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右腕の負傷は一週間もすれば治った。アイリーンの腕の良さを改めて実感する。

ついでに、と際り際アイリーンがくれた薬を私は飲む。それは私の発育促成のものである。

強化薬で止まっている成長を促すのだという。身長だけではなく、身体の内面も大人になりきれていない私の身体。それではいつか困るだろう、というのがアイリーンの考えであった。

ローザの薬学知識だけでは無理だろう、ということでわざわざ作ってくれたらしい。

まだ目に見えた効果は出てこない。まあ、気長に待つしかないようだ。




屋敷の中で時たま、生け花というものを見るようになった。曰く、サクヤの国の文化らしい。

なぜかローザは生け花がうまく、サクヤはそれを学んでいるらしい。その練習によって、生け花が量産されていた。ローザはなかなか出来がいいから飾ろう、と言っていた。サクヤは恥ずかしそうだったが、まんざらではないようだった。



サレナの毛色は灰色から真っ黒な色へと変わり、だいぶ大きくなっていた。

しかし、未だに甘え癖は抜けず、私のそばに来てはじゃれてくる。

悪い気はしない。

私はサレナの頭を撫でて、久々に遊んでやった。ここの所、怪我で満足に遊んでやれなかったから。



サクヤとともにラウシルンへ行った。

その帰り道、彼女は私に聞いてきた。

「そう言えば、ヴェンティは自分の生まれた日のこと、知らないの?」

「・・・・・・・・・・」

俗にいう誕生日のことだ、と気づいた私は黙ってうなずく。

「そっか。それじゃあ、祝われたこととかもない?」

二度目の肯定。だいたい、私は今自分が何歳なのか正確にはわからない。おそらく15~16歳、という程度だ。それに誕生日に祝うなど、そんな経験、ヒュドラーではあるはずがない。

そんな私を見て、サクヤは何かを取り出した。それを、私に手渡す。

「これは?」

「そんなあなたにプレゼント」

そう笑った彼女は、開けて見て、と笑う。小さな紙の包みを私は開ける。

「これは」

中から出てきたのは、小さなペンダントだった。銀細工の薔薇と、それを囲む竜。

「なんか、ヴェンティに似合いそうだと思って」

サクヤはそう言い、黒髪を揺らす。

「竜も、ヴェンティにそっくりだなって。ヴェンティは、竜にいい印象がないかもしれないけど」

両手に刻まれた竜は、私がヒュドラーであったことの印。消すことのできない刻印。

それはサクヤも知っているのだ。

「でもね、私たちの国でも、竜は大いなる存在として語られているの。破壊と再生。そのシンボルとして」

そう言って、サクヤはペンダントを手に取ると、私の首の後ろに手をまわし、それをつけた。

「ヴェンティが奪われたものも、いつか取り戻せる。幸福も不幸も、同じだけ人生にはある。これからのあなたの人生に、不幸なんてないよ」

そう言って、彼女は私と首元を見て、笑う。

「似合ってるよ」

「・・・・・・・・ありがとう、サクヤ」

私はそう言って、笑った。うまく笑えているかはわからないが。

「さあ、かえろっか」

照れくさそうに笑って、私より先に歩き出すサクヤ。私はふと笑い、その背中を追いかける。

そして、私は声をかける。

「サクヤ」

「何・・・・・・・・・・・・・・っ!?」

振り向いた彼女の頬に、私は自身の唇を押し当てる。サクヤは驚き、顔を真っ赤にさせる。

その反応に満足した私は走り出す。本気ではなく、サクヤが追いつける程度の速さで。

しばらく固まっていた彼女だったが、顔を真っ赤にしながら、私を追いかけてくる。

笑いながら、私は走る。

夕日に照らされ、影二つ。私たちは、私たちの家へと帰る。




「二人とも、顔が真っ赤ね。それに、服も汚いわ。ご飯の前に、お風呂でも入ってくれば?」

ローザに言われて、私たちは素直に風呂に向かった。

そこで、先ほどの仕返しとばかりに、サクヤに悪戯をされまくったのは、蛇足だろう。




夜。月は雲に隠れている。

私は一人、ラウシルンの街へと至る街道にいた。

ローザは別の用があって、屋敷にいる。その間、私は私にできることをする。

最近、街道に現れる盗賊たち。それがラウシルンにいたる行商を襲っており、商品が強奪されたり、商人が殺害されるなど、問題が多発していた。

ラウシルンの街の警備隊は街の警備が任務のため、事件に介入はしないし、王国の騎士団が動くことはないだろうとローザは言っていた。騎士とは名ばかりのものしかいないのだという。

