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胸の傷の完治はまだであったが、それでも私の身体は順調に回復していた。アイリーンから送られた傷薬のおかげで、治りもよかった。サクヤの過度の心配も見られず、明るい笑顔でいる時間が増えたことに私は安堵する。

周囲の木々は赤や黄色に色を変え、季節が変わりゆくことを告げている。

長い時間を、この屋敷で過ごしてきた。あっという間の時間。でも、確かな幸せがここにはあった。

守るべき家、帰るべき場所、魂の寄る辺。私が真に求めてきたものがある。

いつか、子の幸せも終わりを迎えるだろう。だけど、その時まで、私はここを守り続ける。

「ヴェンティ、食事できたよ」

屋敷の中から私を呼ぶ彼女の声がした。私は赤いマフラーを引きずりながら、刀を鞘にしまうと、サレナを伴い屋敷の中に入っていく。

「今いく」



ローザはここ最近、いろいろと用があるらしく、屋敷を不在にすることが多くなっていた。情報や資金など、集めているらしい。無尽蔵に金も情報も湧くわけではないから当然ではあるが。

薔薇の世話はサクヤがしているし、屋敷の掃除も分担して行っているから、ローザのいるときとほとんど変わらない状態を保てている。無駄に広い屋敷だから、二人だと少し大変ではあるが。

