第七十五話: 偽りの宣誓、虚しく響き
大地に人の領域を刻む【要礎】を設置すると共に、その管理者を定める儀式【刻銘の儀】が、今、神殿地下の隠し部屋にて厳かに執り行われている。
「マティオロ・ベオ・エルキル! エルキル男爵領の主なり! 礎は我が名と共にあれ!」
初めに領主である父マティオロによる宣誓が為された。
傍目からは分からないが、同時に要の礎へ彼の持つ【魔力】が注ぎ込まれているはずだ。
例によって詳細不明ながら、魔力とは不思議物質【魔素】を元にしたエネルギーであると言う。
あたかも指紋や声紋のように持ち主ごとの細かな性質差があるらしく、本人の名前と紐付けて礎に記録することで、晴れて管理者――領地の主として登録が完了されるのだそうだ。
管理者は、領内にいる限り、日常的に一定の魔力を消費させられるのと引き替えに、特権的な力をいくつも授けられるというから侮れない。
加えて、礎はそれらの魔力を貯め込み、様々な災害から領地を護るための結界を成すとも。
まさに土地の領主一族と神殿の司祭により厳重に維持管理すべき最重要施設と言えるだろう。
『我が領は昨年まで司祭不在だったからなぁ。ようやくこれで一人前というわけだ。悪霊退散、家内安全、無病息災、千客万来……なんて御利益まであるのかどうかはさておき』
「護りの方は神聖術の【聖浄結界】を村全域にうっすら張り巡らせておく感じだと思うんだよね」
『何はともあれ、物騒な世の中なんだし、セキュリティはしっかり強化しておかねば』
舞台を下りる父と入れ替わり、楚々とした足取りで中央へ向かう母トゥーニヤの背を見送る。
「トゥーニヤ・ベイン・エルキル。私の名が礎を支えましょう」
「クリスタ・ベイン・エルキル。私の名前も礎を支えますわ……はうっ!」
そうして母が、替わって姉が、足下に設置されている円舞台の中心で順々に名乗りを上げた。
謎めくエネルギー・魔力を引き出す行為は、思いの外、身体に負担を掛けるものなのだろうか、「きっつー」などと呟きながらふらふら姉クリスタが舞台を下りていく。
『おっと、考え事をしている場合じゃない。次はいよいよ僕の番だぞ』
少しばかり慌てて足早に所定の位置へと着いた。
「シェガロさまはまだ魔素視を得てはおられないのでしたな。お手を拝借します」
と、アドニス司祭が僕の手を取り、彫刻刀じみた小さなナイフで人差し指の先を切りつける。
けっこう深く傷つけられはしたものの、刃の鋭さ故か、まったく痛みは感じられない。
ぽたり……ぽたり……流れ落ちた数滴の血が円舞台の中へ吸い込まれるように消えていった。
僕のように幼少であったりして、魔素を見ることや魔力を操ることができない場合、代わりに少量の血を捧げることで負担を軽減すると共に手順を簡略化させられるとのことだ。
「結構。それでは教えられた通りに宣誓をなさってください」
『皆と同じように言えばいいだけだ。ちゃんと覚えているか、楽天家?』
「楽勝だよ……よし! シェガロ・ベイン・エルキル。我が名を以て礎を支えん!」
胸を張り、声高らかに、僕は名を告げて宣言する。
――しーん……。
『おや?』
「あれれ? は、恥ずかしいなぁ……なんなの、もう」
どうしたことか。構えた身の内に何ら感覚を湧き起こすことなく、声は虚しく石室に響いた。
「この反応……いや、無反応。ミャアマ、これは?」
「ひょっとすると。まぁ、ひとまず後回しで。双子さまを先に済まさせていただきましょう」
「ふむ、それで原因の切り分けにもなりますか」
訳も分からぬまま僕は後ろへ下がらされ、妹双子に場所を譲った。
「ゆみらーか・べいん・えるきる。ラッカがいしずえを支えたげるね」
「えみるーか・べいん・えるきる。ルッカがいしずえを支えたげるぅ」
小さな指先をちくりと刺されても慌てず騒がず、僕と同じように僅かばかり血を滴らせながら宣誓した妹たちは、されど僕にはなかった魔力消費の反応にビクリと肩を震わせた。
ふらつく身体を互いに支え合って円舞台を下りていく双子を呆然として眺めてしまう。
「シェガロ……?」
「ショーゴちゃん……?」
「「ねぇ、なんでショーゴだめだったのー? ルッカにもできたのになんでできないのー?」」
「やめたげなさい。シェガロにだって苦手なことはあるの。仕方ないですわ。弟なんですもの」
騒がしい外野の声を努めて頭から追い出しつつ、空いた舞台中央へ再び僕は歩を進める。
「お待たせしました、シェガロさま。……どうぞ、くれぐれも、ご自身の名をお忘れなきよう」
「はい? はい、分かりました」
先ほどとは別の指先を切るアドニス司祭が端麗な貌を寄せ、何やら助言めいたことを囁く。
『意味は分からないけどな。自分の名前なんてわざわざ改めて思い出すまでもなかろうに』
「……シェガロ・ベイン・エルキル! 僕の名が礎を支える!」
だが、しかし、結果は同様、またも僕自身に反応らしきものはまったく伝わってこなかった。
こちらを案じるような父マティオロと母トゥーニヤの気配がなんとも居たたまれない。
「し、司祭殿、どういうことだ? シェガロの身に何が起きている?」
「そう、ですね。なんと申し上げたらよいのか……」
「この子の魔力だけが、まるで礎から拒まれているかのように感じられましたわ」
舞台へ上がってきた家族たちがアドニス司祭へ詰め寄っていく。
流石の姉妹も空気を読んでか、揶揄う素振りもなく僕の側に立ち、そっと手を握ってきた。
「詐称じゃないんですかね」
声は、円舞台には上がらず部屋の奥に控えていた巫女ミャアマのものだった。
「そこのお坊ちゃんは何か隠してらっしゃるようですよ。どうです? 心当たりはありませんか? たとえば、そう、名前とか。シェガロお坊ちゃま、アナタの名前は本当にシェガロで合ってます? いやいや、渾名のこっちゃないです。略式の魔力登録で弾かれる理由なんてそう多くありません。ちょっとした偽称ならまだしも、別の誰かに操られたり……まさか憑かれちゃいませんよね?」
「……えっと、あの……どういう……」
まずいと思ったものの、一瞬遅く、声が震えてしまうことを抑えられなかった。
心臓が大きく跳ねたかのような錯覚の後、姉妹に握られた両手の内がじっとり汗ばんでくる。
天井を仰ぎ、どうにかごまかせないか考えてみるも、そもそも何を取り繕えばいいのやら、だ。
正直なところ、心当たりはいくらでもあるのだから。
『ああ、こんな風に、終わるのか……今生でも僕は……家族を……』
大きく息を吐いて覚悟を決め、ゆっくりと正面へと向き直った。
そして、告白する。
「確かに……自分の名前に少し自信が持てない……かも、しれない……はは。今まで黙っていてゴメン。あー、うん、僕は、本当はこの世界の人間じゃないん……です」





