離がある。
ラウシルンから馬車で乗り、何個かの街を経由する必要がある。金は大丈夫だろうが。
「・・・・・・・・・・・」
ローザは思案すると、立ち上がる。
「王都に行くわよ」
「私たちで?」
私が問うと、ローザは首を振る。
「いいえ、全員よ。屋敷もみんなね」
「え?」
私とジェームズが驚く。
「ここを放棄すんのかい?」
「いいえ、ここは信用できるものに管理してもらう」
そう言うと、ローザは私を見る。
「アンドラスの動きを掴むのは難しい。今回はかなり信憑性がある情報とみていい。一気に、奴らの尻尾を掴めるかもしれない。これくらいしなければな」
ローザはそう言う。そうだ、彼女もヒュドラーに奪われた人間なのだ。私と同じかそれ以上の怨みを持っている。気持ちは一緒なのだ。
「そうだね」
「面白くなってきたな」
ジェームズが笑う。
「アイリーンにも声をかけるとしましょう。・・・・・・・仲間外れにすると、あの娘、すねるから」
そう言い、ローザは文をしたため始める。
アイリーンって誰だ、というジェームズを放り、私はサクヤのもとに向かう。
「王都に?」
「ええ、仕事の関係で」
「私たち全員?」
「そう」
突然の知らせにサクヤは驚く。
「王都かぁ」
サクヤはそう呟き、うっとりとする。
「王都なら、さぞや珍しいものもあるでしょうね」
「そうだね」
そう言えば、そろそろ彼女の誕生日だったな、と私はふと思い出す。
「王都に行ったら、好きなもの一つ買ってあげるよ」
「もしかして」
「そ、誕生日プレゼント」
そう言うと、サクヤが私に抱きつく。
「ヴェンティ、ありがとう!!」
「いや、前のお返しだよ」
そう言う私を、彼女はふざけて寝台に押し倒す。私の身体をくすぐる彼女が私に馬乗りになり、両手で私の頬を触る。
「ヴェンティ」
「・・・・・・・・・・なに?」
「好きだよ」
「・・・・・・・・・・私も」
そして、彼女が目を閉じて唇を近づける。私もそれに答えるように顔を近づけた時。
突然、私たちの部屋の扉が開かれる。
「おーい、ツァールいるか・・・・・・・・・・・って、あ」
私とサクヤは侵入者を見る。冷や汗を流すジェームズがこちらを見て固まっている。
「お邪魔だった、みたいな・・・・・・・・・・・・・」
「出ていけ!!」
私は枕元から手裏剣を抜き出すと投げつける。ジェームズが慌てて回避すると、扉を閉めて、どたどたと走り去る。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
沈黙する私たち。朱い顔で互いの顔を見つめる。
「・・・・・・・・・・続き、する?」
「・・・・・・・・・・・」
私が聞くと、こくりと彼女は頷く。
私は彼女の身体を掴むと、自分の身体と位置を変える。そして、彼女にのしかかり、その唇を貪る。
数日後。
ローザが買った大きな荷馬車に荷物を詰め込み、私たちは王都に向けて出発する。
「少しさみしいね」
サクヤが言う。
「しばらくしたらまた戻るんだ。これで終わりじゃないよ」
私はそう言って、サクヤを慰める。そうだね、と彼女は頷く。
思えば、この屋敷には多くの思い出がある。これまでの人生の中でもかけがいのない思い出たちが。
決着をつけたら、再びここで笑って過ごそう。
私はそう思うと、馬車の中に乗り込む。サクヤに手を貸し、彼女とサレナを乗り込ませる。
アイリーンとローザが乗り込むと、御者台にいるジェームズが馬を走らせる。彼の上空でツァールが鳴いた。
いざ、王都へ。




