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10 家族

 私たちは早々に遠出の準備を済ませ、ジェイドさんの竜を探しに行くことになった。


 私は着任日から元々そうするつもりだったから、荷造り自体はすぐに終わった。


 遠出の足となる竜を貸してくれるガルドナー団長は、なんと50匹の竜と契約してた。


 すごい……流石、竜騎士団長。


 どれでも好きな竜を貸してあげるって笑顔で言われたので、竜位が一位の一番強い竜を遠慮なく借りることにした。


 ガルドナー団長の少々笑顔が引き攣っていたけれど、残りの49匹が居る男に二言はなかった。


 そんな彼に借りれた竜である赤竜アラドヴァルは、ガルドナー団長から『私たちの指示を聞くように』とお願いされている。


 竜位も高ければ知性も高い竜なので、それで問題はないと言う。


 赤い鱗を持つ竜アラドヴァルは、かなり竜位の高い火竜で、私も団長の契約を共鳴させて喚んだ時には、その雄々しさを見て圧倒されてしまった。


 アルドヴァルはジェイドさんのゲイボルグと、同程度の竜位にあるらしい。


 竜との契約マニアっぽい団長が契約した一番強い竜と同等ということであれば、これより竜位を高い竜を探すことは難しいはずだ。


 だから、ジェイドさんはこれまでに、一匹しか居ない来ない竜を待ち続けていた……と、いうことだったのだ。


 私たちはユンカナン王国へと向かい、竜を探す旅へ出ることになった。アルドヴァルの背には騎乗用の鞍が載せられ、私はジェイドさんの後ろへと騎乗した。


 上空では声が聞こえづらいこともあり、一日目の道中は、ほとんど話をしなかった。


 騎乗している竜アルドヴァルが、団長から借りた竜だからかもしれないけれど、ジェイドさんは飛行中には竜の様子を観察するのに集中しているようだった。


 自分が契約した竜でなければ、強制的に言うことを聞いてもらうわけにもいかない。そういった意味で、彼が心配していることは、当然のことなのかもしれなかった。


「……この辺りで、野営をしようと思う」


 朝から出発し昼食を食べる以外では休まず飛行して来たけれど、赤い夕日が見える時間になり、ジェイドさんはそろそろ野営の地を決めようと言い出した。


「わかりました」


 私は同意を伝えるために、大きく首を縦に振った。なにせ、上空では風の音が大きくて、なかなか伝わりづらい。


 そんな時にも借りた竜アルドヴァルはジェイドさんの意志を正確に聞き届け、森の中にポツンと開けた広場へと舞い降りた。


 野営に慣れているジェイドさんはテキパキと野営の準備をして、私は熾して貰った焚き火でなんとかスープを作った。


 夜が来る頃には、パチパチと火が爆ぜる音。満腹の心地よさ。両手で持っているお茶の温かさで、私はそろそろ眠くなっていた。


「……どうして、ラヴィ二アは、そこまでして、聖女を辞めたいんだ?」


 これまで言葉少なだったジェイドさんは、燃え上がる焚き火の中に枯れ木を投げ込みながら言った。


 この近くには魔物の気配はないけれど、肉食獣が近付かないように、夜も焚き火は絶やさないようにするらしい……。


「あ……それは、そうですね。気になりますよね」


「言いたくないなら……」


 言わなくて良いと続けるはずのジェイドさんの言葉に、私は微笑んで首を振った。


 ……もしかしたら、私は誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。


「私を産んで……母が亡くなって、今邸に父が一人なんです。だから、家に戻りたくて」


 私を産んだ直後、産後の肥立ちが悪くて母は亡くなってしまったらしい。私に『天啓』があることを、母は喜んでいたというのは、父から聞いた話だ。


 それが、どこまで本当なのか、わからない。私が自分に与えられた天啓を呪わないように、両親のどちらかが嘘をついているかもしれないとは……思ってはいた。


 だって、『天啓』持ちは、幼い頃から両親から引き離されてしまう。


 父を一人遺していってしまった母は、それを……彼から子が引き離されることを、喜んだだろうか。


「そうか」


 ジェイドさんは相づちだけ打って、黙ってしまった。


 ここまでで、何も言えないよね……私も、あまり人には言わない。けれど、聞いたのは彼なので、私は色々と言い切ってしまおうと思った。


 こんなこと……話す機会も、もうないかもしれないから。


「ジェイドさんほどではないですけど、美男子なんですよ。うちの父。けれど、ずーっと再婚断っているんです。子どもは、私一人は居るから充分だろうって」


「貴族の血を繋ぐという意味では、そうだとは思うが」


 ジェイドさんは私が何を言いたいかわからなかったのだろう、焚き火をじっと見ていた顔を上げた。


 彼の家ではそうだった通り、跡継ぎたる嫡男と、その予備(スペア)である次男。本来であれば、男の子二人を産むまでが貴族の当主に嫁いだ貴婦人としての役目とされているものなのだ。


 確かに私は父と母の子で、その血を繋ぐためには婿を迎え入れるか……王家へ嫁ぎ王子妃となり、そこで生んだ子の一人に、アスティ公爵家を譲るか。


 兄も弟も居ない私の選択肢は、ふたつにひとつ。


「私……実は幼い頃に久しぶりに会った父に、再婚しないでと縋り付き泣いてしまったことがあるんです。私には父一人しか居ないのに、このままでは誰かに取られてしまうかもしれないと思ったんでしょうね……今思うと、まだ若かった父に、ひどいことをしてしまいました」


 ……そうなのだ。私は聖女となるために教育を受けるため、幼い頃から教会へと入れられた。


 家族に会える時間は、ひと月に一回の面会日のみ。


 父は欠かさずに、私に会いに来てくれた。季節毎の可愛いドレス、王都で評判の美味しいお菓子。そんな贈り物を、いっぱい携えて。


「ひどいこと……とは? 再婚しないでと泣いたことか?」


 我が家の詳しい事情を知らないジェイドさんは、不思議そうな表情になっていた。


「だって……父はアスティ公爵なので、再婚して正当な血統と言える男の子をつくるように、各方面から強い圧を掛けられていると思うんです……それは、私の言葉のために全部つっぱねて。成長して色々とわかるようになってから、再婚しても良いよと言っても、父は笑って首を振るばかりで。男児が居なければ、権力争いの火種になってしまうのに……」


 それは、私にとっては大きな後悔だった。


 幼い頃の可愛い我が儘で済ませるには、あまりにも、父への負担が大きすぎて。


「父上は……ラヴィ二アのことを、それほど愛しているということだろう」


「そうなんですよね。だから、出来るならば聖女なんて辞めて、帰ってあげなきゃって! 王子様と結婚して、大きな顔させてあげたい! って、そう思って……別に父から、何かを望まれたわけでもないんですけど」


 そうしたいと、私が勝手に思っているだけだ。


 私を産んたことで母は亡くなってしまい、幼い頃の我が儘のせいで再婚も出来ない。愛する父を不幸にしてばかりだったから。


 だから、どうにかして、普通の貴族令嬢に戻りたかった。


 とは言え、天啓持ちは生まれた瞬間に、教会にて聖女になる定め。通常のやり方(ルート)では戻れないので、教皇の出した難題(ジェイドさんのこと)を解決するほかなかったのだから。

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