43.呪われし麒麟を救出する
二号館もできたので、新築パーティでもしようと思っていた、そのときだ。
「ひゃんひゃんひゃんひゃんひゃん!」
狼神へと進化した子フェンリル、ふぇる美が、あさっての方向へ吠えだしたのだ。
『娘はどうやら、何か悪しきものが迫っている、と言っております』
フェルマァがふぇる美の言葉を通訳する。
悪しき者……?
そんなのがこの平和な空間にやってこられてもこまる。
私はしゃがみ込んでふぇる美に尋ねる。
「それは、どこにいるの?」
ふぇる美が前足で南東を示す。
私は神アプリ、Gビューイングで周辺の上から見たリアルタイム映像を確認。
ふぇる美が示した南東に向かって画面をフリック。
「いたっ! なにこれ……魔物?」
指で広げて、画像を拡大。
鹿? のような魔物と、武器を持った人たちが戦闘を行っているのがわかった。
「! ミカちゃん……この子、麒麟よ」
人間状態の黒姫が、画面を見て言う。
~~~~~~
・麒麟
→最上位神獣。体は鹿、尾は牛、ひづめは馬に似て、頭上に一角を持ち、その毛は五色に輝く。
~~~~~~
「神獣がどうして人間と戦ってるんだろう?」
「わからない……。けど、わたしたち神獣は、無駄な争いは好まないわ」
朱羽たちを見ていればわかる、みんな良い子たちだ。
つまりこの麒麟にも、なにか事情があって、人間と戦ってるってこと……。
現状、どっちが悪いのかはわからない。
でも、麒麟の力の方が強い。
麒麟がその長い角で人間たちを攻撃してる。
全員倒れてる。
立っているのは、鎧を着込んだ女性。
その子も肩で息をしてる。このままではヤバいのは目に見えてる。
「フェルマァと黒姫はついてきて、ふぶきは子ども達の面倒をお願いね」
「助けるのか?」
「うん。どっちも」
麒麟も人間たちも怪我を負っていた。
どっちが悪いやつなのかはわからない。
でも……私の庭で、ケンカも暴力も見過ごせない。
「いってくる、留守番よろしくねふぶき。大転移!」
私は護衛にフェルマァ、麒麟について知ってる黒姫とともに、現場へと一瞬で転移する。
『クォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!』
麒麟が吠えながら、女性に向かって突進してきた。
全知全能で調べたとおりの見た目をしてる。
だが体毛も、そして角も、真っ黒に染まっていた。
黒く鋭い槍のような角で、女性が今まさに、攻撃されそうになってる。
「時間停止!」
神のスキル、時間停止。
五秒だけ時間を止めることができる。
静止した時間のなか、私は女性と麒麟の間に立つ。
時が動き出す。
私は角を掴んで麒麟の動きを止める。
私のレベルは∞。
力の数値も∞。よって、どんな攻撃もたやすく受け止められる。
「な、な、なんだ君は!? いったいどこから……!?」
……しまった。人に見られてしまった。
まあ、緊急事態だった。しょうがない。
「下がってて」
「いや、下がっててって……君はどうする!?」
「この子を止める」
「止めるって……むちゃだ!」
引き下がろうとしない。
「フェルマァ」
『御意!』
フェルマァが女性の首根っこを掴んで、後ろに下がる。
「ば、バケモノがもう一体!?」
『失礼な。わたくしは偉大なるミカさまに仕えしフェンリルのフェルマァです!』
ふがふがとフェルマァが言う。
『クォオオオオオオオオオオン!』
麒麟が私の前でジタバタと暴れている。
けれど、私からは逃れられない。
「落ち着いて、麒麟ちゃん。きみはどうして人を襲ってるの?」
『クォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!』
朱羽や黒姫のように、人の言葉をしゃべることができないようだ。
でも神獣だから、人語は理解できるはず。
……それでも、暴れてるってことはよっぽどな事情があるってことだろう。
『クォオオオオオオオオオオオオン!』
麒麟の黒い体から、バチバチバチ! と雷が発生する。
「危ない! 逃げろ! それで私たちの仲間は壊滅に追い込まれた!」
どうやら雷で攻撃するらしい。
「黒姫、お願い」
ぱっ、と私は角を離して、バックステップ。
