第十一話: 氷の瞳を持つ少女
月子が対峙している戦士ケオニBの表情は、長いボサボサ髪に隠れた獣のような顔であっても、何を考えているのかが丸わかりだった。
……と言うか、その全身を以て一つの意志を表していた。
「ゲッハァ!」と大声で喚き散らし、下卑た笑みを浮かべる口の端を大量の呼気と涎に塗れさせ、灰色の顔を赤らめている。岩石棒を振り回す合間に盾持つ腕を前へと伸ばすのは、月子の肢体を抱きすくめようとするためか。何より……なめし皮を重ねただけの簡素な半ズボンの前面を高く盛り上げる股間――。
――あのヤロウ! まさか月子に欲情していやがるのか!!
一瞬、我を忘れ、奴を丸焼きにしてやろうかと思いかけるが、相対している月子の様子が目に留まり、何故か本能的な恐怖を感じて激昂しかけた頭が即座に芯まで冷えきった。
激しい勢いで迫られながら、いつも通りに美しい貌は汗一つかいておらず、艶やかな長い髪も振り乱されてさえいない。迷彩効果のあるストーカーの毛皮によって微かに朧気な姿は、分厚い防寒具をまとっていてもなお幻想的な雰囲気を湛えている。
ただ、その瞳が……。
「地の精霊に我は請う――」
突然! 地面から突き出した巨大な握り拳が、Bの股間をアッパーカットの形で突き上げる!
「――ッゲ……ハ!?」
勢いよく前のめりになっていたところに決まった華麗なるカウンターの一撃が、大男と言って良いほどの巨体を数十センチも浮き上がらせ、ただの一撃で白目を剥かせてしまう。
見ていた僕の身まで思わず竦み上がる……あまりにも、恐ろしい攻撃だった。
だが、それだけではまだ終わらない。
意識を飛ばし、宙へと浮き上がっているBは、続いて地面から突き出したもう一本の手によりガッチリと右の上腕を捕まれ、アッパーカットを決めた手にも左の膝上を捕まれ、一瞬のうちに空中磔といった有様をさらすことになる。
それが、地面から生えた二本の岩石手を自在に操る地の精霊術【大地の楔】の真骨頂だ。
宙吊りにされてもピクピクと震えるだけのBを、月子がゆっくりと見上げていく。
「あなたの態度は不快です。特にその目……、その嫌な目を二度と私に向けないでください」
いつもの自然な微笑みではない、感情が抜け落ちた口元から紡ぎ出された声は極寒の凍てつく風を思わせる冷たさである。
そして、冷たく蔑みきった、さながら絶対零度の視線を下劣な罪人へ飛ばし、実刑を言い渡す。
「血が溜まりすぎなのではありませんか? 頭だけと言わず、全身を冷やして差し上げましょう。水の精霊と火の精霊に我は請う、凍りなさい、彼れに永き眠りを……悠久の氷棺」
温度と無関係に液体の状態を変える水の精霊、温度を直接操作できる火の精霊、両者に対する請願により、Bの身体は瞬く間に芯まで冷やされ、周りの空気ごと凍結し、ぶ厚い氷層によって覆われていく。
出来上がったのは、巨大な氷塊から角付き兜を被った頭だけが突き出された奇妙なオブジェだ。
「くすっ、まるで達磨さまですね。煩悩を浄められたら良いのですけれど」
赤子の手をひねるようにBを無力化してしまった月子を確認し、とりあえず安心する。
なんとなく足下への注意を厳にし、敵の下段攻撃を警戒してしまうが、まぁ、これは仕方ない。
男であれば、おそらく分かってもらえると思う。
「……ともあれ。なるほど、あれは最上の手かも知れないな」
如何に生命力が高く即座に傷を治してしまう不死身の怪物であろうと、拘束してしまえばもう手も足も出せないというわけだ。
と言っても、悶絶昏倒し、全身氷漬けにされても呼吸が行われている様子が見て取れる辺り、奴らの身体の頑丈さは、どうやら単に傷の治りが早いというだけに留まらないらしい。
普通の生物であれば凍死してもおかしくない状況である。
となれば、月子ほどの威力を持たない僕の精霊術で同様のことを試みるのは少々難しいだろう。
さて、すぐに月子がこちらの加勢に駆けつけてくれそうではあるが、それまでに眼前のAとC、どちらか一人くらいはそろそろ倒しておかないとな。