「もっと人すめばいいのに」

サクヤが零すと、私は悪戯っぽく笑う。

「そうしたら、こんなこと、できないけれどね」

そう言って彼女の唇に軽くキスをすると、彼女は真っ赤になって怒る。とはいえ、本気ではなく照れ隠しなのだが。それが面白くて、私は笑う。

「ヴェンティ!」

彼女が私に跳びかかる。つられてサレナも私たちに向かって飛びついてくる。

じゃれ合う私たち。

こういう子供時代を、私はずっと送りたかったのかもしれない。

なくした時間の分を取り戻すかのように、私は今と言う時を満喫していたかった。




サクヤとラウシルンまで買い出しに出た私は、街の大広場で人だかりを見た。昼の賑わう街中で、何か行われているようだ。

「なにかな?」

「いってみようか」

サクヤが興味深そうに見ていたため、私が問うと、彼女は頷く。

私はサクヤの手を握り、人ごみの中に入っていく。

人ごみの隙間から私たちはそれを見る。

一人の青年が弓を構え、放つ。放たれた弓は正確に的の中心を射る。的の中心は何本もの矢が刺さっている。外れた矢は見当たらない。

青年はニヤリと笑うと、歓声を上げる人ごみに手を振る。

すると今度は青年は目隠しをして、弓を構える。そして言った。

「今から連射して全部真ん中を射る」

そう言った青年に対して、人々が言う。

「さすがに無理だろ」

「兄ちゃん、腕がいいのはわかってるがそいつは無理だろ」

人々の声を受けても、青年は不敵な笑みを崩さずに、静かに弓を構える。そして、放つ。

すかさず弓を弾き、二射、三射、四射と続ける。

風を切る音。

的の中心を、四本の矢が突き刺さる。一本も狙いは外れていなかった。

青年は目隠しを取ると、弓を持った手を高々と抱える。人々が感嘆の声を上げる。

「すごいわね、あれ」

サクヤも感心したように言う。

「風の動きとか、連射時の微妙な狙いのずれとか、計算している」

私吐いうと、ふぅん、とサクヤは矢の刺さった的を見る。

敵ならば、相当厄介な力だ。弓矢は私も学んではいるが、ここまで正確にいることは不可能だ。

風を読み、目隠ししても当てられるほど、私は弓には精通していない。

青年の様子を見ても、この程度はまだ腕試し程度なのだろう。余裕を感じさせる青年は、きっと、これ以上の技を持っている。

しかし、青年はそれ以上は疲労する気がないらしい。ショーは終わり、と言う風に礼をする。

人垣が崩れる。去り際に人々の投げる硬貨や食べ物を受け取り、青年は笑顔を浮かべる。

どうやらこうやって生計を立てているらしい。

「どうも」

硬貨を受け取りながら、青年は礼を言う。

金色の短髪、爽やかな顔は多くの若い女性を引き付ける魅力がある。茶色の瞳は今は普通だが、先ほどは猛禽類のような眼であった。

彼は生粋の狩人なのだ、と私の中の戦士としての本能が告げる。大道芸で身を立てるような人間ではない。

私は彼を見る。そんな私を見て、サクヤが言った。

「なに、気になるの?」

「まさか」

サクヤに笑ってみせると、彼女は安心したように息をつく。

「さ、用事を済ませよう」

「うん」

私はサクヤを促し、市場の方向へと行く。

私はふと振り返り、彼を見る。私の視線と、彼の視線がちょうどぶつかる。

猛禽類のような眼で、彼は私を見ると、口元に笑みを浮かべる。そして、私に向かって手を振った。

私は目をそらす。彼が私に手を振ったのはどういう意味か。ほかの誰かに、というわけではない。確実に彼は私を見ていた。

ヒュドラーの刺客かもしれない。

私は警戒する。今の私にはサクヤがいる。彼女を傷つけるわけにはいかない。





サクヤの用が済むのを店の外で待っていた私。

何気なく待っていた私は何かが来る予感を感じた。ヒュン、と言う音が微かに聞こえた。

私は私に向かってくる矢を掴む。放たれるその瞬間まで、敵の気配を感じることはできなかった。

私は矢のとんできた方角を睨む。それは、私たちのいる場所から離れた建物の屋上であった。

黙視することすら難しい距離から私を狙った。これほどの距離では、気配もへったくれもない。

その気になれば、私を気付かせることなく殺せるのに、あえてそうしない理由とはなんなのだろう。

私は矢を見る。するとそこには文が添えつけられていた。私はそれを見る。

『今日の夜、東の広場で待つ』

端的に書かれた手紙。

私は手紙を読むとそれを握りつぶす。誘いに乗らない、と言うわけにもいくまい。

出てきたサクヤを笑顔で迎えると、私たちは屋敷に帰った。



夜。サクヤの眠ったのを確認し、私は真紅のフードを被り、街へと向かう。

あの矢を放ったであろう人物は昼間の青年だろう。何の用かはわからないが、用心するに越したことはない。手裏剣や苦無、ナイフを全身に隠し、私は相手の指定したラウシルン東の広場に向かう。

夜、というあいまいな表現だけで、時間は指定されていなかったが、問題はあるまい。

私が広場についた時、周囲には誰もいなかった。

私は広場の中央に進む。と、その時、微かな気配を感じ、私は振り返る。

私のすぐ後ろに、昼間の青年が立っていた。弓と矢筒を背負い、不敵に笑っている。

「この手紙、あなたよね?」

私は礼の手紙を出して彼に問う。すると、彼は笑いながら頷く。

「そうだよ、それは僕が出したものだ」

「私に何の用?」

私は警戒しながら彼に問う。両手に武器を隠し持っている様子でもないし、弓を構えるわけでもない。とりあえず、すぐに殺し合う、と言うことはなさそうだ。

「いやなに、ちょっとした遊びさ」

「遊び?」

「そう、ゲームだよ」

そう言うと、彼は闇の中でもよく光る茶色の目で私を見る。

「VENGEANCEと僕。どちらがより強い狩人なのか、というね」

「・・・・・・・・・」

私が苦無を懐から出そうとすると、彼は声を上げる。

「ああ、待った。別に殺し合おうってわけじゃないよ。飽くまでゲーム。僕は殺し屋でもテロリストでもない。ただの腕の立つ一般人だ」

「私の放つ殺気を受けて平然としていられるのに、一般人?笑えるわね」

私は無表情で言ったのに、彼は嬉しそうに笑う。

「それに、仮にそうだとしても、私が受けて立つ理由がある?」

「あるとも」

「どんな?」

「情報、さ。君の親父についてのね」

「!!」

私は彼を見る。彼はふざけた笑みを浮かべずに、真剣な目で私を見返した。

「どうする?」

「・・・・・・・・・・・受けて立つわ」

そう言って武器を構える私を見て、彼はまた声を張り上げる。

「ここじゃああまりにも目立つ!場所と時間を変えないかい、赤ずきん?」

「・・・・・・・・・・いいわ」

「それじゃあ、明日、同時刻、君の屋敷の近くの森で。いいね」

私は無言で頷く。彼は背を向けて闇の方向に歩いていく。

「ま、勝つのは、僕、ホークアイだけれどね」

そう笑い、青年は去った。

ヒュドラーの資格、と言うわけではないようだが、厄介なものに目をつけられたのは確かだろう。

鷹の目の名を持つ青年はアンドラスについての情報、と言った。いまだ掴めていないヒュドラーの本拠地について、何か掴めるかもしれない。

そう思い、私は明日に向けての準備を始める。

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