第二十五話: 荷羽車に揺られて細道
狩猟納と謝肉祭を兼ねた祭事【聖浄の星祭り】が終わり、辺境の開拓村――エルキル男爵領を取り巻く大草原は一気に乾期の色を深め、まさに真っ盛りを迎えようとしている。
――チュンチュン! チュンチュン!
前世地球であれば誰もが巨大スズメと評するであろう見た目ながら走鳥類の特徴を備える下級魔獣モントリーが二羽立てで牽く羽車に揺られ、僕は今、その乾ききった熱風を浴びていた。
大きな幌が掛けられた荷車の前方、御者台より周りを見れば、馴染みとなった中級冒険者一行【草刈りの大鎌】六名に加え、初級一行【真っ赤な絆】の三名が目に入る。
「ほーら! 行ったよ! いいかい! 決して羽車には近付けんじゃないよっ!」
「はい!」
「くっそ! そっち行くなっての!」
「マジすばしっこすぎなんですけど!」
「返事っ!!」
「「へい!」」
いずれも徒歩。とりわけ目立つのは、大鎌のリーダーを務める女冒険者ジェルザに叱咤され、前へ後ろへ忙しなく走り回っている絆の三人組シイリン、ライレ、アザマースだった。
――キュキュッキュイ!
その周囲をぴょんぴょんと跳ね回り、からかうかのような甲高い鳴き声を上げるものもいた。
体長三十センチほど小さなサル――ガラゴによく似た二匹の生き物である。
奴らの名はおサルパンチ。確か、危険度の低い初級魔獣のはずだ。
両拳に装備した果実の殻はさながらボクシングのグローブだが、意外な威力を見せるパンチを何発食らおうとそうそう大怪我をするわけじゃなし、見た限りでは凶暴な性質とも思えない。
『苦戦しているようだな。まぁ、僕らが心配する必要はないさ。ジェルザに任せておけばいい』
「うん、ノブさん……おっと、ノブロゴ。あとどれくらいかな?」
周りを意識から追い出し、隣で御者を務める我が領の従士長ノブロゴ爺さんに声を掛けてみる。
「残り半分ってとこじゃねえか。ほぼ予定してた通りに進んでんだろ……おっと、進んでますね、坊……シェガロ様……んっんんっ、チッ、この喋りには、なかなか慣れねえぜ」
「あはは、他領に行くのは、ここに移住してきたとき以来だし、ちょっと緊張するよ」
「城爵オギャリイへの顔見せなんて俺たちだけでやっとくんで楽に構えてりゃいいでしょうよ」
そのノブロゴ翁の言葉が聞こえたか、後ろの荷台より新たな声が会話に加わってくる。
「フッ、然り。今回はわざわざ改まって皆で訊ねるまでもありません」
「それは分かってるんですけど、何があるか分からないじゃないですか」
「あっとこの家も……まっ、うちの大将ほどじゃねえにしても大概ゆるい貴族ですがね」
我がエルキル領のお隣さんに当たるオギャリイ家は、父マティオロが持つ男爵より一つ上位の城爵を授かっている貴族家だ。
ああ、城爵という聞き覚えのない言葉に、もしかすると戸惑わせてしまっただろうか。
前世ヨーロッパに倣うなら城伯、よく知られた五等爵では子爵相当の階級と考えてもらいたい。
あまり畏まるほどの相手ではないものの、城を中心として発展した町といくつかの村を治め、その領地はうちを含めた南方開拓において物資や人材の集積拠点的な役割を担っている。
「これだけの荷羽車を出してきたのです。思い悩むのは買い出しのことにしては如何ですかな」
「ファルは! ファルはね。靴が欲しい」
「ちびっこ、羽車の中で走んじゃないですよ。ほら、こっち来なさい」
「ねっ、ねっ、ミャアマは何買う?」
「人の言葉が通じないんですか。いいから座んなさい。何度も言わせないでくれませんかね」
見ての通り、御者台にいる従士長ノブロゴと僕の他、この羽車には数人が同乗している。
後方の荷台に乗っているのは、アドニス司祭と巫女ミャアマ、僕の専属従者ファルーラだ。
交易品――うちの産物を納めたいくつもの木箱に埋もれるような状態で各々腰を下ろしていた。
振り返って荷台の更に後ろを眺めれば、別のモントリーたちが牽く羽車が二台付いてきていた。
――ピュイ! キュッキュキューッ!
「はぁはぁ……やっと追い払えたかぁ」
「あンのサルどもっ! な、なめやがって~」
「もー、最後まで遊ばれてたじゃない」
「ほら! 終わったらさっさと持ち場に戻んな! だらだらしてたら草むらン中に叩っ込むよ!」
「「「へーい」」」
護衛の冒険者たちに囲まれた三台の羽車はゆっくりと進み行く。
草原の中、荒れた細い道をガタゴトと……。
目的の町までは、まだしばらく掛かりそうだ。





