第七十二話: さあ尋常に! 姉弟を決す!?
――カァーン! 高らかな音と共に僕の手から叩き落とされたスコップが地面を滑る。
「そこまで! 一本!」
「くふふ……シェガロ、この分じゃ、今日は私の勝ちのようですわね!」
直前の素振り五〇〇本により棒へと変じてしまった腕を打たれ、痛みと痺れに耐えていると、父マティオロの宣告に続き、愉悦塗れな少女の声が傍らより上がる。
僕同様、汗まみれのヘトヘトながら、ニヤリと不敵な笑みを送ってきたのは姉のクリスタだ。
長い魔導杖を両手で構え、野球のバットのように、ゴルフのクラブのように振り回す。
「姉より優れた弟なんて……いるはずないの……ですわっ!」
「くっ……姉さんは……たった一〇〇回しか素振りしてないじゃないか。ハンデが大きすぎる」
「ふふーん、負け惜しみは……見苦しくて、よっ!」
流石のマティオロ氏も、年頃の娘であるクリスタを打擲したりはしない。
時折、杖の振り方を矯正してやったり、それなりに武術鍛錬の体は成されていたにせよ……。
スパルタ式に鍛えられている僕との扱いの差は歴然である。
「ねー、ねー、なんで真白おじょうさまも一緒に練習してるの? です?」
「「ねー! あんなのかわいくないのにねー。マナーレッスンのいきぬきなんですって。水!」」
「うん……じゃなかった。はーい。スーパータッコちゃん、お水、出して」
「「きゃははは、出た出たー」」
少し離れたところでは、幼い妹双子が足をぶらぶらさせながら屋外テーブルを囲んでいる。
母トゥーニヤを初めとする大人たちとは別の小さなテーブルである。
何が面白いのか、くすくす笑いを絶やさず、扱かれる僕らを見物がてら休憩中のようだ。
その傍らには、お仕着せの制服を着せられたファルーラが給仕に付いていた。
「うーむ……シェガロ、お前はまだ魔素を視ることはできんか?」
「パ……お父さま! 私! 私は視えますわ! 褒めて!」
「うむ、クリスタは魔術師だからな。剣士の俺よりもよく視えるのだろうな。大したものだ」
「ふっふふーん!」
クリスタ嬢がこちらへ勝ち誇ったような顔を向けてくる。
この異世界ニルヴィシアに存在する魔素と呼ばれる不思議物質……物質かどうかは不明だが、ともかく謎の要素について、僕は未だよく分かっていない。
『説明は感覚的で理解できないし、終いには、そのうち見えるようになるの一点張りで』
曰く、大気のように、そこら中に漂っており、場所によって濃度が異なる。
生き物の体内にも存在し、やはり濃度はそれぞれで異なっている。
基本的に、濃ければ濃いほど僕の感覚でいうところの非常識が発生しやすい。
物理法則を無視した事象を起こす魔法や不条理を体現する魔獣などはその最たるものだろう。
「はぁ、はぁ……ぇっと、姉さんは七つくらいの歳で、もう見えてたんだっけ?」
少しでも身体を休ませる時間を稼ごうと、やや惰性的に会話を続けてみる。
「そうよ! 魔素が視えないと魔法術は使えないんですからね」
「武技を身に着けることもできん。シェガロにまだ魔素が視えていないということを、どうも、うっかり忘れてしまうな。あれほどに精霊術を能くする手練れが、【頑健】や【忍耐】のような初歩的な身体強化すら使えんとは。……鍛錬のさじ加減が面倒でならん」
『面倒って……。やけに手の早い人だとは思っていたが、塩梅を誤っていたんじゃ?』
それはさておき、まだ肉体的には九歳の僕だ。魔素とやらが見えなくても特段おかしくない。
いくら気を揉まれようと、分からないものは分からないとしか。
「そんなの見えなくたって困らないんだけどなぁ。精霊術は使えるし。水の精霊に我は請う……」
「ひゃん!」
水の精霊術【洗浄】で自分とクリスタ嬢の汗と汚れを洗い流してみせる。
虚空より湧き出し、身体や衣服も濡らさず全身隅なく濯いでいく水の冷たさが心地好い。
「むむ、魔素を視ることなく、そうして魔力を操るのだから意味が分からん」
「ずるい! ずるい、ずるい! ずるいわ!」
「うん、自分でもずるしてると思うよ、これに関してはね」
「「チート?」」
あえて吹聴はしないが、神さま直々に貰った能力なので常識的に見たらおかしいのだろう。
「まぁ、いい。呼吸は調ったようだな。握力くらいは戻ったか? それでは二本目だ」
「うっ」
『さすがはマティオロ氏、ちゃっかり身体を休ませていることを見抜かれていたか』
「また喰らうがいいですわ~。武技【早足】【見切り】」
長い杖を大上段に振り上げ、クリスタ嬢は僕には使えない武技をこれ見よがしに使ってみせる。
『ふぅむ、大した娘さんだ。魔術師が武技を身に着けるのは難しいと聞くぞ』
「て言うか、姉さんの方こそずるくない!?」
「ずるくはない。魔法系スキルと殺傷用の武技を除き、自由に使って構わんと言ったはずだぞ」
「だから僕にはまだ使えないんだってば!」
「問答無用! ですわっ!」
そこそこ発育のいい僕であっても未だに及ばない身長一五〇センチほどの年長少女は、前世の剣道有段者にさえ優るであろう鋭さを以て、踏み込みからの打ち下ろしを仕掛けてきた。
彼女の持つ魔道具【魔導杖】は木製にように見えて、並みの金属よりもよほど頑丈なのだ。
一応、お互いに皮革製の防具を身に着けてはいるが、頭にでも当たれば只では済まないだろう。
疲れた足を引きずりながら攻撃を回避し、刃引きされた鍛錬用スコップを構え直す僕だった。
「――あいたっ!」
勝負の結果は……どうか聞かずにそっとしておいてほしい。
いや、スコップの素振りだけでもうくったくたなんだからさ、こっちは。