瞬間、麒麟を包み込むように、半透明のドームが形成された。
ズガァアアアン! という音とともに、麒麟を中心として黒い雷が発生。
「結界!? しかも……あの雷を防ぐだと!?」
黒姫の、玄武の結界は万物の侵入を拒むのだ。
「ありがと、黒姫」
「どういたしまして。それより……ミカちゃん。あの麒麟……泣いてるわ」
「泣いてる……?」
「ええ、伝わってくる。深い悲しみが」
結界の中で麒麟が暴れ回っている。
確かにその鳴き声は……いや、泣き声は、聞いていて痛ましく感じる。
全知全能で、麒麟の事情について調べてみることにした。
~~~~~~
麒麟の事情
→母・麒麟は子どもを産んだばかり。その子どもが盗まれた。
その悲しみと憎しみから、呪いをまき散らす荒ぶる神に墜ちてしまった。
~~~~~~
…… 事情はわかった。
「黒姫、私を結界の中に入れて」
黒姫は目をむくも、こくんとうなずいてくれた。
私は結界に近づいて、ドームに触れる。
つぷ……と中に腕が入る。
そのまま私は結界内へと侵入した。
『クォオオオオオオオオオオオオオオン!』
……やっぱり悲しんでるように聞こえる。
早く、なんとかしてあげたい。
「落ち着いて」
『クォオオオオオオオオオオオオン!』
黒い雷が私に襲いかかる。
ズガンッ! と直撃した。
「ああおわった……」
「大丈夫」
「なにぃいいいいい!?」
私は無傷である。
なぜって? レベル∞の神だから。
あの程度の攻撃じゃ、死なない。
「Sランク冒険者を即死させる雷を受けて無傷だと!? い、いったい何者……?」
……ん?
なんか今気になることを……いや、それはあとだ。
私は麒麟ちゃんに近づく。
『クォオオオオオオオオオン!』
彼女が地面を踏みならす。
瞬間、私の周囲から勢いよく黒い槍が突き出した。
鋭利な槍には同じく黒い雷がまとっている。
だが、私の体に触れた瞬間、粉々に砕け散った。
そして麒麟のすぐ近くまでやってきた。
麒麟ちゃんの体を……正面からハグする。
『クォ、クォオオオオオオオン!』
麒麟ちゃんが暴れる。
でも、私ががっちりホールドしてるので、身動き取れないでいる。
「す、すごい……麒麟にパワーで勝っている……!?」
私は抱きしめたまま、ぽんぽん、と麒麟ちゃんを優しく撫でる。
「子どもを盗まれて、悲しんでるんだよね」
『クォン……』
「大丈夫、私なら君の大事な子どもを、探し出すことができるよ」
ぴたり、と麒麟ちゃんの動きが止まる。
「■、オープン」
黒い箱が出現する。
「おいで、朱羽、青嵐」
『ぴゅい! よばれてとびでてなのね!』「きゅー!」
二人が■を経由して、ログハウスからやってきた。
■は所有物をこうして取り寄せることができる。
眷属も所有物扱いなので、こうして召還可能なことは検証済みだ。
「朱羽、まずはこの子の呪いを解いてあげて」
どうやら荒ぶる神となると、全身から呪いをまき散らすそうだ。
多分その呪いは自分にもかかってる。
『ふぁいあー!』
朱羽が浄化の炎を吐く。
麒麟の黒い鱗が、たちまち、元の五色の美しい色へと変化していった。
鱗の表面を見ると、あちこちに傷があるのがわかる。
「青嵐、君の水で治療してあげて。あと後ろの人たちも」
「きゅー!」
~~~~~~
・青龍の水
→万物の素となる水。
無加工で完全回復薬と同等の治癒力を持つ
~~~~~~
青嵐が口から水を吐いて、麒麟を治療。
結界の外にでて、傷ついた人たちにも水を浴びせる。
「うう……」「あれ? わたしはいったい……?」
「!? み、みな! 無事かっ!」
女性が倒れていた人たちのもとへ向かう。
ぱっと見大丈夫っぽい。
「麒麟ちゃん、おちついた?」
すりすり、と麒麟ちゃんが私に頬ずりしてくる。
『ねえちゃ、きりん、いたくしてごめんねーって』
ほらね、やっぱり神獣は良い子たちばかりなのだ。
「大丈夫だよ。それより……君の子どものことだけど、いったい誰に盗まれたの?」
すると朱羽が、麒麟ちゃんの言葉を代弁する。
『ぬすっとは、【オロカニクソ】って人のめーれーで、うごいてるみたいって』
オロカニクソ……?
え、ゲータ・ニィガの王太子の?
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