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VENGEANCE  -THE CRIMSON HOOD-  作者: 七鏡
SCARLET AVENGERS
16/54

15

屋敷の地下にあるくらい一室。独房のようなそこに彼はいた。

数日間、ろくに食事もできず、彼の好きな女を抱くこともできず、マクシミリアンは憔悴しきっていた。

そんな彼を前に、ローザと私は立っていた。

「さて、マクシミリアン。ヒュドラーの情報、いい加減喋ってもいいんじゃない?」

ローザがそう言うが、マクシミリアンは口を閉ざしたままであった。

あの日以来、マクシミリアンは口を閉ざし続けている。

ローザがため息をついて部屋を出る。私もそのあとに続いた。



「厄介なことに、ヒュドラ-の話題に関しては何らかの暗示がかけられていると見たほうがいいわね。脅してもそれだけは喋らないし」

ローザ曰く、薬も色仕掛けも意味がなかったという。暗示を解こうとしても、ローザには暗示に関する知識はあまりないそうだ。

「これ以上は、マクシミリアンを生かしておいても無駄ね」

「殺すの?」

私が問うと、ローザは首を振る。

「殺しはしないわ。ただ、彼には彼が今まで売りさばいた人々と同じ思いをしてもらうだけよ」

ローザはそう言うと、地下から去っていった。



マクシミリアンはローザの知り合いの商人を通じて、奴隷商に引き渡された。

仮に彼が奴隷となくなったとしても、二度とそのようなことができないように、ローザが徹底的に恐怖を植え込んだらしい。ローザを見て、彼は悲鳴を上げていた。

また、ローザはそれだけで赦しはしなかった。彼の男としての機能を奪ったのだ。それは彼にとってとてつもない罰であった。

泣く男に、一切の慈悲もなにも浮かべず、無表情のローザ。彼女にとって、女性の人権を踏みにじるものは、皆、同情するに値しないクズなのだ。無慈悲な復讐者は、マクシミリアンに一瞥すると、早く連れて行くように言った。

マクシミリアンを待つこれからの人生。それはどういったものとなるのだろう。

師よりもつらいことが待っているとは思えない。だが、マクシミリアンはヒュドラーに狙われるかもしれない。情報をしゃべったかもしれないのだから。

そう思うと、彼はさっさと殺してやったほうがよかったのかもしれない。だが、それでは復讐にならない。

私たちは、静かに屋敷に戻っていった。



私の右手はあれから治ることはなかった。

砕かれた骨、傷ついた皮膚。それは明らかに戻ることが遅れていた。薬によって、私の身体の成長は止まっているが、同時に再生能力は人並み外れている。兵器として育てられてきた私の身体の再生の遅さに、私もローザも疑問を感じていた。

「もしや、アンドラスの刀には、そう言う種の毒か何かが塗ってあるのかもな」

ローザはそう言い、思案する。

私は右手を見る。さすがに、ずっとこのままではきつい。この先、アンドラスやヒュドラーと戦うのなら、この右手の傷では不可能だ。

「・・・・・・・仕方ない。彼女に連絡するか」

「彼女?」

私は首をかしげる。ローザは苦り切った顔で言っていたからだ。それほどの顔を差せる人物とはだれなのだろう。

「腕のいい治療師だ。薬の知識は私以上だ。おそらく、彼女にならどうにかできるだろう」

「何か問題が?」

「まぁ、な」

ローザはそう言うと、ため息をつく。

「少し出かけることになるぞ」



屋敷の留守はサクヤとサレナに任せて、私たちはラウシルンから出る馬車便に乗り、北へと向かう。

いつぞやのように留守を狙われるかもしれない、とローザは隠し部屋の存在を教え、いざとなったらそこに行くように言いつけたらしい。そこなら一週間は過ごせる備蓄があるそうだ。さすがに一週間あれば、私たちも戻れるだろう、とのことだった。

