第五十六話: 不法投棄の現場にモグリ
「前方左手、風の方角に見ねえ顔がいやがる……って、やべえ! 急いで止めねえと!」
上空に浮かぶ魔道具【鷹の目】により周辺警戒と案内を担う斥候が矢庭に叫んだ。
「どうした! 何が見える!」
「モグリの二人組だぜえ! でかい噴砂孔の側で――」
声が上がったときには既に【草刈りの大鎌】は足取りのペースを上げていた。
この屋外型ダンジョン【紅霧の荒野コユセアラ】は我がエルキル男爵領の外れに位置している。
魔獣が蔓延る危険地帯にして様々な利益が見込める資源地帯でもある閉鎖空間。
その管理は領主に、調査は冒険者組合に任され、無断で立ち入るなど常識的にありえない。
地元冒険者のまとめ役である大鎌が見知らぬ顔……たとえ何者であれ怪しむには十分だろう。
やや間を空けながら、僕たちエルキル狩猟団も早足でモントリーを走らせた。
耳を傾ければ、すぐ側を徒歩で並走する斥候の声が入ってくる。
「急げや急げ! あいつら、荷車一杯の何か……ずだ袋を噴砂孔の中に投げ込んでやがるぞ!」
「わざわざゴミ捨てにでも来てるってか? まさか、魔獣どものエサやりだなんて言うめえな」
「ハン! もしも大量の魔石だったら! ちとマズいことになるね!」
「噴砂孔に潜む魔獣なんざ大した等級じゃねえはずだ……いくら食ったとて……」
「フッ、暇に任せて世話してきたのやもしれません。安易に考えるのは危険でしょう」
改めて説明しておこう。
【魔石】とは、この世界の生き物が例外なく体内に持つ小石状の結晶体である。
見た目は個体差が大きいが、持ち主に生命力・魔力をもたらす源だとされ、真偽はさておき、それを失って生きてはいかれない全生物の最重要器官であることだけは間違いない。
「問題は、これが魔獣にとって抜群の栄養食だってことなんだよ」
「イヌマンにスライムの魔石あげると嬉しがるよ?」
「ええ、高位の魔石でもなければ、本来、その程度のものでしかありませんが」
逆に言うと、高位の魔石ともなれば劇的な効果が起こりうるという話だ。
更に言うなら、仮に夥しい数のクズ魔石を短期間で与えでもした日には何が起こるやら。
「腹を空かせた乾期の魔獣なんて魔石くらい際限なく食べそうだし」
「成長促進、活力増強、異常繁殖……それ以上は考えたくもないですね」
「ここは最悪を考えな! 司祭さま! 大暴走でも起きりゃ、たまったもんじゃないよ!」
そうこう数分も経ずうち、赤霧越しに僕らでも対象を目視可能な距離まで近付いてきた。
疾うに物音でこちらの接近には気付いていたのだろう、荷車を置いて逃げ出そうしているのは、雑に巻きつけた表装布から黒い肌を晒す南方人風の二人組であった。
先行した大鎌メンバーは彼らを逃すまいと網のように囲いを広げていく。
しかし……。
「な、なぁっ! 消えた!? あっという間に気配までなくなったぞ!」
「【鷹の目】でも見失っちまった。ひひ……こいつァ、既視感あるぜえ、隠蔽の――」
視界を遮る紅霧の中へ溶け込むようにして、忽然と二人組の姿がかき消えたのだった。
射撃の狙いをつけていた大鎌の射手や傍らのユゼクも舌打ちと共に弓を下ろす。
「まだそこいらにはいるだろ。どうする、姐御? まとめて薙いじまうかい?」
「いや! 【隠蔽の包み】と追いかけっこするのは不毛だねえ! こっちを先に調べるよ!」
【隠蔽の包み】、それは包み込んだ内部と外部を完全に隔絶させる魔道具である。
『以前、ファルーラが誘拐されかかったときに使われたんだったな』
おそらく、先の二人組はそれを頭から被り、ゆっくり離脱しようとしているのだろう。
発見も、捕獲も、その気になればできなくはないだろうが、軽く半径一〇〇メートルくらいの平野を総ざらいする覚悟が必要になりそうだ。
それよりも連中が残していった荷車と噴砂孔の確認をジェルザは優先するらしい。
何か手伝えることはないかと、僕は狩猟団を引き連れ、大鎌の側へと寄っていく。
「ジェルザ、精霊術は入り用じゃないですか? 一発、噴砂させるくらいはできますけど」
「ああ! やってもらおうかねえ! ハッ! やっぱり袋の中身は魔石かい!」
荷車を調べていた大鎌の魔術師が、ずだ袋を一つ、引き裂いて中身をぶちまける。
じゃらじゃらと荷台の上に散らばったのは、大小様々な魔石だった。
「ほう、中級の魔石も少なからず見受けられます。飼育係の財産とは思えませんな」
大人がどうにか一抱えといったサイズのずだ袋が荷台の上にまだ四つも残っている。
流石にこれほどの量となると、あの巨ゾウ・ジャンボでも一度には食べきれるかどうか。
噴砂孔の中にどれだけ放り込んであるのかは知らないが、ひとまず回収してしまおう。
「よーし、それじゃ、皆、少し離れててください。行きますよー、地の精霊に我は請う――」
――ズズズズズズ……ドッ! シャアアアアアアア!!
目の前の、優に直径十メートルはある噴砂孔より一本の砂柱が噴き上がる。
ただし! それは僕の請願によるものではなかった!
「白ぼっちゃん!?」
「あたま?」
「坊!」
『避けろ!』
大量の砂を捲き上げながら出現したのは、あまりにも巨大な蛇だった。
光沢を持つ黒鉄色の鱗に、か黒い斑模様を散りばめた蛇体は、胴回り四五メートルは下らない。
その先端にある大顎が精霊術の請願を中断されて呆然とする僕へと襲い来た。
毒々しい色の涎を滴らせながら!