腐敗した王国。それは何も珍しいことではない。だが、同じような国の状況を見てきたローザからすれば、気持ちのいいものではないのだろう。

王国騎士団に代わり、盗賊を掃討する。そんな彼女の意思はよくわかっていた。

私は無言で視線を交わして、準備をした。

この程度なら、ローザなしでもできる。私だって、『VENGEANCE』なのだから。

賊のやり口は決まっている。

夜でもラウシルンの門は開いている。長旅をしてきた商人は、多いからだ。夜道を行く商人も当然、普通よりは多い。

普通に街道を待っているだけで、一日一台は馬車が通る。

私はただそこに赴き、盗賊を倒せばいいのだ。




その日は、馬車が通ることがなかった。盗賊たちは姿を現さなかったが、近くにいるであろうことは感じていた。

そして、夜道を歩く数人の男の姿を私は捉える。相手は私に気づいていない。男たちはおそらく、ねぐらに帰っていくのだろう。

一網打尽にするチャンスだった。これを逃がすわけはない。

私は気配を消して追いかける。


そうして追いかけた私が見たのは、想像しなかった光景だった。

男たちのついたねぐらは、惨殺の後であった。見張りに立っていたであろう男たちは、死んでいた。

後をつけていた男たちも、中へと急いで入り、そして戻ってこなかった。

私は洞窟の前の茂みで息を殺す。

普通ではない。殺し方から見て、腕の立つ者の仕業と分かる。

とはいえ、ずっとここにいるわけにもいかない。一応確認をしなければならないだろう。

私は刀を取り出し、紅の頭巾をかぶり、闇の広がる洞窟へと入っていく。



賊と思われる男たちの死体は、どれもが悲惨な状態であった。

戦闘態勢に入る前に、侵入者にやられたのだろう。不意を喰らった顔や、苦痛にゆがむ顔で死んでいる。

同情に値しない連中だが、どのような死が訪れたのかはよくわかる。

斬り飛ばされ、抉られ、じわじわと痛めつけられていた。

洞窟の奥、そこにいるかもしれない相手。これほどの人数を相手にしたのだ。普通の相手ではない。

そう思っていた矢先、私はさっきのようなものをかすかに感じた。そして、無意識に刀を前に突き出す。その刀と何かがぶつかる。

攻撃された。私はそれを悟った。消していた気配を察知した相手。相手は消していただろう殺気を、今や隠さずに、私に武器を振るう。

暗闇の中、敵の攻撃は正確であった。私と同様、夜目が効くのだろうか。

私の剣戟は、見事に敵に防がれる。だが、敵の攻撃もまた、私の剣が防ぐ。

一進一退、拮抗状態であった。

私は両手で持っていた刀を手放すと、懐から取り出した苦無を放つ。計十本のそれを相手は弾き飛ばす。

その瞬間に私は走り出し、相手の手を蹴り上げる。刀が吹き飛び、敵の懐が開いた。

私は真紅のマフラーを右手に巻いて、相手の鳩尾に拳を叩き込む。

だが、相手もそれで倒れはしない。とっさに左腕で鳩尾を庇い、防ぐ。そしてカウンターに繰り出された相手の右腕が私を吹き飛ばす。

空中を舞い、地面に落ちる。とっさに受け身を取ったため、ダメージは最小限で済んだ。相手は私に追撃をかける。

私は起き上がり、服の袖から武器を取り出そうとした。そして、取り出す前に、私の首元に刃物が向けられた。

「く・・・・・・・・・・・」

私は死を覚悟したが、相手はその刃物を私の首から遠ざける。何かはわからないが、私にとっては好機だった。私は二本のナイフで相手を刺そうとする。だが、両手は動かなかった。

闇の中を光る何かが張り巡らされていた。それは、糸、であった。

私と戦いながら、敵は糸を張り巡らせていたのだ。私の腕のみか、全身が糸でからめ捕られていた。

状況は私に不利だ。なのに、敵は私に止めを刺そうとはしない。先ほどまでの殺気も、今では感じない。

「まさか、君が・・・・・・・・・・・・」

微かに、戸惑ったような声が聞こえた。

私は呪縛を解くために、ナイフで糸を切り出す。すると、影は急いで私から離れると、外の方向へと逃げ出した。

「待て!」

私の声は空しく響いた。



呪縛を解き、外に出た。相手はきっと、もういないことはわかっていた。

相手がなぜ、私を殺さなかったのかはわからない。女だからか、別の理由があったのか、定かではない。

それに、相手はどうやら私のことを知っていたようだ。となると、ヒュドラーの人間か?それならば、あの腕も、夜目が効くことも、人間的ではない動きも説明がつく。

だが、ならばなぜ、なおさら私を殺さなかったのか。

疑問を晴らすことはできない。とりあえず、今夜の出来事はローザにも知らせた方がいいだろう。


賊の問題は片が付いたようだが、別の問題が浮上してきた。

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