ラウシルンの北、アンバーンの街に私たちは向かう。アンバーンはラウシルンほどではないがそこそこの規模の街であり、葡萄酒の製造で有名だという。

数時間、馬車の中で揺られる。馬車の中から覗く外の風景は、穏やかな緑にあふれていた。

「ここいらはこの国でも有名な農業地域でな。それもあって葡萄酒がよく作られているんだ」

「へえ」

ローザの説明に耳を傾ける。

「酒は薬でもある。この地域に古くからいる薬師たちは、古の薬の西方にも通じていて、直系の弟子に代々引き継がれる。彼女たちは、今なお、腕の良い治療師として知られている。これから会いに行く人物は、その中でも最高の腕を持つ」

そう言い、ローザは私に微笑んで見せた。

「大丈夫、その傷も、治せるよ」

「そう・・・・・・」

私は安堵のため息をつく。

ローザは今はそうでもないが、やはり当初はどこか、その人物に会いに行くのを戸惑っていた。

彼女はそれ以上のことを言わないから、どういう関係なのかを、私が知ることはできなかった。




アンバーンの街についた。ローザは何度か来ているのだろう、慣れた風に街を進み、街の奥の一つの家の前で止まる。黒いレンガ建ての、一つの民家であった。

ローザはその家の扉の前に立ち、ノックする。

「アイリーン!私よ、少しいいかしら?」

ローザが言うと、ドタドタと大きな音がした後、扉が勢いよく開かれる。

そして、中から現れた、ボサボサ髪の女性がいきなりローザに抱きついた。ボサボサの髪は、オレンジ色で、癖毛だが、傷んではいない。身長はわずかにローザより高く、身体も魅力的な大人の女性、という感じである。右目の下に三日月のような小さな入れ墨があった。

「お久しぶり~、シルク~!!会いたかったよぉ」

そう言い、その女性はローザの唇に自身のそれを重ね合わせようとし、私の姿を認め、離れる。

「何?この娘。シルクの子ども?」

少し警戒した目で女性は言うと、ローザを見る。ローザは首を振って否定する。

「いいえ、彼女の名はヴェンティ。新しい『VENGEANCE』として育てているのよ」

「へぇ・・・・・・・・」

その言葉を聞き、アイリーンという女性は私を見る。ねっとりとした視線が絡みつくようだ。

彼女の琥珀色の瞳が、私を射抜く。どこか、その瞳の色に既視感を抱いた。

「まあいいわ、中へ。詳しいことを聞きましょう」



中は散らかっていて、本や紙が床を覆っていた。

「相変わらずのようね」

ローザの言葉に、ニカッと笑うと女性は足で適当に紙を払って、椅子を二つ、私たちに勧め、自身はシーツの乱れた寝台に座る。

「で、要件は?」

アイリーンはそう言い、私たちを見る。

「彼女の右手よ」

そう言うと、ローザは私の右腕の包帯を取る。私の右腕のタトゥーを見て、アイリーンは目を細めた。

「へえ、ヒュドラーの・・・・・・」

しかし、すぐに視線は腕と手の傷に向かう。

「あらぁ、また強力な毒を」

「やはり、か」

「よくもまあ、これで平然としていられるねえ、あんた」

アイリーンは感心したように私を見る。

「だてに鍛えられてはいない」

「ふぅん、身体強化の薬か。それなら納得」

そう言うと、彼女は立ち上がり、足元の本を拾い上げる。

「で、治せる?」

「もち。私を誰だと思ってるのよ、シルク~」

クスリと笑い、アイリーンは私を見る。

「最高の薬師、アイリーン・ヴォルテークよ」

そして、右手の指を三本立てる。

「三日。薬ができるのは三日。それから完治に一週間」

「さすがね」

そう言い、ローザがアイリーンを見る。

「さて、それじゃあ、お礼は・・・・・・・・」

「待った」

そう言い、アイリーンはローザの言葉を遮る。

「今回は、私が報酬を決めさせてもらう」

「・・・・・・・・・何を求めるの?」

ローザが眉間にしわを寄せて問う。アイリーンはニヤリと笑い、言った。

「ヴェルベット、あなたよ」

そう言った彼女は笑っていたが、その瞳は本気であった。

その瞳の中に映るローザ。

私は悟った。

ローザが彼女に会うのを渋った理由を。

アイリーン・ヴォルテークは、ローザを愛しているのだ。友人や家族に抱くそれではない、恋人に抱く感情を持っているのだ、と。




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